第126話 ガレアトゥス
統一歴九十九年四月十四日、昼 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
アルトリウスが退出の挨拶をして帰った後、服を着た奴隷八人が入れ替わるように戻ってきた。
一応、問題があるといけないのでクィントゥスの立会いのもとで奴隷たちとリュウイチの間で改めて自己紹介と挨拶があった。
その際、リュウイチの方はこうなってしまった責任が自分にもあることを認めて謝ろうと思っていたのだが、アルトリウスからは事前にリュウイチの気持ちは伝えてあるし、主人が奴隷に対して安易に頭を下げるのは良くないからやめて欲しいという断りがあったため、あえて謝罪するのは避けている。
しかし、八人の暗く沈んだ表情と酷く怯えたような態度には、申し訳ないような気持ちをどうしようもなく掻き立てられてしまう。
そこで、あくまでも謝罪は避けつつも自分にも多少の責任はあったかもしれないし自分は無傷だったから彼らに対して悪感情は既に持っていない事を伝えることにした。
『・・・だから、君らに対して特に悪い感情は持っていないし、意味もなく罰してやろうとか酷い目に合わせてやろうという気持ちは全くない。
色々雑用を頼むことになるとは思うけど、
思うところがあれば、その都度言って欲しい。』
それじゃ、まるで主人の奴隷に対する挨拶じゃなくて雇用主の職人に対する挨拶みたいじゃないですか。いくら奴隷の扱いに慣れてないからって、こんなんじゃ奴隷に対して示しがつきませんよ!?
などと、クィントゥスやルクレティアが思っていると、八人の中で一番年かさの奴隷リウィウスがペコリと頭を下げて言った。
「私ら、八人とも、リュウイチ様に対し御手向かいし、ホントなら死刑になるとこを御助け戴いたと伺いやした。
ここで御礼申し上げやす。
私らぁ奴隷で、リュウイチ様は私らの主人。そして命の恩人でもありやす。
精いっぱい働いて御恩をお返ししたいと存じやす。
・・・さ、みんな。・・・お礼を」
「「ありがとうございます。」」
リウィウスに促されて八人全員が礼を言った。
リュウイチはこういうことに慣れてないのか、あからさまに戸惑いを見せる。
『ああ、いや、それはいいんだ。』
「そんで
旦那様ぁ奴隷を持ったことがないとおっしゃいやしたが、私らも別に奴隷を持つような裕福な家の出じゃあござんせん。
ですんで、どうしたらいいとか悪いとか細けぇ事は私らもわかりやせん。
ただ、私ら奴隷にされてここに連れてこられるまでに、財産は没収されて今あるのは今着てるトゥニカと
私ら奴隷の食う物、着る物、住むところは主人である旦那様に
早速で申し訳ありやせんが、そこんとこをお願いいたしたく・・・」
逆に奴隷という身分に慣れてるんじゃないかと思えるほど要領よくリウィウスがそう言って頭を下げると、他の七人も続けて頭を下げた。
『ああ、もちろんだ。
住むところは・・・えっと?』
リュウイチは思わずルクレティアの顔を見る。
「奴隷部屋があります。
後程、私が案内いたします。
食事についても手配は済んでおります。」
あえて無表情で事務的に答えるルクレティアに奴隷たちはうっすら安堵の表情を浮かべ、リュウイチは何か叱られたような気になって思わず前へ向きなおった。
『ああ、そう・・・だそうだ。
・・・えっと、着る物だけど・・・何がいる?』
あまりにも漠然とした質問に思わず全員が顔を見合わせる。
『ああ・・・いや、その
ルキウスさんは領主で貴族だから、奴隷の君らにルキウスさんと同じような服を着せるわけにはいかないんだろうし?
だよね?』
リュウイチは自分は変な事言ってないよなとクィントゥスやルクレティアの顔を見ると、二人ともハイまあそうですねと相槌を打った。
『かといって奴隷に兵隊みたいな恰好させて・・・それはいいんですか?』
再びリュウイチはクィントゥスやルクレティアの顔を見る。二人ともやはり戸惑ったような表情で互いの顔を見合わせた後、クィントゥスがしょうがないかなと首を一度
「彼らは奴隷で、奴隷は主人、つまりリュウイチ様の持ち物です。ですから、主人であるリュウイチ様が彼らにどのような恰好をさせたとしても問題ありません。
先ほどのおっしゃられたようなルキウス閣下みたいな恰好というのも、厳密には禁じられているわけではありません。ただ、奴隷とは人とは一段低い身分になります。貴族は身分の高さを示すためにああいった衣装をまとわれておりますので、奴隷にそのような貴族と同じ格好をさせると、貴族様は気分を害されることでしょう。
貴族に喧嘩を売るつもりがあれば、奴隷に貴族のような恰好をさせるのも良いかもしれませんが、そういうつもりが無いのであれば貴族のような恰好をさせるのは避けるべきと思います。
また、奴隷に軍装をさせるという事も特に禁じられてはおりません。
たしかに主人に逆らう可能性のある奴隷なら武装させるのはどうかとは思いますが、身分の高い軍人の中には奴隷を戦場に伴う場合もありますし、商人などは奴隷に武装させて護衛や警備に当たらせる者もおります。武装した奴隷は『
ですので、リュウイチ様が望まれるのであれば、彼らを武装させたとしても問題は生じないと思われます。
ただ、
侯爵夫人や子爵閣下も、私兵は軍団兵とは異なる恰好をさせておりますので。」
クィントゥスは立て板に水・・・という程ではないにしろ、まるで原稿でも読み上げるかのように淡々と説明して見せた。
リュウイチとしては別に彼らを武装させて私兵として使うつもりは全くない。
ただ、
だから、上級貴族のような恰好をさせることもできないよね、かといって軍人みたいな恰好もさせられないよね、じゃあどういう恰好をさせるのが良いの?という風に話を持って行きたかったのだが、実は貴族のような恰好でも軍人のような恰好でも構わないという・・・それどころか、まるでリュウイチが彼らに武装させたがっているかのように誤解されてしまっているようだった。
話の着地点を見失ってしまったリュウイチは頭の中で用意していた話の持って行き方に修正を加えねばならなくなった。
『ああ・・・っと、でも君ら別に兵隊みたいな恰好したくはないよね?』
頭を掻きながら自信無げに奴隷たちを見て問いかける。彼らの多くは互いの顔を見合わせたりしながら「私らは別にそんな・・・」などと、おそらくは
「お許しいただけるのであれば、武装してリュウイチ様を御護りしたくあります!」
目を輝かせて姿勢を正し、大声で申告したのはネロだった。
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