第843話 諍い

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



「まあ、待てよティフ。」


 ルクレティアを追いかけに行くべきだと力説するティフにどこか悠然とした態度で異論をはさんだのはペイトウィンだった。


「何か問題が?」


 面倒だな……と、内心思いつつ何とか舌打ちするのをこらえたティフにペイトウィンは答える。


「あるさ。問題だらけだ。

 俺は反対だ。」


 いつもは一歩引いたところから斜に構えたような態度で茶々を入れるだけのペイトウィンが、今日は珍しく椅子から立ち上がった。


「さっきも言ったが俺達には土地勘が全くない。

 追いかけようにも、追いかけるための道順すら知らないんだぞ!?

 スパルタカシアを追いかけるならせめてちゃんと準備をしていくべきだ。」


「それじゃ追いつけなくなっちまう!」


 ペイトウィンのいつになく真面目な反論にティフは首を振った。


「本当は昨日のうちにシュバルツゼーブルグに到着して、スパルタカシアと接触してなきゃいけなかったんだ。

 だが俺たちは昨日、たどり着けなかった。遅れちまってんだ。

 そしてスパルタカシアはもう行ってしまった。

 今からでも出発しないと、到底追いつけないぞ!?」


「道はどうすんだよ!?」


「グナエウス街道をまっすぐ行くさ!」


 グナエウス街道はシュバルツゼーブルグとアルトリウシアを繋ぐ街道だ。アルトリウシアとシュバルツゼーブルグの間を軍隊や物資が最短で行き来することを目的に敷かれた軍用街道ウィア・ミリタリスだ。そこを辿れば迷わずアルトリウシアまで行ける。スパルタカシア一行はグナエウス街道を通っていくんだし、軍隊が通れるような脇道は存在しない以上、グナエウス街道をそのまま追いかければ自ずと追いつけるはずだった。


「正気かティフ!?

 俺たちで街道をゾロゾロ行ってみろ!

 ここに『勇者団』ブレーブスが居ますよって宣伝するようなもんだ。」


 この世界ヴァーチャリアには旅行文化などと言うものは無い。観光旅行なんてものは無い。旅といえば商取引か役人や貴族の公用か、留学か巡礼のいずれかだ。そして『勇者団』のメンバーたちはそれらのいずれにも見えない。

 商人にしては荷物が少なすぎる。今は留学生が移動するような時期ではないし、そもそも留学なんて金持ちの貴族ノビリタスのすることだ。絶対数が少ない。そしてアルビオンニアには巡礼者が集まるような聖地もないから巡礼者なんて居るはずもない。あとは役人か貴族の公用であろうが、役人にしては公用であることを示す旗指物はたさしものを掲げていない。

 それに貴族なら馬車にでも乗りそうなものだが、彼らは馬車ではなく馬に直接騎乗している。レーマで馬に騎乗できるのは騎士エクィテスの称号を持つ貴族か、百人隊長ケントゥリオ以上の軍人か、職務上騎乗する必要のある騎兵隊エクィテスまたは警察消防隊ウィギレスだけだ。が、彼らは軍人には見えない。レーマ軍は所属部隊ごとに統一性のある武装をするが、彼らの武装はバラバラでまとまりがない。そして貴族が旅しているにしては御供を連れていない。

 つまり、まとまって騎乗する彼らの姿はとてもではないがには見えないのだ。あまりにも異質であり、街道上をまとまって移動すれば否応なく衆目を集めてしまうだろう。


 彼らはクプファーハーフェンに上陸した際に見つけた支援者からそのような忠告を受けていたし、クプファーハーフェンからシュバルツゼーブルグに初めて移動して来る際は馬車まで融通してもらっていた。そしてアルビオンニウムまで行く際は道案内を頼りに街道を使わず裏道を通るようにしていたのだ。

 いままで彼らが比較的自由に行動で来ていたのは、そうした目立たないようにするための注意を払ってきたからに他ならない。なのにティフはこれまでの苦労を無にするような目立つ行動をしようとしている。


「あっちに地の精霊アース・エレメンタル》が居る時点でコソコソしても無駄だろ!?

 どうせ魔力でバレちまうさ!!」

 

「それとこれとは別だろ!?」


「どう違うんだよ!?」


「落ち着け二人とも!!」


 スモルが立ち上がって叫び、ヒートアップしていく二人を止めに入った。スモルの介入で二人は互いを睨みあったまま口を閉ざし、その後すぐさま互いに視線を外して深呼吸を始めた。


 ティフはこれまでの失敗に責任を感じており、特に昨日のうちにシュバルツゼーブルグにたどり着けなかったこと、そしてルクレティアの一行を逃してしまったことに焦りを感じていた。

 ペイトウィンも似たようなものである。彼の場合、事の成り行きに責任を感じているわけではないが、ここへ来て失敗が続いていることで落ち着きを失くしつつあった。特に今まで遭ったことも無かったような強大な精霊エレメンタルに立て続けに出くわしたことや、《地の精霊》によって地属性の魔法を封じされてしまったことが、彼を精神的に不安定にさせていた。


 自分の力では決して勝てない絶対強者の存在……それはどうしたところで人の心を不安定化させてしまう。が、それが自分の庇護者であり、信用・信頼に値する存在であるならば、逆にこの上ない安心感を与えるだろう。

 今まで彼らが出会ったことのある「絶対に勝てない相手」はフローリアとその息子ルード・ミルフだけだった。つまり、彼らが知っている絶対強者は彼らにとって最大の庇護者でもあった。文字通り、もう一人の母親であり兄だったのである。ゆえに、その存在は彼らの精神を安定させる存在であり、心のよりどころでもあった。

 ところが、今ここで自分たちの庇護者ではない絶対強者が次々と現れたのだ。彼らの精神世界の秩序が根底から揺さぶられる事態となっていたのである。それは彼らにとって(物心ついて以来)初めての経験だったと言って良いだろう。ゆえに、彼らはいつになく苛立ち、落ち着きを失くしていたのだ。


 だが、ゲイマーの血を引く二人の聖貴族が、特に魔力に長けたハーフエルフが激昂し、本気で争い始めればタダでは済まない。互いの衝突を避けること、そして誰かが喧嘩しそうになったらとにかく止めること……彼らは幼いころからムセイオンでそのように躾けられていた。今、その躾が功を奏している。

 二人は互いに言いたいことを言葉にするのを止め、自分の感情の昂ぶりを抑える努力を続けていたし、周囲もそれを邪魔することなく慎重に見守り続けた。


「よし、俺は落ち着いたぜ。

 だから先に話す、いいか?」


 スモルが止めに入ってから十数秒といったところだろうか、ペイトウィンはそう宣言し、スモルとティフを見比べ、そして周囲の仲間たちを見回した。ペイトウィンは自分の発言を止める者がいないことを確認すると、もう一度大きく深呼吸してから話し始める。


「いいかティフ、みんなも聞いてくれ。

 確かに、俺たちがスパルタカシアに近づけば、どれだけ上手く隠れたとしても、地の精霊アース・エレメンタル》に見つかっちまうだろう。あんなのにはかないっこないさ。

 だけど、俺たちが考えなきゃいけない“敵”は《地の精霊アース・エレメンタル》だけじゃないんだぜ?

 レーマ軍のこと、それとあのサウマンディウス伯爵とかいう奴のことも考えなきゃな。」

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