第145話 防具の性能

統一歴九十九年四月十五、午後 - マニウス要塞空堀/アルトリウシア



 レーマ軍のガレア青銅ブロンズである。ただし、これは鉄砲などの火器が主力の戦場ではほとんど用をなさないため、防弾性能を確保するために額の部分だけに鉄板を追加している。

 この鉄板も錬鉄れんてつ製だったり時間をかけて鋼を鍛えた鍛鉄たんてつ製だったりして値段も性能もバラツキが大きい。

 一般の軍団兵レギオナリウスに支給される防具で鉄製なのはそれだけだ。

 他は麻布の鎧下イァックに青銅製の鎖帷子ロリカ・ハマタ、さらに真鍮ブラス製や青銅の脛当て、木と革の大盾スクトゥム丸盾ホプロンだけである。


 百人隊長ケントゥリオになると鎖帷子ロリカ・ハマタではなく、鈑金製の組み立て鎧ロリカ・セグメンタタになるのだが、使われている鉄板はやはり錬鉄製だったり鍛鉄製だったりと性能も価格も見た目もマチマチである。

 ただ、百人隊長以上ともなると給料が一般軍団兵の二倍になる上に、元々裕福な家の出身者であることも多いことから、装備品をある程度より良い物を選んで私弁するケースも増えてくる。

 軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム以上ともなると、もともと貴族だけなので己の権勢を誇示するためにも高価な私物を着用する者がほとんどであり、官給品を身に着けている者はまずいない。


 こうした背景を見るとレーマ軍の防具は実はかなり貧弱なように思える。

 実際、一番頼りになっているのは麻布の鎧下イァックであり、他のロリカガレアはほとんど飾りに近い。

 ただ、それでも用が足りているのは、レーマ帝国で量産配備に成功した魔道具マジックアイテムである大盾スクトゥム円盾ホプロンに寄るところが大きいだろう。装備者の魔力を自動的に吸収して前方から飛んでくる矢玉を減速させ、威力を大きく減じてくれる盾の受動効果パッシブ・エフェクトは、青銅器文明時代から大して進歩してない彼らの防具でも戦場での安全を保障してくれている。

 盾の性能に頼りすぎているせいか、一般にレーマ軍は正面からの攻撃には異常な頑強さを示すが、側背を突かれると非常に脆かったりする。騎兵エクィテス軽装砲兵ウェリテスといった機動戦力による側面支援や重装歩兵ホプリマクスの高度な陣形運動によって、その弱点を克服する努力が重ねられているが、複数方面からの同時攻撃に対する脆弱さを根本的に解決するには至っていない。



 さて、そうしたお粗末なレーマ軍の歩兵防具と比較すると、当たり前ではあるがリュウイチが提示した防具の性能は圧倒的だった。

 ミスリルだから・・・ではない。

 ミスリル製防具の評価を終えたところで、ではついでにときょうの乗ったリュウイチがスチール製、アイアン製、ブロンズ製といった材質違いの同じ防具を出してきたのだ。


 いずれも造りの精巧さや品質といった面では圧倒しており比較するまでもない。

 ブロンズシリーズの性能はレーマ軍の防具と大差ない物だった。まあ、もともと青銅自体が耐弾性など期待できる素材では無いのだから仕方がない。

 ただ、アイアンシリーズはレーマ軍の鉄製防具性能を隔絶していた。


 レーマ軍にとって鉄製防具はかなりに貴重なので、実際には銃撃実験はせずに資料に記載されたデータとの比較になる。その資料は近衛軍プラエトリアニの防具に関する資料なので、辺境軍リミタネイで使っている防具より性能は高いと考えられるのだが、それでも耐弾性には大きな開きがあった。

 おそらく使用されているアイアンの耐弾性能自体が約一・五倍から二倍程度違うと推定され、リュウイチのアイアン製防具はジャックと組み合わせると二十六ピルム(約四十八メートル)以遠では短小銃マスケートゥムから放たれる一丸弾に対しても十分な効力があると認められた。


 スチール製シリーズとなると最早比較するのさえ馬鹿らしい。

 アイアン製と見た目も重量もほぼ同じでありながら、至近距離と言える六ピルム(約十一メートル)でも短小銃の一丸弾では貫通さえしなかった。

 短小銃の一丸弾でスチールのケトル・ヘルムやアークァイバス・アーマーを貫通するには二ピルム(約三・七メートル)以内に接近する必要があり、それでさえアーマーは貫通するもののその下に来ているジャックや頭巾コイフまでは貫通できない。


 ミスリル製は意外にも性能的にはスチール製と同じだったが、同じ性能でありながらスチール製よりずっと軽量で重量が半分をやや上回る程度しかない。



 奴隷たちは自分たちに与えられる予定だったミスリル防具の素晴らしい防御力に最初は驚き喜んだが、次第に冷静さを取り戻すとともに彼らの間には少しずつ諦めムードが広がって行った。


 あれだけ防御力が高い防具で身を固めた人間が暴れ出したとしたら、のは簡単ではないだろう。

 この大掛かりな射撃実験は自分たちにそんなとんでもない武具が与えられないことを確認するために行われている筈だ。ならば、性能の高すぎることが明らかになったミスリル防具は与えられない可能性が高い。

 とすると、与えられるのはアイアンだろうか?

 いや、あれアイアンでもかなり凄いもので軍団幕僚や軍団長レガトゥス・レギオニスが身に着けてる物よりも優れているに違いないのだが、やはり一度くれると言われた物を取り上げられるとなると、残念な気持ちが湧いてくるのはどうしようもない。



 気づくと奴隷たちは当事者であるにもかかわらず始めていた。

 実験に参加している軍団兵たちはさすがに軍団長や軍団幕僚といったお偉方を前にしているだけあって、すでに三時間以上の時間が経過しているにも関わらずビシッと緊張を保っている。もちろん、彼らとてお偉いさんの目の届かない所へ行っては休憩しているのだが、それでも目に付くところでは引き締まった態度を維持していた。

 奴隷たちはどうせ自分たちはもう軍団兵では無いのだからという気分もあるのだろう、周囲の軍団兵と比べどこか緊張感に欠けている。ネロやリウィウスなどはまだマシだったが、他は程度の差こそあれ背筋を伸ばすようなこともなくなっており、中には実験への興味を無くしてしまったかのような態度を取っている者さえ出始めた。


 周囲もそれを気にしないでは無かったが、客分に過ぎないサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア関係者、ルキウスやアルトリウスなどはあえて見て見ぬふりをしていたし、他の軍団幕僚たちも気にしはじめてはいたが、彼ら奴隷たちは既に軍団から籍を外れているため口の出しようがない。


「おい!お前ら・・・少しはちゃんとしろ!」

旦那リュウイチ様に恥をかかせる気か!?」


 ネロやリウィウスが時折、小声で他の奴隷たちの引き締めを図るが、年長者のリウィウスならともかく、年少者で既に十人隊長デクリオでもなくなったネロの小言はむしろ彼らの間の不和を醸成していく。

 さすがに、この場で喧嘩を始めてしまうほど彼らも愚かでは無かったが、彼らを取り巻く空気は確実に悪くなりつつあった。



 実験の方に夢中になっていたリュウイチがようやく彼らの様子に気付いて声をかける。


『そう言や君ら、武器の方はどうする?』


 奴隷たちは弾かれたように姿勢を正すとリュウイチの方へ注目した。


「ぶ、武器でありますか?」


『ナイフとか剣とか?

 飛び道具はさすがに普段から持ち歩く必要は無いと思うけど・・・』


 奴隷たちは互いに顔を見合わせ、リュウイチの隣にいたルキウスや周囲の幕僚たちはピクリも反応し、そのまま無言になってリュウイチたちの方に耳を傾けている。


「プ、小剣プギオと、長剣スパタを戴ければありがたくあります!」


 例によってネロが勢いよく言うと、ゴルディアヌスが口を挟む。


「いや、スパタなんて!

 短剣グラディウスか、良くても中剣セミスパタくれぇで十分でさ!」


 リュウイチはマジックアイテム「ソロモン王の指輪リング・オブ・キング・ソロモン」を使って会話している。彼らがしゃべっているのはラテン語であり、リュウイチがしゃべっているのは日本語だ。指輪が言葉に込められた意味を直接伝えてくれる、いわば念話テレパシーのような効果をもたらすのだが、相手が伝えようとする意味に該当する言葉が聞く側の記憶になければ、言葉の音とイメージが伝えられるものの翻訳はされない。

 彼らが言ったグラディウス、スパタ、セミスパタが剣であることはリュウイチに伝わったが、それらはリュウイチの記憶にある《レアル》世界での西洋剣とはまた微妙に違うもののようだった。


『ちょっと、それらがどういう物か見本みたいなものってありますかね?』

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