第745話 アヴァロニアの因縁

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ 黄金宮ドムス・アウレア/レーマ



 フースス・タウルス・アヴァロニクス……現在レーマにおいて執政官コンスルという皇帝に次ぐ地位に就く彼の家族名コグノーメンである「アヴァロニクス」は曾祖父の功績、すなわちアヴァロニウス氏族が支配する国アヴァロンニアを討ち滅ぼしたという軍事的功績にちなんでいる。


 元々、伝説の降臨者アルトリウスによってレーマと同じく《レアル》古代ローマの文明をもたらされたアヴァロンニアは現在では帝国の数ある属州の一つに過ぎないが、大戦争当時は啓展宗教諸国連合側に立ってレーマ帝国と戦争をしていた国の一つだった。別に当時のアヴァロンニアが啓展宗教諸国連合側の諸宗教と信仰を同じくしていたというわけではない。単に大戦争突入時点で既にレーマ帝国とは戦争状態であったため、敵の敵は味方という理論に基づき、そのまま啓展宗教諸国連合陣営との協力関係を築くことになっただけだ。宗教的にはむしろレーマ側と同じく十二主神教ディー・コンセンテスを信仰している。

 大戦争終結後、レーマ帝国と啓展宗教諸国連合はケントルムを世界の中心と定め、ケントルムから東と西で互いの勢力圏を分け会うこととなった。両陣営はケントルムを越えて互いの領域に侵入してはならない。レーマ帝国はケントルムから西では何が起ころうと干渉しないし、同じく啓展宗教諸国連合側の諸国はケントルムから東で何が起ころうとも一切干渉しない。

 そして大協約が定められ、それに基づいて世界を二分するための測量が行われた結果、アヴァロンニアはレーマ帝国側に帰属することとなった。


 大災害以降、長年レーマ帝国と敵対し続けてきたアヴァロンニアには到底納得できる話ではなく、アヴァロンニアは当然のごとく異を唱えたが、もはや誰も聞く耳を持たなかった。啓展宗教諸国連合側はもうこれ以上レーマ帝国と戦争を続ける気は無かったし、異教のホブゴブリンのために血を流すつもりなど毛頭なかったのだ。神は自らの姿に似せてヒトを創り、すべての動物を支配する権利を与えたもうた……そのようなヒト至上主義の教義を掲げ、亜人を差別するのが当たり前な啓展宗教諸国連合諸国にとって、アヴァロンニアはレーマと戦うために必要だったから手を組んだだけの存在であり、異教徒のホブゴブリンの国など仲間としては全く見做みなしていなかったのである。そしてレーマ帝国は同じ《レアル》古代ローマの文化・文明を引き継ぐ国家でありながら、生意気にもレーマに敵対し続けた国が存続し続けることを認めなかった。

 アヴァロンニアは大戦争終結を受けて一度はしまわれた武器を倉庫から引っ張り出し、独立を維持するために戦争に備えた。だがレーマ帝国はそれまで強力な啓展宗教諸国連合軍に向けてはいたものの大戦争終結によって余剰となってしまっていた戦力のすべてをアヴァロンニア一国に差し向けたのだった。


 アヴァロンニアは善戦したといって良いだろう。自軍の数倍もの大軍をようするレーマ帝国とその後八年に渡って戦い続けたのだから。だがその結果は人々の予想を覆すようなものではなかった。

 一つの国が、一つの民族が滅ぼうとするとき、何処からともなくメルクリウスが現れて降臨を引き起こす……それまで歴史上幾たびも繰り返しされてきた奇跡はしかし、今回起きることはなかった。レーマは謀略を駆使し、アヴァロンニア側に親レーマ勢力を作り上げて内部分裂を引き起こさせたのだ。

 アヴァロンニアは内部分裂を起こし、戦争どころではなくなった。この時レーマ軍はアヴァロンニアで内紛が起こりやすいようわざと敗走するような手の込んだ真似さえしてみせている。共通の外敵が近くにいるのに、内紛を起こして勢力拡大を狙う者など誰がどう見ても裏切り者でしかない。親レーマ派が反レーマ派を攻撃して勢力拡大するためには、レーマ軍はアヴァロンニアの門前から姿を消す必要があったからだった。

 最終的には反レーマ派勢力は外のレーマ軍と内の親レーマ派勢力によって挟撃される形になった。防衛力を失ったアヴァロンニアは親レーマ派によって城門を開いてレーマに恭順することとなり、これによりアヴァロンニアは滅びることなくレーマに飲み込まれる形でしていくこととなったのである。


 そうした一連の謀略に貢献したのがフースス・タウルス・アヴァロニクスの曾祖父ガイウス・タウルスだった。アヴァロンニアを破った功績を称えて「アヴァロン人アヴァロニクス」の添え名アグノーメンが授けられ、上級貴族パトリキに引き立てられて以降はそれをそのまま家族名コグノーメンとして使い続けている。

 そしてこの時、彼の曾祖父によって故郷を追われることになったアヴァロンニアの反レーマ派最有力貴族であったアヴァロニウス・ユースティティウス家はその後、傭兵部隊アヴァロンニア支援軍アウクシリア・アヴァロンニアを率いて帝国各地での反乱鎮圧に転戦することとなる。いつかアヴァロンニアに帰れる日を夢見ながら、使い潰されるまで戦い続けることを強いられたのであった。

 しかしほのかな希望にすがって各地で戦い続けるだけの絶望的な流浪るろうの日々は意外なほど早く終わりを告げた。アヴァロンニア支援軍は時のアルビオンニア侯爵の要請によってアルビオンニア属州へと派遣されることとなったのである。そしてアルビオンニア属州の建設と対南蛮戦の支援任務をこなし続け、今はアルトリウシア子爵として上級貴族パトリキへの復帰を果たしている。この際、グナエウス・アヴァロニウス・ユースティティウス……つまりアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子の実父が初代アルトリウシア子爵として叙爵される際、もっとも強硬に反対したのはかつての親レーマ派アヴァロンニア貴族の末裔たちとフーススの父であった。


 フースス、けいの父が信用ならんと言ったアヴァロニウス氏族の手紙を、卿は信じるのか?


 今代こんだいレーマ皇帝インペラートル・レーマエマメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノールはフーススにそう問いかけているのである。


「私は父とは違います、陛下!」


 何をつまらんことを……フーススはそう言わんばかりに憮然として答える。


「そうなのか?」


「現在の子爵公子……アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスはレーマに留学していた際に話したことがあります。

 かの者、もはや帝国への叛意などありますまい。」


 フーススのその言にはマメルクスのみならず、居並ぶ重鎮たちも驚いたようだった。半数ほどがわずかに目を見開き、フーススと他の重鎮たちの顔を見比べるなどしている。


「ははっ、これは驚いた。『怒れる猛牛イラトゥス・タウルス』も丸くなったものだな。」

 

 皇帝は軽やかにそう言うと手に持っていたアルビオンニアからの手紙を脇へ投げ出すように置く。ちなみに『怒れる猛牛』とはかつてのフーススの異名である。ちなみに彼の父も、祖父も同じ綽名で呼ばれていた。


「たしかに余も子爵公子が帝国に背くとは思わぬ。」 


「陛下には、かの者を御記憶でございましたか?」


 フーススの隣に立つ白髪の老人……主席元老院議員プリンケプス・セナートスが意外そうに尋ねると、マメルクスは両眉を持ち上げ、その質問自体が心外であるかのようにお道化るように答えた。


「無論だ。

 白銀のアルトリウスアルジェントゥム・アルトリウス』だろう?

 コボルトの血を引くホブゴブリンの貴族ノビリタスなど、帝国でも初めてだからな。」

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