第680話 分断失敗
統一歴九十九年五月八日、午前 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム
複数の異なる軍隊が共同して行動する場合、戦力的に劣る方が主導権を握れる場合はあまりない。何か、その場の戦力とは全く別のところで全く異なる力学が働いてでもいない限り、一方が自軍の四倍を超える友軍を指揮下に納めることができるなど、期待するのは無理というものである。
カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子が自らの指揮下に置いて率いているのは二個
いや待て‥‥‥そういえば
ルクレティアの一行には元々
サウマンディア属州対アルビオンニア属州として比較すればそれだけ戦力差があるうえに、カエソーが直卒する二つの百人隊は昨夜と三日前のアルビオンニウムでの戦闘によって戦死者を出して目減りしている。しかも、危機に陥っていたところを救援に駆け付けてくれたアロイス直卒の
これだけの戦力差があり、おまけにこれだけの負い目があってなおも主導権を維持できると考えるのは土台無理な話である。だからこそ、カエソーはアロイスに盗賊討伐を持ち掛け、せめてアロイスの大隊だけでも引き離そうと期待したのだが、それはどうやら無理なようだ。さすがに補給の準備をしていないと言われてしまえば、いくらカエソーが帝国南部一の権勢を誇る
もちろん、サウマンディア属州の財力をもってすればアルビオンニウムで一個大隊の活動を支えるくらいは訳は無い。だが、いかんせん海を隔てた他人の領地である以上、それなりに手続きは必要になるだろうし、それなりに大量の物資を運び込むこととなれば準備も必要になって来る。要は、時間が無さすぎるのだ。
アロイスも実はサウマンディアが補給の都合をつけてくれないかと内心で期待をしたうえでこの話をしたのだが、さすがに無理であろうと言うことぐらいは分かっている。仮にカエソーが補給の面倒を見てやるといってくれたとしても、物資だけを提供して後は好きにして良いなどというわけがない。
『
それでも短期間で盗賊団だけを討伐するだけなら‥‥‥と、都合のいい期待をわずかに抱いてはいたのだが、それでもアロイスは現実を忘れるほど愚かではなかった。カエソーの表情をチラリと見ただけで諦めたアロイスは、サウマンディア側からの補給の可能性を打診することも無く、独り
「補給が出来ないのであれば、致し方ありませんな‥‥‥」
カエソーもまた心底残念そうに溜息をついた。
「しかし、であれば盗賊どもはどうするのです?
このまま放置するのですか?」
「今は放置するほかありません。
ひとまずはルクレティア様とブルグトアドルフの住人達の安全確保に努めるだけです。
盗賊どもをどうするか‥‥‥それは、ルクレティア様と住民たちをシュバルツゼーブルグまで無事送り届けた後で考えることです。」
アロイスの説明は極めて現実的なものであり、批判すべき点は特別見当たらない。アロイスはあえてカエソーに伝えていなかったが、アロイスの率いる大隊は新兵が大半を占める臨時編成の大隊であり、まともな作戦能力は期待できないのだから、そもそも積極的な作戦に投入できるわけもないのだ。昨夜のブルグトアドルフへの突入にしたところで、実はかなりなバクチだったのである。
「お話は理解できますが、少し悠長に過ぎませんかな?
盗賊どもは昨日、大半が捕まったとはいえまだ数十人が逃げ延びています。
既に百人を超える死者を出した賊どもを野放しにするのは‥‥‥」
カエソーはアロイスの大隊の実態など知りもしなかったが、それでもアロイスの方針に間違いが無いことぐらいは理解したうえであえて苦言を呈する。
「もちろん、野放しにするつもりはありません。
盗賊討伐のための体制準備は既に始めております。
が、それが完成するまでに十日ほどの時間を要するでしょう。
それまでは、守りに徹するほかありません。」
アロイスの回答にカエソーは納得はしていたが、わずかに不満げに顔を仰向けるように上体を反らし、無言のままアロイスを見つめる。そのカエソーをやはり無言のまま見返していたアロイスは少ししてから再び口を開いた。
「物事には優先順位という者があります。
我々が最優先にしているのはルクレティア様の安全確保です。」
それを聞いてルクレティアが反応した。わずかに力を抜いていた上体を乗り出すようにアロイスに何かを言おうとしたが、アロイスはそれを無視してルクレティアが口を挟む余地を作らないように言葉を続ける。
「御存知でしょうがルクレティア様は既に
もしも、
自分のことは大丈夫ですから盗賊討伐と住民の安全を優先してください‥‥‥そう言おうとしていたルクレティアはアロイスの説明を聞いて喉まで出かかっていた言葉をそのまま飲み込んだ。そしてそのままアロイスをジッと見つめたまま身を固くし、数秒経ってから自らの不明を認め反省するようにスーッと上体から力を抜く。
カエソーはカエソーで「そうきたか」とばかりに首を傾げ、額に手を当てて揉んだ。目はアロイスを見つめたままだったが、その口元はわずかに歪んでいる。
それを言われると、これ以上盗賊討伐を
カエソーはアロイスをルクレティアの一行から切り離すことを諦めざるを得なくなった。
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