第681話 苦しい言い訳

統一歴九十九年五月八日、午前 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



「しかし、閣下の方こそこれからどうなさるおつもりなのですか?」


 アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアを統べる軍団長レガトゥス・レギオニスアロイス・キュッテルの説明により、アロイスとその部隊をルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの一行から引き離すのは無理だと諦め、手で口を覆うように人差し指で鼻の下をさすりながら視線を泳がせつつ考え込むカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子に対し、アロイスはそう切り出した。


「わ、私か!?」


 あまりにも意外だったのか、カエソーは酷く驚いた様子で顔を上げる。


「ええ、軽装歩兵ウェリテス中隊マニプルスを率いて我らがアルビオンニア属州を移動しておられるのです。もちろん、それが事前に承認したメルクリウス捜索のための部隊であろうことは承知しておりますが、それでもアルビオンニア侯爵家の兵権をつかさどる身と致しましては、お聞きしておかねばなりません。」


 当たり前と言えば当たり前な質問であった。が、カエソーとしては当然、アロイスの方も承知しているだろうと一方的に思い込んでいたため、虚を突かれ動揺を隠せない。カエソーは一度は背もたれに預けた身体を起こし、目を泳がせながら答えを探す。


「いや、それは……それはもちろん。

 此度のメルクリウス騒動の容疑者を、サウマンディウムまで護送するのだ。」


「容疑者を護送?」


 カエソーの答えに今度はアロイスが驚いたような顔をする。


 何だ、何かおかしいことを言ったか!?


 カエソーはアロイスの顔色を見てますます混乱した。


「そうだ。ムセイオンの聖貴族コンセクラトゥスジョージ・メークミー・サンドウィッチ殿だ。

 彼はアルビオンニウムで捕らえられたのだが、此度のメルクリウス騒動の張本人である可能性が高い。ゆえに、サウマンディウムまで護送するのだ。」


 アロイスもカエソーに負けず劣らず困惑の表情を浮かべた。


「伯爵公子閣下……

 おそれながらその‥‥‥サウマンディウムは方向が逆ですが?」


 カエソーは一応、アロイスとブルグトアドルフで合流するにあたって早馬を出して最低限の連絡を取っていた。《地の精霊アース・エレメンタル》を通じて援軍が派遣されたことを知ったルクレティアがアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスを通じて教えてくれたからだったが、ひとまずカエソーが部隊を直卒してルクレティアに同行することと、合流するための打ち合わせ的な話は手紙に書いて寄こしてはいたものの、詳細についてまでは触れていなかった。


「むっ!?

 ああ、それは‥‥‥それはだな……」


「それは!」


 すっかり既に話をしてしまっていたつもりになっていたカエソーが言葉にきゅうすると、咄嗟にルクレティアが身を乗り出すように声を発し、助け舟を出す。


「それは、ヴァナディーズ先生の安全を優先した結果、サンドウィッチ様を船にお乗せすることができなくなったのです。」


「そっ、そうっ!そうだ!そのヴァナなんとか女史が、あれだ……その、サンドウィッチ殿と同じ船に乗せるわけにいかなかったのだ。

 それでいて、船は昨日は一便しか出せなかったしな。

 それで、その女史を船でサウマンディウムへ送り、サンドウィッチ殿を陸路アルトリウシア経由でサウマンディウムへ護送することにしたのだ。」


 ルクレティアの助けを得て、カエソーの口から滞っていた言葉が溢れるように飛び出し始める。


「それでしたら、一日待って船で送ればよかったのでは?

 いや、サンドウィッチ殿を先に船で送って、ヴァナディーズ女史の方を後から送るということも‥‥‥」


「むっ、むっ?!」


 元々、そのようなところに突っ込まれるとは思っていなかったカエソーは、やましい部分が無いにもかかわらず予想外の追及に動揺を隠せない。というより、自分でも何でそんな決定をしたのか、イマイチ思い出せないのだ。

 答えに困っているカエソーに再びルクレティアが助け舟を出す。


「それは、ヴァナディーズ先生が『勇者団ブレーブス』に命を狙われていたからです。

 ヴァナディーズ先生を少しでも早く、『勇者団』の手の届かない安全な場所へ行ってもらおうと……」


「そうっ、そうだ!そうなのだ!!

 かといってサンドウィッチ殿をアルビオンニウムへ留めておくことも危険だと考えられたのでな。それでいっそのこと、奴らの裏をかいてアルトリウシア経由で送ろうと思い立ったのだ。」


 ルクレティアの説明に我が意を得たりとカエソーは調子を取り戻し、逆にアロイスは困惑の度合いを深めていく。なんてこった……そう言いたそうな顔を作り、思わず顔を背け、何かを探すように視線を泳がせる。


「?」


 何か気まずそうなアロイスの様子に気付いたカエソーが、浮かべていた笑みを陰らせる。


「あ、ああ‥‥‥いや、そうでしたか‥‥‥その、てっきり閣下は捕虜を護送するていで例のハーフエルフたちを捕らえるための活動をしておられるのかと思って負ったのもですから‥‥‥」


 カエソーの視線に気づいたアロイスが取り繕うかのように愛想笑いを浮かべて説明すると、今度はカエソーが気まずそうに「ああ・・・」と小さく声を漏らしながら身体を仰け反らせた。

 プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵はメルクリウス騒動に対応するため、エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人との間で緊急の際は一個大隊コホルスまでの部隊は事前の同意なくアルビオンニア属州内で活動させて良いと言う同意を取り付けている。そしてケレース神殿テンプルム・ケレースの調査のためにその枠を利用して二個百人隊ケントゥリアを派遣していた。カエソーが率いているのはその二個の百人隊である。


 今回、盗賊たちがいきなり結集し始めた背後にムセイオンから脱走して来たハーフエルフらの存在が確認され、彼らがメルクリウス騒動に関係している可能性があるとされた。なおかつ、アルビオンニウムへ派遣されていたメルクリウス騒動対応のための部隊が予定にない行動を起こし、ルクレティアと共に南下し始めたとすればその部隊は当然、ハーフエルフたちと彼らが率いる盗賊団の追跡を行っているのではないかと考えるのは無理からぬものである。実際、カエソーの部隊は昨夜、さっそく盗賊団と激しい戦闘を繰り広げていたのだ。

 だが、事実はそうではなかった。カエソーの側に盗賊やハーフエルフたちを積極的に追跡する意思は無く、ただ単に遠回りして捕虜を護送するだけのつもりだったとなれば、話を聞いたアロイスが拍子抜けするのも当然であろう。

 そしてカエソーはアロイスが自分に何を期待しているかに今更気づき、しかもその期待が寄せられて当然のものであることを知り、急に恥ずかしくなりはじめていた。


 期待に応えること‥‥‥それは人が人間社会において自分の存在価値を高めるための唯一の方法である。そして期待に応えることに責任を持ち、期待に応えらえないことを恥とすることで人は信用を得、社会人としての地位を確立する。これは社会的地位が高まれば高まるほど深刻な問題となり、貴族ノビリタスともなれば周囲の期待に応えるために、わざわざ自分への周囲の期待を自分で作り出すことまでやってしまうほどなのだ。

 それなのにカエソーは自分に寄せられていた期待に応えるどころか、寄せられて当然の期待を寄せられていることに気付いてもいなかったのだ。貴族ノビリタスとして恥ずかしく思わないわけにはいかない。


「ああ……ああ、うん……その、そうだな。

 私も、出来る事ならばそうしたかったのだが、いかんせん土地勘が無いうえに、兵力も足らなかったものでな‥‥‥

 それに、相手がハーフエルフと分かった以上、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの二個百人隊ケントゥリアだけでは護衛が不足するのではないかと思ったのだ。」


カエソーは再びしどろもどろになりながら言いつくろうのだった。

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