第432話 限界、そして撤退

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 『勇者団ブレーブス』の戦場は文字通り泥沼化していた。小さいマッド・ゴーレムは残り三体にまで減らせたのだが、デファーグ・エッジロードがロック・ゴーレムへ突っかかるのに反応したかのように突如大きい方のマッド・ゴーレム六体が戦闘に参加し、かなり苦しい状況に追い込まれている。

 そしてマッド・ゴーレムには『水撃』ウォーター・ショットがどうやらもっとも有効らしいことが分かってからというもの、『水撃』を乱射した影響で地面は水浸しになっている。たおされたマッド・ゴーレムの残骸の泥が水と組み合わさって泥濘と化しており、今や頭から泥に塗れていないのはマジックキャスターのペイトウィン・ホエールキングとミシェル・ソファーキング・エディブルスの二人だけだ。その彼らも膝から下は泥だらけである。


 彼らの足元の泥濘の中には、自然発生した沼スライムスワンプ・スライムがウヨウヨしており、油断しているといつの間にか靴やズボンの中に入り込んで肌から魔力を吸い取られる。その上、いつの間にか足枷蔓ファダー・ヴァインまで発生しており、彼らの足元を徐々に浸食しつつあった。

 足枷蔓は低位の植物系モンスターであり知能はない。ただ繁殖し、近くにいる動植物に巻き付いてきて身動きできないようにするだけだ。特に動物を絞め殺すような力も無ければ、スライムのように魔力を吸う事もなく、また毒なども持っていない。獲物に絡みついて動けないようにし、その場で衰弱死させて死骸を肥やしにしようとするだけの存在だ。

 それ単体ではさほど害はなさそうだが、周囲にスライムがウヨウヨしている情況で足枷蔓に捕まれば大変なことになる。ましてや彼らは今、複数のゴーレムに囲まれて戦っている最中なのだ。


 動きは鈍いが体内の小さなコアを破壊しない限り何度でも復活するマッド・ゴーレム相手に、『勇者団』が優位を保てているのは彼らがゴーレムよりも早く移動できるからに他ならない。にもかかわらず広がり続ける泥濘に足をとられて思うように動けなくなっている上に、さらに足枷蔓まで現れたとあって、『勇者団』はゴーレムの数を減らした以上に追い詰められつつあった。

 そしてついに、最初の脱落者が出る。


「ハァ…ハァ…ハァ…クソッ…あ、あれ…ぁ…」


 『水撃』を放ったソファーキングは『水球』ウォーター・ボールが大きなマッド・ゴーレムの半身を吹き飛ばすのを見届けると、突然意識を失って地面にぶっ倒れた。


「ああ!?ソファーキング!?」

「どうした!?」

「ソファーキングが倒れた!

 おい、ソファーキング!ソファーキングしっかりしろぉ!!」


 近くにいたヒーラーのフィリップ・エイー・ルメオが駆け付け、屈みこんで顔をペシペシと叩く。


「どうしたんだ、大丈夫か!?」

「多分、魔力切れだ。ペイトウィン!

 マナ・ポーションがあったら分けてくれ!!」

「何でコイツ、魔力切れするまで魔法使うなんて…ああ!?」

「何だ?」

「コイツ、スライムに食われてやがる!

 ペトミー!!ペトミー来てくれ!!

 ソファーキングがスライムにやられたぁ!!」


 『勇者団』に魔法攻撃職は二人しかいない。ハーフエルフのペイトウィンとヒトのソファーキングだ。そして、彼らの対マッド・ゴーレム戦は『水撃』でマッドゴーレムの身体を粉砕し、粉々のドロドロに崩れたマッドゴーレムの残骸から核になっている魔石を探し出して砕く方法をとっている。水属性攻撃魔法『水撃』は極めて重要だ。そのたった二人しかいない使い手が一人脱落するのは、『勇者団』にとって大きな痛手であった。

 エンチャンターのヘンリー・スマッグ・トムボーイがエイーと共にソファーキングの両脇に座り込んで大急ぎで手当てを始める。


「靴を脱がせろ!」

「今やってる!」

「うわっ、スライムだらけだ!」

「コイツ、自分は泥にまみれてないからって油断したな…。」

「ズボンの裾もまくり上げろ!」


 ソファーキングの両脚は豆粒大ものから片手で掴めるくらいの、比較的小さいスライムがびっしり張り付いていた。沼スライムスワンプ・スライムは泥水に潜むため、泥水まみれの肌に吸い付かれると目視では見つけにくい。それで魔力感知能力に長けたモンスターテイマーのペトミー・フーマンに対処を頼んでいたのだが、ソファーキングは靴やズボンの中に泥が入り込んでいなかったため、エイーとスマッグの二人でもある程度はスライムを見分けることが出来た。

 二人は急いでスライムを掴んでは握りつぶしたり放り投げたりして、ソファーキングの脚からスライムを取り除いていく。


「スライムにやられたって!?」


 そこへペトミーが駆け付けた。彼も『水撃』で崩れたマッド・ゴーレムの残骸から核を探し出す作業に参加していたため、頭から足の先まで泥だらけである。


「見てくれ!

 スライムに食いつかれたまま魔法使ってたから、魔力切れを起こしたんのあっ!?。」


 ペトミーに場所を譲るために立ち上がろうとしたエイーがバランスを崩して地面に転がる。


「何やってんだ、エイー!」

「足、足に何か…クソッ、足枷蔓だ!」

「え、あっ!俺もだ!?」

「おい、ソファーキングも絡まれてるぞ!」


 気づけば彼らの足元には足枷蔓が広がっており、エイーとスマッグの両脚、そしてソファーキングの身体に蔓が絡みついていた。足枷蔓は動きが鈍いが、同じ場所で二十~三十秒もジッとしていると絡みついてしまい、刃物で切るか強い力で強引に引きちぎらなければならなくなってしまう。

 三人はそれぞれ刃物を取り出して自分の脚やソファーキングの身体に絡みついた足枷蔓を切断する。


「こ、ここじゃ落ち着いて処置できない。

 足枷蔓を切ったらソファーキングを別の場所へ運ぶぞ!」

「お、おう…よし…切れた!スマッグは?」

「俺も最後の一本だ…よし!」

「こっちを手伝ってくれ、ソファーキングの身体にまだ絡みついてる!

 ええい、クソッ!!」


 そうしている間にも次の足枷蔓が伸びてきて、ペトミーたちは絡まれない様に時折腰を上げて蹴り飛ばす。


「お前ら何やってる!

 ゴーレムが来てるぞ!?」


 ティフ・ブルーボールの声に振り向くと一度崩されてから復活した大きなマッドゴーレムの一体が彼らに近づきつつあった。


「ソファーキングが倒れてんだ!

 そいつを誰か止めてくれ!!」


「待ってろ!!」


 別のゴーレムの足止めをしていたデファーグ・エッジロードが、目の前のゴーレムの脚を斬ってシールド・バッシュで突き倒すと、救援に駆け出した。彼も一度崩れたマッド・ゴーレムの残骸の下敷きになったせいで全身泥まみれになっていた。

 足枷蔓が生い茂りはじめたこともあって、ただでさえ足をいつも以上に高く上げないと走れなくなって来ている上に、その葉の下に隠れた地面は泥と水でグチョグチョになった泥濘だ。おまけにデファーグもまた気づかない間に靴や着衣の下に入り込んだスライムに魔力を吸われ、身体が普段通りに動かせなくなってきていた。足を滑らせて転倒してしまう。


「どあっ!?」


 ガシャガシャと身にまとった甲冑が派手な音を立て、デファーグは泥と蔓の中に突っ込む。そして、近づいてきたマッド・ゴーレムの足音に慌てて飛び起き、手にした剣でゴーレムの脚を刈り取り、倒れて来るマッド・ゴーレムから転がるように逃げる。


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ…よっ、このっ」


 デファーグは倒れたゴーレムが起き上がる前に腕や首を剣で切断し、復活を遅らせるために遠くへ投げ飛ばした。しかし、息が上がってしまい、両手を膝について肩で息をする。

 『勇者団』の中でも体力自慢のデファーグがその有様である。他の武器攻撃職のメンバーも体力が限界に達しつつあった。


「ティフ…もう、限界だ。

 撤退しよう!!」


 ペトミーが進言した。デファーグがマッド・ゴーレムと戦っている間にソファーキングに絡まった足枷蔓を切断し、エイーやスマッグと共にソファーキングを抱えて立ち上がったペトミーは周囲を見回したが、ソファーキングの手当てをするための安全な場所を見つけることが出来なかったのだ。

 魔法攻撃職が一人だけでは戦線を維持できない。ペイトウィンの負担が過大になって、マッド・ゴーレム全部を倒す前にペイトウィンが倒れてしまうだろう。第一、魔力切れで意識を失ったソファーキングをスライムだらけの場所に放置することなど出来ない。ということは、最低二人がソファーキングを抱えながら、マッド・ゴーレムが倒されるまで逃げまわらなければならないことになる。

 全員で戦わなければゴーレムを殲滅できないのに、攻撃の要となるソファーキングがダウンした以上、もはや勝利は期待できない。だいたい、マッド・ゴーレムを倒したところでまだロック・ゴーレムが残っているのだ。


 ティフはペトミーの言葉を耳にすると、周囲を見回して状況を確認した。たしかに、全員が来た時とは比べ物にならないほどボロボロになっている。ソファーキングが気を失っているのを除けば怪我人は居ないが、本来の力を出せる状態の者はティフも含め一人もいない。

 ティフは悔しそうに両手に握った二本の舶刀カットラスを握り締めた。限界を見せつけられ、それでもそれを認めて受け入れることが出来ない…そういう表情だった。


「ティフっ!ティフっ!

 ヤバいぞ、ロック・ゴーレムが動き出した!!」


 マッド・ゴーレムの残骸から核を探す作業をしていたアーノルド・ナイス・ジェークが悲鳴じみた声をあげた。


「うそ…だろ!?」

「まだ、マッド・ゴーレム全部倒してないんだぞ!?」


 彼らがこれまで読み漁ってきた英雄譚では雑魚モンスターを一掃するまでボスモンスターは動かなかった。実際、成功しなかったとはいえデファーグがロック・ゴーレムに突撃してからも、ロック・ゴーレムは動かなかった。だから、彼らはロック・ゴーレムはマッド・ゴーレムを一掃するまで動かないと思いこんでいた。

 ところがロック・ゴーレムが動き出してしまった。とてもではないが、今の彼らに太刀打ちなど出来るわけもない。さすがのティフも撤退を決めざるを得なかった。


「よし、逃げるぞ!

 ペトミー!!ソファーキングを担いで先に逃げろ!

 他はまずゴーレムどもを引きつけるぞ!

 どうせ逃げ道は俺らが登ってきた崖しかないんだ!

 ゴーレムを崖から引き離せ!!」


 ティフの指示を聞いてサブリーダーのスモル・ソイボーイが近くの武器攻撃職の仲間に呼びかける。


「よし、行くぞ!

 ゴーレムの核はもう無視していい!

 足止めだけで十分だ!!」


 彼らは気合を入れなおすと、自分たちよりもずっと大きいゴーレムたちに立ち向かっていった。その姿は、確かに勇者のようであったかもしれない。

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