第842話 説得

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



「スパルタカシアを追いかける!」


 シュバルツゼーブルグの街中を実際に歩いて偵察し、シュバルツゼーブルグ内にルクレティア一行の姿が無いことを確認したティフは仲間たちをシュバルツゼーブルグの中のアジトとして支援者から借り受けた倉庫に集合させるやいなやそう宣言した。ティフのその決断をある程度予想はしていたのだろう、仲間たちからは呻きともため息ともとれる微妙な声が静かに漏れる。


「こっから先は土地勘が全くないぞ?

 それどころか向こうのホームグラウンドだ。」


 渋面を作ったペイトウィン・ホエールキングが硬い口調で釘を刺す。


「分かっている。」


「向こうがその気になって罠なんて仕掛けてきでもしたら、こっちには成す術はないぞ!?」


「承知の上だ。」


「俺たち全員、捕まっちまうぞ!?」


「そうなるとは限らないさ。」


 徐々に言葉が強くなるペイトウィンの詰問にティフはまっすぐ淀みなく答えた。


「どのみちこのままじゃ俺たちはあの化け物みたいな精霊エレメンタルたちに妨害され続けることになる。

 特にあの《地の精霊アース・エレメンタル》は何とかしなきゃいけない。」


「勝てる相手じゃないぞ!?」


 『勇者団』はこれまで三度、あの《地の精霊》とぶつかった。一度目はブルグトアドルフの宿駅マンシオーに入ったルクレティアを襲撃しようとして追い払われた。あの時はまだ、相手側に強力な《地の精霊》がついているとは知らなかったし、向こうも姿を隠していて完全な奇襲を食らった形だったのだから仕方がないと言えなくもない。

 二度目はアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレース前の戦闘。三百人近い盗賊団を陽動に使って神殿を守るレーマ軍を引っぺがし、手薄になった神殿を襲撃する作戦は見事に失敗した。逆に待ち伏せられていたのだ。

 もちろん、ブルグトアドルフでの経験からどうやら強力な《地の精霊》が敵側についているらしいことにはティフも気づいていたから、《地の精霊》によって魔力を探知されてしまうことも織り込み、神殿正面から襲撃する自分たち自身をも囮とし、『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを複数装備したファドを背後から潜入させるという作戦を立てて挑んでいた。ところがファドは裏口からの潜入には成功したものの、ルクレティアの強力な魔法と護衛のホブゴブリン兵に阻まれてしまったし、ティフ達もファドが目的を達するまで《地の精霊》を拘束し続けるという役割も果たしきれなかった。

 目的を達する前にティフたちは力尽き、撤退を余儀なくされた。しかもファドの報告によれば《地の精霊》はルクレティアに呼ばれてファドの目の前に姿を現したらしい。目的を達成するどころか作戦を読まれて逆に罠を張られた上、メークミー・サンドウィッチという大切な仲間を捕虜に取られてしまうという大失態を演じてしまった。

 三度目は一昨日のブルグトアドルフ……捕虜になったメークミーを救出するためにスモルが張った罠をより完璧なものとするため、ルクレティアの一行をティフ、スモル、そしてスタフ・ヌーブの三人が強襲をしかけようとしたところへ《地の精霊》が現れた。元々、盗賊団にレーマ軍を襲わせて混乱を起こさせ、それに乗じてスワッグ・リーが街に潜入してメークミーを救出する作戦だった。その作戦で最大の障害となる《地の精霊》をスモルとスタフが引き付ける……そのための強襲だったのだから、《地の精霊》が現れてくれたこと自体は問題ない。問題なのはその後だ……結局こちらは一矢も報いることなく、まるで赤子の手をひねるように簡単に捕まってしまったことだ。しかも、せっかく捕まえておきながらティフ達が逃げだすことを全く気にもしてなかった。まことに遺憾ながら、《地の精霊》はティフ達を何の脅威にも感じていなかったのだ。

 しかもその後、ティフたちはブルグトアドルフの森の中で《森の精霊ドライアド》とも対峙する。昼間、アルビオーネとの対決で精霊という者たちの実力を思い知っていたティフは戦闘回避に努めたが、精霊とまともにぶつかったことのなかったスモルとスワッグは《森の精霊》に戦いを挑み、手も無く取り押さえられてしまう。《地の精霊》は人間NPCに過ぎないルクレティアに従っていたというし、多数の《樹の精霊トレント》を従えてスモルやスワッグをいともたやすく無力化してみせたことから、《森の精霊》はてっきり《地の精霊》よりずっと強力な存在だろうと思っていたのだが、《森の精霊》の口ぶりからすると《森の精霊》は《地の精霊》より格下だという。


 ここでもうティフ達に《地の精霊》と対決して打ち破ろうという気は全くなくなっていた。ティフ達のみたところ、たぶんアルビオーネや《森の精霊》はエリアボスとかいう奴だ。ダンジョンボスと言っても良いかもしれない。人間で言えば王様や領主に相当する存在……もちろん、同じエリアボス、ダンジョンボスといってもその強さはピンキリで、難易度の低いダンジョンのボスなら高難易度ダンジョンのフロアボスより弱いこともある。

 だが、アルビオーネや《森の精霊》は並ではない。アルビオーネが召喚してみせたナックラヴィーとかいう化け物、そして《森の精霊》が多数従えていた《樹の精霊》は、話を聞く限りおそらく一体一体が大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフが所有しゲーマーの子たちの訓練用として使っているダンジョンのフロアボスやダンジョンボスに匹敵する強さを持っている。

 『勇者団』は訓練用ダンジョンのボスであっても全力で真剣に挑まなければ決して勝てない。それなのにそれに匹敵する強さのフロアボスをぞろぞろ従えているアルビオーネや《森の精霊》より格上だというのなら、『勇者団』に《地の精霊》をどうにか出来るわけなどあるはずもないのだ。


「分かってる。だから、前にも言った通り戦わない。

 決して戦わず、話し合って解決する。」


「そんなの、上手く行くのか?」


 今度はデファーグ・エッジロードが不信感を露わにした。


「そりゃ確かに強いんだろうけど、向こうが話に乗って来るとは限らない。

 戦うつもりで準備していないと、向こうに付け込まれてしまうんじゃないか?」


 デファーグは『勇者団』のハーフエルフたちの中では唯一、精霊と直接対決をしていない。一昨日は魔力欠乏で動けず、アルビオンニウムのアジトでジッとしていたからだ。自分が魔力欠乏で動けないうちに、仲間たちが強力な精霊たちと対決していたことにデファーグは一人不満を募らせていたのだ。


「話し合いを希望してきたのは向こうの方さ!

 『「勇者団」ブレーブスの皆様に是非お話しせねばならないことがあります』……そうファドに伝言を言づけたのはスパルタカシアだ。

 《地の精霊アース・エレメンタル》を従え、強力な魔法を使えるという謎の実力者だ。

 もしかしたら、彼女こそ例の黒幕の正体かもしれない。」


 ティフがデファーグをなだめるように半笑いを浮かべながらそう言うと、デファーグはそんな馬鹿なとでも言いたげに苦笑を浮かべ身体を揺らして顔を背けた。

 そのデファーグを脇に置いたままティフは仲間たち全員に語り掛ける。


「どのみち、スパルタカシアと話はしないとダメだ。

 このままじゃ強力な精霊エレメンタルに阻まれて何も出来ない。現に俺たちは今も地属性の魔法を封じられちまってる。そうだろ!?」


 この指摘には『勇者団』の魔法攻撃を担当しているペイトウィンとソファーキング・エディブルスが面白くなさそうに顔をゆがめて同意を示した。


「きっと、あの《地の精霊アース・エレメンタル》がそうしてるんだ。

 精霊エレメンタルたちが言ってた、彼らが忠誠を誓っている相手が何者なのかはまだ分からないが、とにかくその黒幕を突き止めなきゃ。

 その手掛かりは今のところスパルタカシアだけなんだ。」

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