第374話 謎の通報者
統一歴九十九年五月五日、深夜 - ブルグトアドルフ宿駅/アルビオンニウム
「
「女?住民か!?」
「
ブルグトアドルフから森の中を必死の思いで逃げてきた女は無事に保護され、そのまま
「おお!
アタシたちの街が賊に襲われているのです!!
どうかお助けください!
あなたの軍勢で、奴らを追い払ってください!」
彼女は目の前のホブゴブリンに泣きすがるように跪いた。実際、彼女は泥と涙と鼻水で顔をグチャグチャに汚していた。
「落ち着きなさい、私はゲネラールとかいう者ではない。
ついさっき、
賊は追い払われるだろう。」
どうやら彼女が森を走っている間に、救援の部隊とはすれ違ってしまったようだった。彼女はそれを聞いて安堵し、その場にへたり込む。
「ツヴァイク様が!?
おお、ありがとうございます!
主よ、感謝します!」
「それよりも話を聞かせてもらえるか?
まずはお前の名前からだ。
おい、彼女に何か飲み物を用意しろ!」
彼女を連れてきた兵士が両脇から彼女の両腕を掴むようにして無理矢理立たせ、近くにあった大きなテーブル脇の椅子に座らされた。そのテーブルには地図が広げられており、周囲に並べられた
彼女の向かいに先ほどの偉そうなホブゴブリンが座ると、湯気の上がるコップが差し出された。
「さあ、それを飲みなさい。
熱いかもしれないから気を付けて。
さて、お前の名前を聞かせてもらっていいかな?
私はセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥス、
彼女はコップを手に取った。木のコップの内側に、金属のコップが填め込まれており、その中に暖かいお湯のような飲み物が入っている。その湯気からは今まで嗅いだことも無い良い匂いがした。
「カ、カサンドラ…です」
「カサンドラ…ブルグトアドルフのカサンドラだな?」
カサンドラは両手で抱えたコップを口元に持ってきて湯気の匂いを嗅ぎながらコクンと頷いた。
「町の様子はどうなっている?」
「賊がたくさんいます。みんな、縛られて、連れていかれていました。」
「連れていかれた?
どっちの方へ連れていかれたか分かるか?」
カサンドラは首を振った。
「家から連れ出されて、どこかへ連れていかれるのは見たけど、どこへ連れていかれるか…行先は見ませんでした。」
カサンドラの答えにセプティミウスはンーッとため息をかみ殺すように呻くと、何かを思いついたように身を乗り出して次の質問を浴びせる。
「お前は何処にいて、何故助かった?どうやってここへ来た?」
「ア、アタシは…その…ホ、
そしたら、
何だろうって、扉の隙間から外を見たら、月明かりで賊がたくさん見えたんです。
それで怖くて隠れていたら、あちこちの家から住民たちが縛られて連れ出されて行ったんです。
それでアタシ、このままじゃみんな殺されると思って…それで、助けを呼ぼうと思って、周りに誰もいない隙に逃げ出したんです。」
「
ホイスヒェン【Häuschen】はドイツ語で小屋を意味するが、田舎では便所を家の母屋から独立した小屋の中に設置することが多いことから、便所のことを遠回しにホイスヒェンと表現する。セプティミウスは元々アルビオンニア出身ではなかったためドイツ語にはそれほど堪能ではなく、
ホイスヒェンって
「ここまで見つからずに来れたのか?」
「はい、街道を来たら見つかると思ったから、森の中を通ってきたんです。」
「そうか、偉いぞ。」
セプティミウスはカサンドラのボロボロになった寝間着を確認し、フーッと息を吐きながら身体を起こす。
「それで、お前が隠れていた
そこから住民たちはどの方向へ連れていかれたかわかるか?」
「ええっと…」
「見なさい、これは地図だ。
ほら、ここが今お前がいる
これがライムント街道で、ここがお前の街ブルグトアドルフだ。」
セプティミウスはテーブルに広げられた地図を指さし、それぞれの位置関係を説明する。カサンドラは地図というものを見たことは無かったが、説明を受けているうちにそれが自分が慣れ親しんだブルグトアドルフの地形を現したものだと、なんとなくだが理解できた。
「えっと、アタシの家は街道の西側の…一番南…これ…かな?
だとするとここが畑で、ここに
そう、ここにアタシ隠れてました。
住民たちはこっちに、こういう風に消えていきました。
アタシはここからこう…たぶん、こう通って…ここら辺に来たんです。」
カサンドラは地図を指さして説明する。カサンドラが隠れていた便所は町のほぼ南外れにあり、街道から少し離れた畑の脇に建てられていた。そこから見えたというカサンドラの目撃情報からすると、どうやら住民たちは町の中央か、北東の方へ集められているらしい。カサンドラはその便所から一旦町とは反対方向へ、つまり西へ進んで森に入り、街道を左手に見ながら森の中を突き進んできたわけだ。
おかげでカサンドラは誰にも見つからずにここまで来れた。代わりに救援に向かう部隊に気付くことも出来なかったが…
「あれ?」
カサンドラは香茶の香りを嗅ぎながら状況を説明している間に気持ちがだいぶ落ち着いてきていた。そして地図を見ていて急に疑問が湧き始める。
「どうかしたかね?」
「あの、何で救援を出されたのですか?」
カサンドラが顔を上げて向かいに座るセプティミウスをジッと見ながら質問した。セプティミウスの方は何をバカなことをと言わんばかりの顔で答える。
「そりゃもちろん、町が襲撃を受けたからさ」
「あの…そうじゃなくて…なんで襲撃を受けたって分かったんですか?」
「そりゃ、君以外の住民が先に逃げてきて、町の襲撃を知らせてくれたからね。」
セプティミウスは火の手も上がっているのが見えることはあえて言わなかった。言えばカサンドラは冷静さを失い取り乱していたことだろう。だが、そうはならなかった。おかげでカサンドラは妙に冷めた頭で考えることが出来た。
カサンドラは襲撃を受けてすぐにではなかったにしても、結構早い段階で逃げ出せていたはずだ。カサンドラが逃げる前、町から
そもそも、誰が通報したんだろう?
「あの…その逃げてきた人って誰ですか?
今どこに?」
「ん?…案内すると言って部隊と一緒に街へ戻ったとも…名前は確か、エッカルトと言ったかな?」
セプティミウスは隣にいた
「え!?…ダレ?」
軍人たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でカサンドラを見る。カサンドラは困惑の表情を浮かべていた。カサンドラはエッカルトなどという人物を知らなかった。
「エッカルトだよ、
混乱して思い出せないだけだろうと、軍人たちは半笑いを浮かべて確認する。だがカサンドラはラテン語で皮なめし職人を意味する「
「コ、コリアーリウス?」
「あー…
動物の
「
それにあの人…今日、足に怪我をしたはずなのに…」
「「足に怪我を!?」」
「ええ、町の食堂から帰るときに階段を踏み外しちゃったんです!
それで足をくじいて、足首がすごく腫れちゃって、歩けなくて他の人に家まで担がれて帰ったんですよ?」
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