第845話 結束

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



 ペイトウィンはドスンと勢いよく椅子に腰を落とし、テーブルに右肘を突いてその右手に自らの額を委ねた。


 何が悪いんだろう?

 俺は接する人接する人すべてをイチイチ不快にさせてしまう。

 俺はなのに、気づけば周りから嫌われてしまっている。

 俺の何が悪いって言うんだ!?


 それは今まで幾度となく繰り返してきた自問自答だった。

 ペイトウィンはハイエルフの父とヒトの母から生まれたハーフエルフだ。幼い頃、周囲にいたのはほとんどがヒトだった。だから自分が周囲に理解して貰えず、嫌われるのは彼らがヒトだからだと、自然に考えるようになった。


 ヒトはハーフエルフよりも魔力や知能で劣る存在だ。

 だから彼らにはハーフエルフである自分の言うことや考えを理解できないんだ。


 真実がどうあれ、そのように考えれば自らの不遇の多くに合点がいく。そして、そうした考えは時間を経るにつれ自然と強まっていった。ハーフエルフとヒトの寿命の差、成長速度の差がそうしたある種の選民思想せんみんしそうを自然に補強したからだ。

 彼らハーフエルフは寿命が長く成長が遅い。実際、今の彼らはもうすぐ百歳近いというのに、外見上はヒトの十代半ばぐらいといった年頃だ。若いというより、幼くすら見えてしまう。対してヒトは平均寿命が五十年に満たない。ゲーマーの血を引くヒトでさえ、普通のヒトより遥かに寿命が長くて若さを保つというのに、百歳近くなると外見上は中高年の域に達してしまっているのだ。

 そんなヒトたちは実際にはハーフエルフの彼らよりも自分たちの方がずっと若いにもかかわらず、自分よりずっと若々しい……いや、それどころか幼い外見のハーフエルフたちをどこかで子供扱いしてしまう。現実問題として倍以上年上とはいえ身体が未成熟なハーフエルフに酒やセックスといった大人の話などするわけにはいかないのだから、必ずしも彼らハーフエルフたちと接してきたヒトの側に悪い点があったとは限らないのだが、しかし自分より遥かに年下のくせに自分を子供扱いするヒトの大人など、ハーフエルフたちにとっては生意気にしか思えない。


 俺たちハーフエルフより劣っている癖に、俺たちより先に大人になって欲に負けて酒飲んだりイヤラシイことしたりする癖に、俺たちより先に死ぬくせに、俺たちのことを小馬鹿にしたような態度ばっか取りやがって……

 所詮、魔力もなく寿命も短いヒトNPCには俺たちの知性や精神性を理解できないんだ!


 そうした考えは彼らの内に種族差別意識をはぐくむと同時に、彼らの精神を外敵から守る役割も果たしていた。そして、周辺社会への反発と自己欺瞞じこぎまん、そして現実逃避のために、彼らは自らの父たちゲーマーが活躍する英雄譚の世界へ耽溺たんできしていったのである。

 英雄譚への耽溺は結果的に、彼らを取り巻く周辺社会から彼らに対する憐れみや軽蔑といった態度を誘発することになったのだから、彼らと彼らを取り巻く周辺社会とはたちの悪い悪循環へおちいってしまっていたと言える。


 彼らの選民思想と積極的な孤立は彼らの精神を外敵から守りはしたが、同時に彼らの精神的成長を阻害もしていた。成長とは、それまであったものを破壊し、そこを新たに作り直すことに他ならないからだ。精神的成長とは、自らの心を壊し、壊した部分を再構築して環境に適応できるように変化していくことを意味する。当然そこには苦痛を伴う。苦痛を忌避するあまり、外部の刺激から自分の心を守りすぎていては、心が壊れない代わりに再構築も出来なくなる。つまり成長しない。

 もちろん、だからといって無制限に外部からの刺激を受け入れ、心を派手にぶっ壊してもよいと言うことは決してない。何事にも限度はある。再構築を促すには、受け入れる刺激を再構築によって修復できる範囲にとどめなければならない。あくまでもバランスが重要なのだが、不幸にして『勇者団』ブレーブスメンバーたちの周囲にはそうしたバランスを調整してくれる優れた教育者の存在が不足していたのだ。数十人に達するゲイマーの子供たちの面倒を見きるには、いくらフローリア母子と言えども手が足らなかったのである。


 そんな境遇で育ったペイトウィンもまた、ムセイオンでNPC差別と呼ばれる選民思想に染まり切って精神的成長を遅らせつづけてきたわけだが、それでも同じ境遇で生まれ育ち、同じような趣味嗜好を持つにいたった『勇者団』と出会ったことで変化しはじめていた。


 さほど自分に劣っているわけでもないハーフエルフにも嫌われる……ひょっとして自分に原因があるのか?


 そのことに気づいたのだ。それは彼らハーフエルフたちにとって大きな成長だったと言っていいかもしれない。が、原因が自分にあることには気づけても、原因がなんであるかに気づくところまではいってなかった。彼らの知能は百歳にふさわしいかもしれない。だがその容姿は十代半ばの少年のままであったし、そのメンタルはさらに幼く、幼児から少年へ成長を遂げる途上にあったのだ。


 自分がどこか間違っている。

 それは間違いない。

 だけど何が間違っているのか分からない。


 それは彼にとって大きなストレスだった。外に放出することも出来ず、内に込めて持て余し、ペイトウィンはムスッとした表情で頭をガシガシと掻きむしる。そしてその様子を見たメンバーたちはペイトウィン本人にバレないように溜息を噛み殺した。 

 ペイトウィンが仲間たちと話をしていて突然話すのを止めてしまい、こういう風に塞ぎ込んでしまうのは今回が初めてではなかった。『勇者団』のメンバーたちの前で度々繰り返してきたことである。いや、他のハーフエルフたちも実は同じようなことを幾度かやっていた。『勇者団』の中では珍しくない現象なのだ。特にヒトのメンバーたちは「ああ、またか……」と内心で思う程度には繰り返されている。ただ、彼らはハーフエルフたちがそうなってしまうきっかけが自分たちの態度のせいだとは気づいていなかった。彼らはただただ、“ハーフエルフ様の気まぐれ”という程度にしか認識していない。が、今回はメンバーの中に例外が一人いた。


「?……待てよペイトウィン。

 アンタ、まだ話の途中だろ?」


 ペイトウィンが一人勝手に悟って勝手に塞ぎ込み、誰もが「ああ、またか……」と思っていた矢先、この唐突に訪れた事態を理解できずに声をあげたのはデファーグ・エッジロードだった。彼はペイトウィンと同じハーフエルフだが、『勇者団』に加わってまだ日が浅かったためにペイトウィンをはじめハーフエルフのメンバーたちがこうなってしまう場面に遭遇したことが無かったのだ。


「え?……うん、いや、いいよ。」


 今やになっていたペイトウィンは鬱陶うっとうし気にデファーグのうながしを拒絶するが、デファーグは引き下がらない。


「何がいいんだよ!?

 せっかく話しかけてたんだから最後まで話せよ!」


「…………」


 ペイトウィンがデファーグを無視するようにプイッとそっぽを向くと、二人の間にいたソファーキング・エディブルスが言いにくそうに二人の仲を取り持とうとする。


「エッジロード様……今はそっとしておかれた方が……」


 魔力の強い彼らが感情的になるとどんな事故が起きるか分からない。だからもし、何か問題が発生して感情を爆発させそうな場面になったらなるべくなだめ、時間を置いて当人が感情を抑えるのを促すのがムセイオンでの聖貴族たちの習慣だった。まして今回その対象はハーフエルフであり、しかもハーフエルフの中でも魔法に長けたペイトウィン・ホエールキングその人である。ヒトであるソファーキングや他のメンバーたちとしては機嫌を損ねながらも大人しく一人で感情を抑え込もうとしてくれているペイトウィンを刺激してほしくなかったのだ。

 しかしデファーグからするとソファーキングのそうした態度は納得できなかった。


「何を言ってるんだ!?」


 デファーグの大きな声にペイトウィン以外の全員がビクッと身体を震わせる。


「ペイトウィンは魔法のスペシャリストだぞ!?

 魔法のオーソリティだ!」


 唖然とする一同にデファーグが力説し始めると、思わぬところから出て来た称賛の言葉にペイトウィンも驚いて顔を上げる。


「そのペイトウィンが何かに気づいたんだ。

 ティフも気づいてないようなことにだぞ!?」


「い、いや別にそれと魔法と関係は……」


 戸惑いながら小さな声で言うペイトウィンを、デファーグは励ますようにこれまで同様力強く言葉を続ける。


「関係なくてもアンタは専門家だ。それも超一流のだ。

 専門家には素人には無い視点ってのがあるもんなんだ。

 その視点から見れば、専門分野とは無関係なことでも他とは違ったことに気づけるかもしれない。

 だからみんなペイトウィンの話を聞くべきだ。

 それにペイトウィンだって気づいたことがあるならちゃんと話すべきだ。

 俺たちは父さんたちだって経験したことないかもしれない困難の中に居るんだぞ!?

 もしかしたらペイトウィンの一言で、俺たちの運命が変わるかもしれないんだ。

 だからみんな、気づいたことがあるんならちゃんと言わなきゃダメだし、誰かが気づいたことをいう時は最後まで話を聞かなきゃダメなんだ!

 俺たち仲間だろ!?」

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