第744話 報告の信憑性

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ 黄金宮ドムス・アウレア/レーマ



 統一歴九十九年四月十日、アルビオンニア属州の元・州都アルビオンニウムにて降臨が発生。

 降臨者の名はリュウイチ……かの《暗黒騎士ダーク・ナイト》の従弟叔父いとこおじにあたる人物で、《暗黒騎士》と同じ身体、同じ力を持っていると思われる。強力な《火の精霊ファイア・エレメンタル》を従えており、他にも召喚モンスターを使役する模様。

 警戒にあたっていたアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軽装歩兵ウェリテスがリュウイチと遭遇、戦闘に及ぶものの一方的に魔法で眠らされた。

 同行していた女神官フラーミナルクレティア・スパルタカシアがリュウイチの応対にあたり、《レアル》へ御帰還くださるようお願い申し上げたが、帰れなくなったとの返答を受け、やむなくアルトリウシア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルトリウシイアルトリウシア子爵公子の判断によりアルトリウシアへの移送を決定。

 リュウイチと戦闘に及んだ兵士たちは軍法により死刑が決定したが、それを知ったリュウイチより助命を所望されたためリュウイチの奴隷とした。その際、リュウイチは奴隷八人の買取価格としてソリドゥス金貨をも上回る価値があるであろう金貨を八千枚を提示した。

 リュウイチの玉体ぎょくたいをアルトリウシアへ船で移送しようとしたところ、アルビオン海峡をつかさどる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》アルビオーネが現れ、リュウイチに恭順きょうじゅんの意を示した。

 同日、アルトリウシアではハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱を起こしており、リュウイチを移送中の船がアルトリウシアを脱出しようとするハン支援軍の旗艦『バランベル』号と遭遇、『バランベル』号からの砲撃を受ける。その際、砲弾の一発がリュウイチの頭に直撃したが無傷だった。そして同じ砲撃で致命傷を負ったブッカをリュウイチは強力な治癒魔法で一瞬で回復させた。

 アルトリウシアへ到着したリュウイチはハン支援軍叛乱の被害を受けた住民らをたすけるためにヒールポーションの寄付を申し出たが、アルビオンニア侯爵夫人ならびにアルトリウシア子爵は一応預かるだけ預かり、住民には自分たちの備蓄ポーションを放出し、それでも不足したら預かったポーションをお借りすることとした。

 その後、リュウイチはマニウス要塞カストルム・マニに収容。降臨の事実とリュウイチの存在については厳重に秘匿することとし、レーマ皇帝の指示を乞う。


 昨日五月八日に帝都レーマに届けられたアルビオンニア属州からの報告書の内容をまとめると、おおむねそのようなものであった。言うまでもないが実際には時節柄の挨拶やらなんやらを織り交ぜ、上級貴族パトリキらしい修辞法を駆使した優美な文章となっている。

 手紙の日付は四月十一日……書かれていることが事実であれば、降臨の翌日に書かれたことになる。帝国最南端の属州から赤道を越えて帝都レーマまでわずか二十七日での到着……これはレーマ帝国が全国に張り巡らした郵便網タベラーリウスが完全に機能を発揮した結果であり、余談だがこれはレーマ帝国の飛脚タベラーリウスが叩き出した長距離郵便配達速度の世界記録であった。


「陛下はいかがお考えでありましょうや?」


 お前たちの元にもコレが届いたのか?……レーマ皇帝インペラートル・レーマエマメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノールの問いには答えず、執政官コンスルフースス・タウルス・アヴァロニクスが尋ね返す。

 何せことことだ。降臨そのものは過去に何度もあった。このヴァーチャリア世界は《レアル》から召喚される降臨者たちによって文明をもたらされ、発展を遂げてきた歴史がある。だがそれも歴史上のことだ。


 ゲイマーガメルと呼ばれそれまでのとは区別されるようになった強力な能力を有する降臨者が現れ始めると、それまで多少の戦乱はあってもおおむね穏やかに発展を遂げてきた世界は大いに荒れた。城砦や都市を一撃で破壊する大魔法、一個軍を単独で殲滅せんめつする絶大な戦闘力を有する個人を超越した個人の存在は、世界の調和を保っていた軍事的均衡ミリタリー・バランスを根底からくつがえしたのだ。国力を無視した軍事行動が可能となり、冒険的な野望を、覇権を唱える小国が乱立した。やがて大災害と呼ばれる天変地異が起こり、世界を二分する大戦争までもが引き起こされている。

 幸いにもその大戦争は《暗黒騎士》と呼ばれる謎の存在によってゲイマーたちが一掃されたことで終結し、その後は大協約という国際法によって世界の秩序は保たれていた。


 ゲイマーの力には頼ってはならない。そのためにも降臨は二度と引き起こしてはならない。降臨を引き起こしたメルクリウスにはここまで世界を荒らした責任を問わねばならない。

 全世界がこの目標を達成するため、これまでのすべての降臨者が齎した恩寵おんちょうは世界共有の財産とし、何人なんぴとたりとも独占してはならない。そのためにレーマ帝国と啓展宗教諸国連合、両陣営の勢力範囲が交わる中間地点に中立都市ケントルムを建設し、そこにこれまで齎されてきた《レアル》の恩寵を集積し、全世界で共有するための施設ムセイオンを整備・運営する。 


 そのような方針で定められた大協約が施行されて以来、ヴァーチャリア世界ではこれまでの約百年間、降臨は起こっていない。世界を二分したレーマ帝国と啓展宗教諸国連合は互いの不干渉を誓い、両陣営の武力衝突は完全に停止している。レーマ帝国は啓展宗教諸国連合のある西側以外への版図拡大へいそしみ、啓展宗教諸国連合側は加盟国間での分裂を起こして小規模な武力衝突を繰り返しているが、それでも大災害以降大戦争を通じて大幅に減ってしまった世界の人口は確実に増加に転じていた。

 大協約体制での国際秩序の維持はおおむね成功していると評して間違いはないだろう。


 だが、ここへ来て大協約体制が敷かれて以来初めて降臨が起きた。それも世界中のゲイマーを単騎で一掃したとされる《暗黒騎士》と同等の力を持つ降臨者……その報告に戸惑わぬ者など居ようはずもない。しかしだからといって戸惑い、悩むだけの贅沢などここに居る者たちには許されていなかった。彼らは支配者であり、為政者であり、すべての実務者たちの頂点に君臨する責任者なのだ。配下の者たちが適切に動けるようにするために、彼らは存在するのである。そのためには、分からないまでも何らかの決断を下す必要があった。


「しかし、手紙一枚ではな。」


 マメルクスは嘆息してアルビオンニアからの手紙を脇に置く。


「ランツクネヒト族の棟梁とうりょうアルビオンニア属州領主ドミナ・プロウィンキアエ・アルビオンニイ、エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人からの手紙が信用ならんと申されるので?」


 皇帝の言が意外だったのかフーススは怪訝そうに顔をしかめた。フーススと共に居並ぶレーマの重鎮たちも動揺を隠せない。その彼らを玉座から見下ろしながら、マメルクスは悪戯っぽく笑った。


・アルトリウシウス子爵の連名でもあるぞ、タウルス・?」

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