第228話 セーヘイムのガミガミ女
統一歴九十九年四月十九日、早朝 - セーヘイム/アルトリウシア
セーヘイムは昨日来騒然としていた。原因は
セーヘイムもアルトリウシアの他の地区と同様、
しかし、そうした配慮がこのような形で役に立つとは、当のヘルマンニも思ってもみなかった。
昨日、突然現れたイェルナク一行はヘルマンニの機転によってセーヘイムに留め置かれた。ヘルマンニはリュキスカに関する話は聞いてはいなかったが、前日に事故があったらしい事は妻からそれとなく聞かされていたからだった。
侯爵家でボヤ騒ぎがあり、エルネスティーネと家族が子爵家へ避難している。しかも、その時にカールが重傷を負い、深刻な状態に陥ったらしい。
そのようなところへいきなりイェルナクを送り込めば何が起こるかわからない。一旦、セーヘイムの
ヘルマンニは幸い今現在使われていなかった
そんなところへ、この災禍の張本人である
だが、
ヘルマンニは私情を捨て、動員できる限りの兵士を動員してイェルナク一行を守り、同時に
セーヘイムに
話が広がるにつれてセーヘイム以外の地区から武器を手にした住民たちが徐々に集まり始める。当初は
「トイミたちがやられた!」
「ハンどもは何で
「ヘルマンニ様!トイミの仇を討たせてくれ!!」
「ゴブリンどもを吊るし上げろ!」
「何でハン族を
「落ち着け!イェルナク殿は今日の昼にセーヘイムへ来たんだぞ!?
トイミたちのことなんか知るはずも無い!
やったのは別のゴブリンだ!
話はつけるから今は大人しく我慢しろ!!」
いくらヘルマンニが一人で立ちはだかったところで群衆は治まらない。
血の気の多い連中が集まる前にヘルマンニが動員できた兵士は五十人にも満たなかった。その後追加で集まってくる兵より、群衆の増え方の方が圧倒的に多い。水兵たちで抑えきれなくなる前に
駆け付けたのは
ヘルマンニの水兵とスタティウスの
六百の兵がいなければ、指揮していたのがヘルマンニでなければ、補佐していたのがスタティウスでなければ、おそらく守り切れなかっただろう。
押しかけて来た群衆が騒ぎ疲れて大人しくなったのは、東の空が白み始めたころになってようやくだった。
女房達に尻を叩かれるようにしてセーヘイムの男たちが漁へ出ていきはじめると、
それでも武器を携えた物騒な群衆は数百人が残っていた。
やがて漁に出ていた船が帰ってきて水揚げが始まる。獲ってきた魚を自分たちで食べる物、加工する物、売りに出す物に選り分け、荷造りをすると魚売りたちが他の地区へと魚を売りに出発し始める。
最終的にセーヘイムに残っていた物騒な群衆を蹴散らしたのは彼ら…いや、彼女たちだった。わざと街道上にいっぱいに広がって一塊になって進んだ彼女たちは物騒な群衆に突っ込んでいく。
「邪魔だよ!そこをどきな!」
「他人様の土地でオイタすんなって教わんなかったのかい!?」
「祭りなら他所でおやり!」
「こんなトコで遊んでんじゃないよ!!」
セーヘイムの魚売り女は威勢の良さでは誰にも負けない。
男尊女卑社会のレーマ帝国では女は男たちに馬鹿にされる。商売をすればほぼ間違いなく軽んじられ、足元を見られる。何か売ろうとすれば不当に値切られ買いたたかれ、何か買おうとすれば吹っ掛けられる。だから女だけで買い物に行くことはあまりないし、女が商売で成功することもほとんどない。
しかし、それに甘んじては食っていけない。
漁をしてきた男たちはそれだけで十分疲れているのだ。それに漁具や船の手入れもしなければならない。だから男たちが獲ってきた魚を加工したり売りに行くのは女たちの仕事になる。だが、女が売るからと言って買い叩かれねばならない
結果、セーヘイムの女たちは買い手の男たちに負けないだけの強さを身に着けざるを得なかったのだ。公共の場だろうが何処だろうが、相手が男だろうが何者だろうが平然と罵り言い負かす口達者。ついた渾名が『セーヘイムの
「うるせぇ、ぶっ殺すぞ!」
「女が男のすることに口をはさむな!」
「こっちはそれどころじゃねぇんだ!」
「女が出しゃばるんじゃねえ!!」
だが武器を手に
「うるさいのはそっちだよ!」
「ぶっ殺すだって!?おやりよ!出来もしねぇくせに!!」
「女子供相手に威張るなんざ弱虫のするこったよ!?」
「引っ込めだってさぁ!
アンタらアタシらがこのまま引っ込んじまっていいんだね!?」
「いいよ!腹すかせて困るのはアンタらのほうなんだからね!!」
「今日からアンタら自分の女房子供に何食わせるつもりだい!?」
「アンタらどこから来たんだい?
アンブースティアかい?《
まさか
アンタらがそんなならもう売りに行ってやらないよ!」
「明日からは毎日そっちから買いに来るんだね!
もっとも、刃物ちらつかせるような奴が来たところで売ってやる魚なんて一匹だってありゃしないけどね!」
「そんな奴、ウチの亭主が追い返してくれるよ!」
「どうなんだい!?
アタシらを通すのか、通さないのか!?」
「通すんならとっととお退き!!」
「こっちは仕事してんだ!アンタらみたいに遊んでる暇なんざ無いんだよ!!」
一人でも一言えば十返してくる
物騒な集団は見る間に街道上から蹴散らされていった。そして彼女らはその後、ご丁寧にも途中ですれ違う男たちを見つけるごとにイチイチ説教し、追い返しながら各々の売り先へ進んだのである。
彼女たちの活躍により、ヘルマンニとスタティウスのもとで警備にあたっていた兵士たちは、インニェルが用意させた温かい朝食をとる余裕を得たのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます