第315話 現況報告

統一歴九十九年四月二十九日、昼 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



 陣営本部プラエトーリウムの最奥区画にあるアルビオンニア侯爵公子カール・フォン・アルビオンニアの寝室クビクルムで侯爵一家が日曜礼拝をおこなっている間、陣営本部プラエトーリウムの真の主である降臨者リュウイチは聖職者たちに見つからないようにするため、要塞司令部プリンキピアへ移動していた。


 徹底的に人払いを敷かれた要塞司令部プリンキピアの会議室に招かれたリュウイチとその聖女サクラリュキスカには昼食ブランディウムが供され、アルトリウシア子爵ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスをはじめとするアルトリウシアの重鎮たちが同席しての歓談の場となっている。

 とはいっても、リュウイチもリュキスカもずっと陣営本部プラエトーリウムにずっと引きこもってる身である以上、歓談の場に提供できるような話題など持ち合わせてはいない。歓談という砕けた雰囲気を装って入るが、内容はほぼアルトリウシア貴族側からの現況報告会のような様相を呈している。


 この報告会はカールのマニウス要塞カストルム・マニへの引っ越しを受け、侯爵家の日曜礼拝がマニウス要塞カストルム・マニで行われるようになった影響でが定例化したもので、まだ二回目ではあったが報告の内容は「すべて順調です」の一言に要約できるようなものになってしまっている。

 これは建前の上では、復旧復興事業のための資金を融資してくれているリュウイチに対して、その成果を報告しすることで融資が役に立っていることを理解してもらうというものではあったが、しかしアルトリウシア貴族側からするとアルトリウシアの現状がすべて上手くいっていることをアピールすることで、《暗黒騎士リュウイチ》が介入してこないようにしたいという思惑の方が強くあった。

 だから新たに問題が生じた場合はリュウイチには伏せておき、問題への対応方針が決定され、解決への目途が立った後に「こういう問題がありましたが、これこれこう対処するよう決定しました。すべて順調です。」というような報告がなされるよう事前に示し合わされている。


マニウス要塞カストルム・マニからの兵舎のアイゼンファウストへの移築は昨日の時点で六棟目まで完了しており、入居も始まっています。今日、七棟目が完成し、八棟目の設置も着工するでしょう。すべて予定通りです。」


アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニア支援部隊の後続部隊が昨日から到着し始めています。彼らはグナエウス砦ブルグス・グナエウシの兵舎を解体して運び込んでおりますので、住居建設のペースは倍化することが期待できます。すべて順調です。」


「崩落していたウオレヴィ橋の修理用資材の調達が完了しました。本日から修理工事を本格化させており、工事を担当している棟梁の話では明日までには再開通するそうです。それが終わり次第ヤルマリ橋の方の修理に着手する予定で、資材の準備も問題なく進行しております。」


西山地ヴェストリヒバーグで水道工事に従事しておりました第二大隊コホルス・セクンダ第三大隊コホルス・テルティアですが、冬に備えて撤収準備作業を開始しております。西山地ヴェストリヒバーグの工事現場はどちらも冬は積雪のため工事の続行はおろか、生活の維持すら困難であるため、現在の駐屯地を放棄しアルトリウシアへ帰還することが決定しております。

 この際、駐屯地の住居を一度解体し、アルトリウシアへ移築することになっており、アイゼンファウストとアンブースティアの両郷士ドゥーチェより焼け跡の土地を移築先として提供していただきました。

 測量と縄張りは既に開始されており、向こうでも建物の解体が始まっております。このまま順調に進めば雪が降り始める前に、作業は完了するでしょう。」


 それらのプロジェクトは既に聞いていたものの進捗状況であり、いずれも「予定通りです」や「順調です」に集約できる内容だった。リュキスカなんかは話の内容に既に興味を失っており、抱きかかえた赤ん坊をあやすふりをして赤ん坊の寝顔を覗き込んで、額を撫でたりしている。まあ、寝てないだけマシだろう。どうせ男尊女卑社会のレーマ帝国では、女領主のような例外を除き、女がこのような会議の場で発言することなど許されないのだ。出席が許されているだけでも、異例の厚遇を受けていると言ってよい。もっとも、リュキスカ本人からすればはた迷惑な厚遇でしかなかったが…。


「先週サウマンディアからお越しのマルクス・ウァレリウス・カストゥス殿を通じてサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアから更なる増援を受けることが決定しました。

 詳細はまだ決まっておりませんが、アルトリウシアとアルビオンニウムにそれぞれ一個大隊コホルスずつが派遣されます。アルトリウシアへ派遣される大隊コホルスティトゥス要塞カストルム・ティティに入城し、半分がアンブースティアの復旧復興工事に従事します。もう半分はアルビオンニウムへ派遣された大隊コホルスとともにティトゥス街道の工事に従事し、ティトゥス街道の再開通を目指します。」


 サウマンディアから増援が来ること自体は以前にルキウスが話していたが、ティトゥス街道整備については話していなかったのでルキウスが捕捉説明をする。


「現在、属州アルビオンニアの中央…地図で言うこの部分ですな…アルビオンニウムからズィルパーミナブルクまでのこの地域をライムント地方と呼んでおるのですが、アルトリウシアとライムント地方を結ぶ街道は現在二つしかありません。

 一つは西山地ヴェストリヒバーグを越えるグナエウス街道、もう一つが先ほど話にあったティトゥス街道です。ティトゥス街道は一昨年の火山災害の地震で数か所で土砂崩れを起こしており、現在通行できなくなっておるのです。」


 リュウイチの隣に座っているルキウスがリュウイチの前に地図を広げ、指をさしながら位置関係を説明する。


「アルビオンニウムが放棄されて無人となったためティトゥス街道再整備の優先度は低く、工事は後回しにしておったのですが、今回サウマンディアから支援をいただけることになりましたので、復旧に着手することにしました。」

 

『こっちのグナエウス街道でしたか?

 この街道が通れるのに、ティトゥス街道を今整備する必要があるのですか?』


「いい質問ですな、さすが降臨者様は知恵に恵まれておいでだ。

 実はグナエウス街道が通る西山地ヴェストリヒバーグの西側は大変雪の多いところで、冬になるとグナエウス街道は通行できなくなるのです。」


『こっちのティトゥス街道は冬でも大丈夫なんですか?』


西山地ヴェストリヒバーグにかかってはいるのでアルトリウシアに比べれば積雪量は多いですが、ふもとですし海岸沿いですから山の中ほどは降りません。通行できなくなるほど積もるのは年に数回程度ですな。」


『でも、街道がつながる先はアルビオンニウムですよね?

 街道を整備するならアルビオンニウムも再整備しなければ意味が無いのではありませんか?』


 リュウイチがティトゥス街道をアルトリウシアとライムント地方の間をつなぐ物流ルートとして考えていたために生じた疑問だった。

 ティトゥス街道がつながる先にあるアルビオンニウムは放棄されて無人の廃墟と化している。ライムント地方で人が済んでいる町に行くにはアルビオンニウムを通り過ぎて、ライムント街道をグナエウス街道が合流するシュバルツゼーブルグまで進まねばならない。馬車で急いだとしてもティトゥス要塞城下町カナバエ・カストルム・ティティからシュバルツゼーブルグまでは早くて二日、下手すれば三日以上かかる距離だ。陸路での物流を確保するという意味であれば、中間にあるアルビオンニウムは少なくとも宿場町として機能する程度に再整備する必要が生じる。


「アルビオンニウムはいずれ再整備する必要はあるでしょうが、今回の街道整備は通信網の回復を意図したものです。」


『通信網?というと、早馬ですか?』


 早馬だとしてもティトゥス街道を通ってシュバルツゼーブルグへ行くにはアルビオンニウムを通過することに変わりはない。そして、距離を考えればアルビオンニウム近辺に中継拠点が必要になるのは明らかだ。


「それもありますが、街道の途中に設けられた中継基地スタティオで信号を送るのです。モールス信号とか手旗信号とか、それでサウマンディウムとの通信環境を強化するのが目的なのですよ。」


『ああ、モールス信号があるんですか?』


「ええ、《レアル》より伝えられております。」


 驚くリュウイチにルキウスはにっこりと笑って答えた。

 リュウイチはどこかで腑に落ちないものを感じていたが、この世界ヴァーチャリアでモールス信号が使われていることに驚き、何に不可解さを感じていたかを忘れてしまった。

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