第117話 金貨の両替え
統一歴九十九年四月十三日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
レーマ帝国の気鋭の
これは帝国のすべての
そもそも、レーマ帝国は民主主義国家では無いし文官と武官の区別も無い。国あるいは地方自治体の中枢にいる
軍人が高度な専門性を求められるようになり、
それに軍団を統制するために国の中枢からお目付け役を派遣しなければならないからといって、それが元老院議員である必要などまるでない。《レアル》の現代世界における文民統制の行き届いた民主主義国家の軍隊で、いったいどこに国会議員を部隊司令部に派遣しているとこがあるというのか?
お目付け役が必要ならそういう役職の官僚でも派遣すればいいのである。
では何故、元老院議員が軍団幕僚になる制度があるのか?
実のところを言うとこれは軍団を統制するためではない。それは表向きの理由に過ぎず、実際には元老院議員のキャリアアップのための制度だった。
貴族が優れた政治家であると同時に軍人であることも求められる社会において、政治家が出世していこうと思ったら軍人としての実績をどこかで積んでおかねばならないのだ。軍人としての実績の無い貴族はどれだけ家柄が良かろうと、
今でこそ無くなったが、昔のレーマでは公職選挙のたびに立候補者が人々の前で裸になり、これはどこそこでの戦いで負った傷だとか言って自分がいかにレーマに貢献してきたかをアピールする習慣さえあったのだ。
政治家として出世する以上は軍人としての実績が必要だ。だが、危険な戦場には出たくない・・・そんな元老院議員のための制度、それが元老院議員の軍団幕僚兼任制度だった。
政治家以外の者からすればこれほどふざけた制度も無いのだが、アントニウスは今まさにその恩恵を最も受けた元老院議員の一人になろうとしていた。
レーマ元老院議員として初めて降臨者と、それも伝説の《
しかし、アントニウスは気持ちの
財務官僚や元老院議員といった政治家の道を歩んできたのは、あくまでも自分が商売をする上で都合が良かったからであり、権勢を極める事と商売の利益を上げる事とどちらを選ぶかと問われれば迷わず後者を選ぶ男だった。
巨大なビジネスチャンスを前に、自分を見失うようなヘマなどしない。
アントニウスはサウマンディウムの『
今レーマでは金貨への投資が過熱して金貨が異常に高騰している事と、その背景にある諸事情。そして、レーマ帝国が今後その問題にどう対処するかまで・・・それはアルトリウスとカエソーを除くこの場にいる全員にとって初めて聞く話であり、多くの者たちは『青山荘』でのプブリウスたちと同じような反応を示した。
「従いまして、リュウイチ様の金貨はしばらくの間封印していただき、金銭が必要と言うのであれば、
アントニウスはそう締めくくった。
よし、トチりも噛みも詰まりもしなかった。昨日まで練習を重ねた甲斐あってプレゼンは完璧だった。
『なるほど、ではひとまずどれほど両替えできるんでしょうか?』
当然の質問だろう。もちろん、これくらい想定していたアントニウスは準備も
「額が大きい上に急なお話しでしたので、リュウイチ様が
しかし、ひとまず半分の金貨百枚分について両替えすべくデナリウス銀貨二百六十万枚を御用意いたしました。」
その額に室内が一斉にどよめく。
「残りの金貨百枚につきましても、お預けいただけるのでしたら二か月以内に再びデナリウス銀貨二百六十万枚をお届けしてご覧に入れます。
両替手数料については、今回は必要ありません。」
この二百六十万デナリウスはプブリウスに無理を言ってサウマンディウムの金庫から借りてきたものだった。代わりに、同額のデナリウス銀貨を三か月以内に返還する事を約束させられた上に、サウマンディア伯爵家が所有する金貨を両替えしてやらねばならなくなったが、全く手ぶらでリュウイチに話を持ち掛けるよりは多少無理をしてでもまとまった銀貨を用意した方が良い。
『わかりました。
では、その預けた金貨は?』
「
こちらへお持ちしましょうか?」
もとよりとんでもない金額だという事は知っていたが、さすがに
『いえ、そのまま
えっと、思ったより何か大金のようですが、何か領収書みたいなものが必要ですか?』
「ではこちらの領収書と、残りの分の両替え依頼書にサインをお願いします。」
リュウイチは差し出された書類二枚を目にし、自分がそこに何が書かれているか読めない事に気が付いた。いや、アルファベットの大文字が書かれているのは分かるが、使われている単語が英語じゃない。
隣にいたルクレティアに相談する。
『ここに書かれている内容が読み取れないんですけど、領収書と両替え依頼書であってますか?』
「え・・・ええ、そうですね・・・はい、こちらは『金貨百枚の代わりに二百六十万デナリウスを受け取った』という内容で、こちらは『金貨百枚をデナリウス銀貨二百六十万枚に両替えしてください』と依頼する内容です。
どちらもラテン語で書かれていて一般的な書式です。」
『そう、で、どこにサインすれば?』
「こっちのがここで、こっちのはここですね。」
ルクレティアはそう言って二枚の書類を広げて、それぞれ指で
『すみませんね、ラテン語は分からないもので・・・サインはローマ字が良いのかな?』
「ええ、それでお願いします。」
ラテン語が分からないのにローマ字が書ける?どういう事だろう?
アントニウスは不思議に思いながらもリュウイチの質問に愛想笑いを浮かべながら答えた。
リュウイチは差し出された羽ペンを使ってサインした。意外と書きにくい。
意外と手間取りながらもサインを書き終えると、隣にいたルクレティアがすかさず
アントニウスはそれを受け取ると間違いなくサインされている事を確認した。
ローマ字と言ってたのに、何で大文字と小文字の両方を使ってるんだ?・・・と、多少疑問に思わなくもなかったが、そこはあえて無視して
「ありがとうございます。では、確かにサインを頂きました。
銀貨の方は荷馬車に積んで既に持ってきてありますので、こちらへ運び込んでおきましょう。」
アントニウスにそう言われて、そう言えば銀貨を見てなかったなと今更ながらに思ったリュウイチだったが、まあさすがにここで嘘はつかんだろうと妙に楽観的に考え、あえてこの部屋へ持って来いなどとは言わなかった。
『いえ、こちらこそお手間を取らせてしまいました。
しかし、おかげ様でこれで当面はお金に困らずに済みそうです。』
リュウイチがそう言うと一同はハハハと軽く愛想笑いをした。
金が無くて困るのではなく、金は唸るほどあるのに使えなくて困るなど・・・一昨年の火山災害以来あらゆるものが足らずに困っている彼らにとっては酷い冗談にしか思えない。
「
改めて御礼申し上げます。」
『それなんですが、先ほど
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