第844話 亀裂

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



「どういうことだよペイトウィン?」


 ペイトウィンに質問を投げかけたのはティフではなくスモルだった。ティフの方はまだ落ち着きを取り戻せていないのか、スモルが仲裁に入って以来今もずっとペイトウィンから視線を背けて深呼吸を続けている。

 ティフが本当はとっくに落ち着きを取り戻している癖にわざとらしく視線をずらしたまま深呼吸を続けている様子に苛立いらだちを感じながらも、スモルに促されたこともあってペイトウィンは説明を始めた。


「スパルタカシアを守ってるのはレーマ軍だが、指揮を執ってるのはあのサウマンディウス伯爵とかいう奴だ。」


 正確には伯爵ではなく伯爵公子なのだが、ペイトウィンの間違いに気づいていたメンバーもあえて無視して話を続けさせる。


「奴は俺たちの正体を知っていた。目的もだ。

 そのうえで俺たちの前に立ちはだかっていた。」


 ティフが話を聞く態度を見せないので、仕方なくペイトウィンは他のメンバーたちに向かって演説でもするように身体の向きを変えながら話し続ける。


「みんなも憶えているだろう?

 伯爵はあの時『ことを荒立てたくはありません。』って言ったんだ。

 ほかにも『悪いようにしない』とか『精一杯歓待する』とか……

 あと、『ムセイオンまで送り届ける』とも言ってたな?

 『快適な旅を約束する』とか?

 俺たちがやったことも、『盗賊どもが暴走した事件として片づける』とも言ってたんだぜ?」


「だから何だよ?

 まさかあんな言葉信用してるのか?

 あんなの俺たちを騙そうと適当に並べた嘘に決まってるだろ!?」」


 今度はペトミーがしかめっつらを見せながら肩をすくめてみせた。彼らハーフエルフは基本的にヒトが嫌いである。魔力を持たない一般人を「NPC」と呼んでさげすみ、自ら口を利くこともほとんどないくらいだ。例外は『勇者団』に加わっているメンバーだけである。それ以外のヒトはたとえゲイマーの血を引く聖貴族であっても蔑視の対象だ。理由は彼らの生い立ちにある。

 彼らはゲイマーの血を引いてヒトの母から生まれてきたわけだが、生まれた時には彼らの父はいなかった。彼らが生まれる前に《暗黒騎士ダーク・ナイト》によって殺されていたからだ。

 その後、母によって育てられたわけだが、成長の遅い彼らは母の親戚たちによって散々搾取さくしゅされた。降臨者の妻の親戚というだけでそれなりの地位も名誉も手に入れた彼ら親戚たちだったが、分不相応な地位と名声を手に入れた者たちの多くがそうであるように、彼ら親戚たちもかなり自堕落な生活を送る様になっていたのだった。分不相応な生活には金がいくらあっても足らない。そこで彼らはまだ幼いハーフエルフたちから聖遺物アイテムいように騙しとるようになったのだった。

 ティフやペトミーなどの場合、親戚たちがこぞって彼らの母の再婚を促し、結婚相手から紹介料などの名目で多額の金銭をせしめる様な真似さえしていた。ティフやペトミーからすれば、彼らの母は彼ら親戚たちによって売られたようなものだったのだ。

 その結果としてティフやペトミーには異父弟妹やその子供たちである甥っ子姪っ子が幾人も生まれることになるのだが、そいつらがまた親戚たちのタカリ癖を見事なまでに引き継いでいた。結果、ティフやペトミーたちは母以外の親戚すべてから「いと尊きハーフエルフ様」などとおだてられ持ち上げられながらも、その実搾取の対象としか見られていないという環境に身を置きつづけることとなる。


 ヒトへの蔑視、社会への不信感が彼らの心に宿るのにさほどの時間はかからなかったと言えるだろう。彼らはヒトという種族そのものを蔑視するようになり、同時に信頼にも信用にも値しない世間から目を背けて自分自身の心を守るため、父たちゲイマーの英雄譚などに耽溺していくようになっていったのだった。


 そのような彼らにとって、よりにもよってヒトの貴族の甘い言葉に耳を貸しているようにしか見えないペイトウィンの発言は耳を疑うに十分なものだった。


 ペイトウィンはヒトの貴族に騙されようとしているのか?

 まさかヒトの貴族に俺たちを売ろうとしてるんじゃ!?

 

「まあ聞けよ!

 もちろん、あんな言葉を真に受けるほど俺も間抜けじゃないさ。」


 ペトミーが何を考えているか察したペイトウィンは苦笑いを浮かべてペトミーをなだめる。


「だけど、NPCが嘘をついたからってNPCの言葉を全部無視するのは間違ってるぜ?」


 自慢癖がこびりついているペイトウィンのすかした口調は聞く者たちの神経を逆なでする。特に今まさにペイトウィンの正面に立たされることになったペトミーは苛立いらだちを露わにした。


「だから何だよ!?

 何が言いたいかわかんねぇよ!」


「まあ聞けって。

 たしかに調子のいい嘘はついてるが、あいつらの言ってたことのすべてが嘘じゃないってことさ。」


 仲間の苛立ちに少し驚きながらも、ペイトウィンは自分だけが答を知っている問題を解いて見せるような得意げな態度は改めない。彼の性分なのだ。


「どの部分が?

 ムセイオンへの快適な旅か?」


「そうじゃない」


 ヘッとせせら笑うように茶々を入れて来たティフにイラッとし、それまで浮かべていた笑みを引きつらせながらもペイトウィンは話を続けた。


「『ことを荒立てたくない』って部分さ……」


 そこまで言ってメンバー全員を見渡す。メンバーたち全員の視線が冷たい。

そこでペイトウィンはようやく自分がどうやら孤立していることに気づいた。


 どうやら、調子に乗っちまったみたいだな……


 フンッと短く鼻を鳴らして広げていた両手をバタンと勢いよく降ろす。もう匙を投げた……そんな態度だ。もうペイトウィンの顔に笑みは浮かんでいない。


 たまに……いや、割とよくこういう失敗をペイトウィンはやらかしてしまう。ろくでもない親戚に囲まれて育ったのはペイトウィンも同じだった。特に「Pay to win勝つために課金しろ」をモットーにアイテムでステータスを底上げして勝利をもぎ取るプレイスタイルの父から膨大な聖遺物を相続した彼の元には「金の切れ目が縁の切れ目」をモットーにしているかのようなロクデナシが大量に集まったのだ。

 愛情や友情は金で買うもの……彼はそういう価値観を幼い頃に刷り込まれていた。だが、いくら膨大な聖遺物を相続したからと言って、聖遺物が無限にあるわけではない。


 愛情や友情は金で買うものなら、金が無くなったらどうなるんだ!?


 目減りしていく聖遺物を見ながらその疑問にぶつかるのにそれほど時間はかからなかった。それからペイトウィンは聖遺物を出し渋るようになる。我と我が身とを守るには、父から相続した聖遺物は決して無駄には出来ないと気づいたからだ。

 すると「金の切れ目が縁の切れ目」な人たちが彼の元から次々と去っていった。その結果、ペイトウィンは「愛情や友情は金で買うもの」という価値観が真実だったと確信してしまう。


 だが、聖遺物はこれ以上増やせないし数に限りはある。ではどうする?


 すべての財産を失えばすべての愛情と友情を失う。そうした確信がもたらした孤独への不安から身を守るために、そして少しでも出費を抑えながら愛情や友情を集めるために、彼は他人と接する際はいかにも自分が裕福であるかを自慢し、すこしでも相手より優位に立とうとする癖がついてしまった。

 その癖は実際に気前が良ければ人を惹きつけもするだろうが、自慢する癖に大して気前がいいわけでもないとくればむしろ他人を不快にしてしまう。特に「金の切れ目が縁の切れ目」という価値観を持っていない人物にとって、ペイトウィンはかなり鼻持ちならない人物にしか見えない。


 『勇者団』のメンバーはペイトウィンが出会った数少ない「金の切れ目が縁の切れ目」じゃない友人たちであり、さらに同世代で同じ境遇でとなると唯一といって良い貴重な存在だ。

 そんな彼らの前でいつものように自慢気な……いや尊大なと言った方が正確かもしれない……そんな態度はとるべきではなかった。が、既に魂にまで染み付いてしまっている癖なので簡単には治らない。

 そしてペイトウィンは同じ過ちを何度となく繰り返してしまうのだった。

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