第325話 売ろうとした聖遺物(1)

統一歴九十九年四月三十日、昼 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



「まあ…では、両替は御出来にならなかったのですか?」


 見上げたところで相も変わらず青空の見えない一面の曇り空ではあったが、地面に視線を落とせば辛うじてぼんやりと影ができているのが確認できる程度には陽が射している、アルトリウシアにしては恵まれた天気の昼下がり。マニウス要塞カストルム・マニの中枢に位置する、厳重な立ち入り制限の敷かれた陣営本部プラエトーリウムの最奥の庭園ペリスティリウムの一角で、リュウイチたちは食堂トリクリニウムからわざわざ運び出した食卓メンサを囲んで昼食ブランディウムをとっていた。


 今日のメニューもピザとフルーツの盛り合わせだ。レーマ貴族は一日二食が基本で昼食を摂る人は少なく、摂っても間食程度でしか食べないのが普通であるため、リュウイチに供される昼食も軽食程度の内容だった。最近はピザの頻度が上がっているが、これは調理する側の手軽さと最初に出した時のリュウイチの食いつきが良かったからだった。ただしピザの具はリュウイチの助言に基づき、カールの健康を考えたものが優先されていて、レバーとキノコと緑黄色野菜が入るようになっている。

 キノコはビタミンDを、レバーと緑黄色野菜はビタミンAをそれぞれ摂取するためだ。アルビノであるカールはビタミンDの不足からカルシウム摂取量が不足しがちであり、実際今でこそリュウイチの治癒魔法で完治はしてはいるがにもなっている。ビタミンAを摂取するのは暗い室内で過ごさねばならないカールの目の健康を考えての事だった。もちろん、リュウイチは医者でも栄養士でもないのでアルビノの健康にどういう食べ物が良いかというような知識は持ち合わせてはいない。ハッキリ言って素人考えでしかないが、それでもリュウイチからの助言は「《レアル》の叡智えいち」として即座に反映されていた。

 フルーツの盛り合わせも同じくリュウイチの素人栄養学を反映させたものだったが、特にカールの為に用意された磨り潰したベリーとミルクを混ぜたフルーツ・ミルクセーキはカール自身もかなり気に入っている。なお、リュウイチ自身はお茶を飲んでいた。


 今、陣営本部で生活をしているのは降臨者リュウイチ、その聖女サクラリュキスカとその息子フェリキシムス、聖女候補の巫女サセルダルクレティア・スパルタカシア、リュウイチの人質として預けられている侯爵公子カール・フォン・アルビオンニア、ルクレティアとカールの家庭教師ヴァナディーズ、そして彼らの奴隷と使用人たちである。

 午前中、ルクレティアはリュキスカに魔力制御を指導し、ヴァナディーズはカールの勉強。午後はルクレティアはヴァナディーズに勉強を診てもらい、カールは運動したり遊んだりといったルーティンが出来上がっているため、この昼食はルクレティアにとってリュウイチと接する貴重な機会になっていた。


『うん、結局今両替しても銀貨が届くのは半年後だし、今急いで両替するよりも降臨の公表を待った方が多分早いだろうってさ。

 その前に、アントニウスさんだっけか…両替してくれた銀貨が届くはずだから、今急がなくてもいいでしょうって。』


 リュウイチはピザを口に運びながら、今日の午前中に来てもらった子爵家御用商人ラール・ホラティウス・リーボーとの会談の内容と結果について話した。

 今のルクレティアはリュキスカの特訓やら自身の勉強やらでリュウイチと行動を共にすることが出来ないでいたが、リュウイチが降臨してからずっと秘書のようなことを続けてきてくれていたし、多分リュキスカの特訓や自身の勉学が修了すれば元のように秘書のような仕事に復帰するだろうから、リュウイチは誰と会ってどんなことを話したかといった事について、ルクレティアに積極的に話すようにしていた。


「そうかも知れませんが、リュウイチ様が銀貨を御所望とあらば応えていただけましたでしょうに…」


『それをすると、ラールさんが立て替えることになっちゃうからね。

 それだとあんまり意味が無いんだよ。

 せめてラールさんを通じて何か売れないかとも思ったんだけど…』


 ルクレティアがリュウイチに同情するように腹を立て、リュウイチがそれを宥めるのでは立場が逆転しているような気がしないでもない。


「何かって…まさか聖遺物アイテムをですか!?」


 ルクレティアは驚いて目を丸くした。


『うん、そんな武器とか鎧とかポーションとかは今までの経験からさすがに無理だってわかってたからさ。他のアイテムなら大丈夫かなって思ったんだけど、どれも見る人が見たら一発で聖遺物だってバレちゃうから今は引き取れないってさ。』


 リュウイチはストレージに膨大な量のアイテムを抱えている。種類も膨大だし、個々のアイテムの数量も膨大だった。ハッキリ言って数えきれない。

 たとえば一つのコンテナに六万五千五百三十五個の全く同じ木箱が入っていて、その木箱の一つを開けると全く同じショートソードが六万五千五百三十五本入っていたりする。さすがにその他の六万五千五百三十四個の箱すべてをチェックしたわけではないが、大元のコンテナの備考欄に「ショートソード」と書かれているから多分全部同じなのだろう。似たようなコンテナで備考欄に書かれた品名の異なるものが数えきれないほどある。


 もちろん、リュウイチは何で一つ一つのアイテムがこんなに膨大にあるのかわからない。理解もできない。最初は生産系スキルのレベル上げのために同じ品物をたくさん作ったんだろうと予想してみたが、それにしたって量が尋常ではない。普通、レベル上げのために何か作るにしたって一品目あたり数十とか、多くても数百程度しか作らないはずだ。田所竜一リュウイチはMMORPGの経験は数作程度しか無かったが、それでもその程度の事は知っている。

 本来のこの《暗黒騎士ダークナイト》のアバターの持ち主…死んでしまった従兄の子が何をやっていたのか見当もつかないが、本来の持ち主は死んでしまって事実上リュウイチが相続してしまっているわけだし、絶対に使いきれないほどのこの膨大なアイテムは持っていても無駄なので、せめて現金化して役立てようと思ったわけだ。


 だが、ラールは難色を示した。リュウイチがサンプルとして出したすべての品物はこの世界ヴァーチャリアではあり得ないほどの高品質なものばかりだったためだ。

 ルクレティアとヴァナディーズは以前リュウイチが出したチェスのセットを思い浮かべていぶかしんだ。あの時のチェスの駒は宝石で出来ているようだったし、チェス盤の方も多分駒を置くマスの部分は駒と同じ宝石で出来ているようだった。それを囲う枠は木製だったが、よく見ると細部に緻密で見事な意匠が施されていたのを覚えている。


「いったい何をお売りになろうとなされたのですか?」

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