第1105話 グルギアの出自
統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐
一通りの売り文句を言い終えたマルクスはグルギアを振り返って命じる。
「さあ、ご挨拶申し上げるがいい」
グルギアはそう命じられるとその場で両膝を突き、交差させた両手を軽く胸に添えると、「グルギアと申します、
みすぼらしい女だった。身に
もっとも、寒いのは事実であったがグルギアの顔を青ざめさせ、その声を震えさせていたのは寒さばかりではなかった。この後、服を脱がされて裸を見せなければならないという、これまで新しい主人へ売られるたびに経験してきた嫌な記憶が恐怖と絶望とを呼び覚ましていたのである。
どこか冷めた様子で
「
この
「もちろんです。
それも飛び切りの、
マルクスの答えにアルビオンニア貴族たちは一斉に眉を
「
薄笑いを浮かべあからさまに信じようとしていないルキウスにマルクスは
「疑いたくなるのも無理はありません。
ですが、本当なのです。
グルギア自身は奴隷になった時、まだ子供だったのでありませんが、彼女の父親は貴族名鑑にもその名を乗せていましたよ」
マルクスは手品の種明かしでもするようにそう言うと
「あの、ヘルミニウス・ラリキウスです。」
「「「「おおっ!?」」」」
「あの!?」
「ヘルミニウス氏族の……生き残りがいたのか!?」
全員の耳に間違いなく届くように大きな声でマルクスが言うと、アルビオンニア貴族たちは一様に驚いた。訳が分からないという様子で呆気に取られているのはただ一人、リュウイチのみである。
グルギウス・ヘルミニウス・ラリキウス……それがグルギアの父親の名前だった。ヘルミニウス氏族は有力な
グルギウスは神官としてとある地方の雨乞いの儀式をしようとしていた。そしてそのためにムセイオンから特別に
通常、聖貴族がその地位を失うことはまず無いのだが、ヘルミニウス氏族は元々魔力を持っていなかったうえに分家の数も多かったため、聖貴族としての格式は低かった。それが世界的にも貴重な魔導具を奪ったというのだから、その地位も絶対ではなくなる。
後にグルギウスが盗んだというのは事実ではなく、同じヘルミニウス氏族の別の貴族によって仕掛けられた冤罪であったことが明らかになるのだが、その時にはすでにグルギウスは処刑された後であり、グルギアを含む家族全員も既に奴隷として売り払われた後だった。
マルクスはそのスキャンダラスな事件によって没落したラリキウス家の娘グルギアをたまたま見つけており、今回のために急いで買い求めたのである。
「グルギアがヘルミニウス・ラリキウスの娘であることは間違いございません。
彼女の前の主人も、その前の主人も判明しており、確認を取ってあります。
礼儀作法がちゃんとしているのは伯爵家で確認済みです。
もちろん素養も申し分ありません。」
「ウ、ウホンッ!」
エルネスティーネの脇に控えていた侯爵家筆頭家令ルーベルト・アンブロスがわざとらしく咳ばらいし、マルクスの話を中断させた。
「失礼します
その、
ヘルミニウス氏族の娘を
ヘルミニウス氏族は魔力を持たないため各人の聖貴族としての地位は低いが、有力な神官を数多く輩出するだけあって一族全体でみるとレーマ帝国内での影響力は大きい。実際、レーマ帝国でヘルミニウス氏族出身の神官の居ない属州は無いほどで、アルビオンニア属州にもサウマンディア属州にもヘルミニウス氏族の神官はいた。もしもヘルミニウス氏族全体を敵に回せば非常に厄介なことになる。ルーベルトの懸念はあってしかるべきものだった。が、マルクスはカラカラと笑って見せる。
「それは心配ないでしょう。
ヘルミニウス氏族はあの事件に関わった者すべてを既に絶縁しております。
ラリキウス家が冤罪であったことが判明した時も、『
だいたい、もしヘルミニウス氏族がラリキウス家を今も一族の一員と認めているのなら、グルギアとその兄弟たちはとっくに買い戻されて地位を回復している筈ではありませんか!?」
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