『勇者団』、西へ

混迷の中のブレーブス

第841話 ブレーブスの混迷

統一歴九十九年五月九日、昼 ‐ 市場近くの路上/シュバルツゼーブルグ



 昨夕、アルビオンニウムでのアジトにしていたアルビオンニウム近郊の木こり小屋を発った『勇者団』ブレーブス一行は当初、その夜のうちにシュバルツゼーブルグに到着するつもりでいた。そうしなければ昨日のうちにブルグトアドルフを発っているであろうルクレティア・スパルタカシアの一行に追いつけなくなってしまうからだ。


 もちろんルクレティアはアルトリウシアまで帰るのだから、昨日中にシュバルツゼーブルグで追いつけなかったとしても、その翌日には追いつくことは可能だろう。だがそのためにはシュバルツゼーブルグを離れてグナエウス街道まで追いかけて行かねばならなくなる。

 しかし残念なことだが『勇者団』にはグナエウス街道やアルトリウシア方面の土地勘が全くなかった。土地勘のないところで自分たちを捕まえようとしている軍隊に守られたルクレティアと会って直接交渉する……そんなのは無謀でしかない。レーマ軍に守られたルクレティアと交渉するには戦いを想定した準備が必要不可欠だ。万が一レーマ軍が『勇者団』に襲い掛かってきて捕まえようと試みても、これを退けて安全確実に脱出する手段を確保しなければならないのだ。そのためには土地勘が絶対に必要になる。

 シュバルツゼーブルグ近郊ならまだ配下にした盗賊どもに道案内させることもできるが、グナエウス街道やアルトリウシア方面に土地勘のある者が盗賊どもの中にいるのかどうかは分からない。そっちで活動することになるとは思ってもみなかったから確認してもいなかったのだ。また、仮に土地勘のある盗賊がいたとしても彼らは一昨日のブルグトアドルフでの作戦失敗で離散したままになっておりアテにならない。盗賊の一人クレーエに生き残った盗賊どもを集めるように言いつけてはあるが、所詮常人NPCに過ぎない盗賊どもは再集結するまで時間が必要だろう。

 つまり、『勇者団』はアルトリウシアまでルクレティアを追いかけていくわけにはいかない。なんとしてもシュバルツゼーブルグで追いつく必要があったのだ。


 が、『勇者団』は八日のうちにシュバルツゼーブルグにたどり着くことが出来なかった。理由は簡単……消耗しすぎていたためである。

 ティフ・ブルーボールをはじめブルグトアドルフの作戦に参加したメンバーの馬はブルグトアドルフからアルビオンニアのアジトに戻る時点で結構な体力を消耗していた。そのままその日のうちに来た道を戻り、同じ分だけさらに南へ走ってシュバルツゼーブルグまで到達するなど到底無理な話だったのだ。


 じゃあ馬を捨てて自分の脚で?


 その選択肢も思い浮かばないわけではなかった。彼ら『勇者団』はゲーマーの血を引く聖貴族である。魔力で強化された肉体で走れば馬より速く遠くまで移動するくらいわけはない。が、それもやはり断念せざるを得なかった。理由はやっぱり消耗である。ブルグトアドルフでの作戦に参加したメンバーはエイー・ルメオ以外のほぼ全員が魔力欠乏を経験していたのだ。いくら一晩寝たとはいえ、さすがに全力発揮できるほどには回復していない。普通の生活を送る分には問題ないし馬に乗ってであれば長距離移動も出来なくはないが、さすがに真夜中の山中をシュバルツゼーブルグまで全力疾走するような真似など出来るはずもなかった。


 結局、彼らはブルグトアドルフ近郊の山中で野宿する羽目になった。すっかり忘れていた馬の消耗、滞ってしまっている飼料と食料の補給、そして自分たち自身の自覚していた以上の消耗に失望し、はやる気持ちからブチブチと愚痴をこぼしながら一夜を明かし、日の出とともに出発してシュバルツゼーブルグへたどり着いたのは今日の昼近くになってからのことだった。


「クソッ、やっぱり居ないぞ!?

 やつら、もうシュバルツゼーブルグを発っちまったんだ!」


 スモル・ソイボーイの怒りとも失望ともとれる呻きが漏れる。

 ライムント街道から離れた山の中の裏道を急行し、シュバルツゼーブルグ近郊のアジトに馬を残して徒歩で街へ侵入した『勇者団』一行は、街中にレーマ軍の姿が無いことに焦りと苛立いらだちを募らせていた。実はルクレティア一行はブルグトアドルフ出発の日程を延期し、この時まだブルグトアドルフを発ったばかりでシュバルツゼーブルグに到着していないことなど、彼らは知りもしなかったのだ。

 いるはずのレーマ軍、追いつかなきゃいけなかったレーマ軍の姿が見えない。街中で見かける兵士はシュバルツゼーブルグの警察消防隊ウィギレスだけである。一昨日の作戦の様子から見て、ルクレティアについている護衛部隊は途中から加わったというランツクネヒト部隊を含め、ざっと千人ぐらいに膨らんでいるはずなのだ。それだけの大部隊がシュバルツゼーブルグのような小さな町に来ているのに見つからないわけがない。彼らが焦るのも当然だろう。

 焦りから飛び出す仲間たちの不平不満をあえて聞き流していたティフだったが、その顔色が青いのは決して体調不良や魔力欠乏の影響ではない。


「どうする?

 アルトリウシアまで追いかけるのか?」


 ティフの顔色を気遣きづかいながらもペトミー・フーマンが尋ねる。できれば友人として慰めてやりたい気はするが、今は大事を控えているのだ。このタイミングで慰められてもティフにとっては不快でしかないに違いない。

 ペトミーの「アルトリウシアまで追いかける」という言葉にペイトウィン・ホエールキングが反応した。


「お~い、冗談じゃないぜ?

 シュバルツゼーブルグここから向こうは俺たちにとって未知の領域だ。

 そんなところで軍隊と《地の精霊アース・エレメンタル》を相手にするなんて無謀ってもんだぜ。」


 仲間に対して呆れたように不平を口にするペイトウィンの態度は人としてどうかと思うが言っていることに間違いはない。ブルグトアドルフやアルビオンニウムではまだ下調べをする時間はあったし、盗賊どもに道案内をさせることもできた。辛うじてだが、軍隊相手に作戦を展開するには必要最低限の下準備をする余裕があったのだ。

 だが今回そんな余裕など彼らにはない。追いかけるべきルクレティア一行は既に行ってしまったし、盗賊どもは再集結を果たしておらずここには一人もいない。追いかけたいが、そこから先は土地勘が無く、地の利の不利を補う手段がない。その上向こうには『勇者団』に散々辛酸を舐めさせてくれた《地の精霊》がついているのだ。

 そんなこと、仲間たちに言われるまでもなくティフにはよくわかっている。だが、ここでルクレティアを追いかけなければ、精霊エレメンタルたちの背後にいるの正体を掴む手掛かりを永久に失ってしまう。降臨を成功させるためにも、アルビオン島から脱出するためにも、の正体を突き止めて交渉しなければならないのだ。


 だがどうする?これ以上の追跡は無謀以外の何物でもないぞ!?

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