第679話 頼もしき増援

統一歴九十九年五月八日、午前 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



 これまでにレーマ軍が討ち取り、あるいは捕らえた盗賊団がまるごと健在だったとしても、その盗賊団全部よりも『勇者団ブレーブス』のハーフエルフたちの方がよほど戦力としては上だろう。盗賊たち自身そう考えているからこそ、ハーフエルフたちに従っているのだ。それは捕虜たちから得られた証言からも明らかである。

 だとすれば、なけなしの盗賊団が一人残らず消滅してしまったとしても、『勇者団』が捕虜奪還を諦める可能性は無いと考えねばならない。実際、彼らは盗賊たちをこれまで陽動にしか使っていない。彼らにとって盗賊は、使い捨てにできる手駒でしかないのだ。むしろ、そう言う風に囮として便利に使うために、わざわざシュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちをかき集めたぐらいに考えた方がいいのかもしれない。


 盗賊団が居なくなっても『勇者団』は捕虜奪還を諦めないし、襲撃も無くならない……そう考えた場合、盗賊団が事実上ほぼ消滅してしまった現在、今後の対処は今までより難しくなってしまうことが予想された。

 今まで、『勇者団』は自分たちの存在を隠そうとする意思があった。ケレース神殿テンプルム・ケレースに現れた彼らは頭巾で自分たちの顔やハーフエルフ特有の耳を隠していたし、おそらくヴァナディーズ暗殺もそのためであっただろう。今思えば、これまでの彼らの襲撃で常に盗賊団を前面に出してレーマ軍の注意を引きつけ、自分たちは目立たぬようにからめ手へ回り込もうとする一連の作戦もそういう意思が背景にあったからなのかもしれない。

 それは結果的に、彼らの強味であるはずの魔法攻撃やスキル攻撃といった特殊な攻撃手段を封じることになっていた。


 だが、そうしたこれまでの傾向は、今後の彼らの行動を予測する上でまったく参考にならなくなるだろう。

 彼らは今まで自分たちの正体を隠そうとしてきた。隠すためにこそ、盗賊団を囮に使い、自分たちは目立たないように行動して来ていた。だが、こちらは既に彼らの正体も目的も知ってしまっている。そのことを彼らも知っている。

 つまり、彼らは今後自分たちの正体を隠し続ける必要性を感じなくなるはずだ。今まで使用を控えていた魔法攻撃やスキル攻撃もバンバン使うようになるかもしれないし、少なくとも自分たちが正面に出て戦いを挑んでくるようになるだろう。そもそも彼らは囮として使うのに都合の良かった盗賊団を失ったのだ。これまで通りの戦術を使って来るわけがない。


 ムセイオンのハーフエルフが使いこなすという魔法攻撃……それは実際にどれほどのものであろうか?どのように対処すべきだろうか?


 歴史上のゲイマーガメルの魔法に比べれば幾分劣るとは聞いているが、それでも一発一発が大砲に匹敵するほどの威力があり、それを一人の人間が放てるというのだ。威力が大きい代わりに重く、平地でも数人がかりでようやく移動させることができる大砲と違って自由自在に移動できる人間が大砲と同じような攻撃を繰り出すことができるなんて、想像するだけで恐ろしい存在である。できれば一生、敵として拝みたくは無いが、残念ながらそんな恐ろしい相手が今後襲い掛かって来る可能性が具体性を伴って目の前に迫っている。


 そんな奴ら相手にフツーの軍隊われわれに対処できるのか?


 今一番考えねばならないのはその点である。が、考えたくないし、考えられないというのが正直なところだ。


閣下アロイスは聞くところによると、一個大隊コホルスを率いて来られたようですな?」


 カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子はしばし沈黙を保ち、ふと何かを思いついたかのように尋ねた。


「いかにも。」


 アロイス・キュッテルは何を今更と言いたくなるようなその質問になんともなく答える。


「では、いっそのことその兵力を投じて『勇者団ブレーブス』や盗賊どもを狩ってしまわれてはいかがかな?」


 ルクレティアの護衛のためにわざわざ軍団長レガトゥス・レギオニスであるアロイスが自ら一個大隊コホルスもの部隊を率いてこんなところにまで出てくるわけはない。ルクレティアには最初から二個百人隊ケントゥリアの護衛が付けられていたのだ。しかもリュウイチが《地の精霊アース・エレメンタル》までつけている。にもかかわらず増援を寄こしたと言う事は、当初の予定にはなかった増援の必要性が生じたからに他ならない。その必要性とはすなわち盗賊団であり、『勇者団ブレーブス』であるはずだ。

 ならばアロイスの大隊コホルスがこのまま盗賊団の討伐に乗り出せば、いくら『勇者団』にとって盗賊団がただの使い捨ての囮役に過ぎないにしても、『勇者団』は行動の自由を失うに違いない。いくら『勇者団』が魔法を駆使する聖貴族コンセクラトゥムの集団だとしても、アルビオンニアに来て一か月かそこらでは土地勘などあるわけもないからだ。土地勘のないはずの『勇者団』がこうも自由に動き回れるのは、地元の人間の協力者がいるからに他ならない。その地元の協力者とは、おそらく『勇者団』に利用されている盗賊たちであろう。ならばその盗賊団を片付ければ‥‥‥。それに、アロイスがこのまま盗賊団討伐に乗り出せば、カエソー達と物理的に距離を置くことになり、カエソーが懸念している捕虜の扱いについて口出しされる恐れが無くなる。


 この素人の思い付きに近いカエソーの提案に、アロイスは一緒に話を聞いていたルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアと共に目を丸めて驚いた。そして次の瞬間、悪い冗談でも聞いたかのように苦笑し、かぶりを振って答える。


「残念ながらそれは出来ません。」


「何故です?

 大隊コホルスという規模の部隊を率いて来たということは、そう言うつもりがあってのことではなかったのですか?」


「最初は、小官もそのつもりでおりました。」


 アロイスはフーッと大きく息を吐きながら、何か恥ずかしいことを告白するかのように薄笑いを浮かべて言った。


「ですが、兵站へいたんを確保できなかったのです。」


「兵站?補給を維持できないと言う事ですか?」


 カエソーは思わず眉間にシワを寄せた。

 アルビオンニア属州のまもり手たるアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアがアルビオンニア属州内で補給を維持できないとは、にわかには信じがたい。しかも、ここブルグトアドルフはライムント街道が通っているのだ。軍の補給のために敷かれた軍用街道から離れているならいざ知らず、軍用街道が貫いている街で活動ができないなど、納得できる話ではない。


「その通りです。

 現在、我々は冬になるまでにあらゆる物資をアルトリウシアへ運ぶため、あらゆる馬車を動員しております。そして、シュバルツゼーブルグからこっちへ、一個大隊コホルスが必要とするだけの物資を運ぶための馬車を用意できなかったのです。

 ですから、シュバルツゼーブルグからここまでの物資の輸送手段は、軍団兵レギオナリウスが自ら運ぶ他ありません。

 今の我々も、ここへは手弁当で来ているのです。」


 シュバルツゼーブルグへ来てアロイスはブルグトアドルフやアルビオンニウムで盗賊団掃討作戦を展開するための補給を受けられないことを知らされた。しかし、だからといってルクレティアを襲う可能性のある盗賊団を放置できるわけもない。ましてや、ブルグトアドルフはシュバルツゼーブルグとアルビオンニウムのちょうど中間地点にあり、シュバルツゼーブルグからブルグトアドルフまでは一般人の脚でも丸一日、軍団兵レギオナリウスの健脚なら約半日の距離なのである。

 そこでアロイスはひとまずルクレティアの安全確保のため、軍団兵レギオナリウスに自分たちで食べる分の食料を持てるだけ持たせ、ルクレティアと合流したらそのまま引き返すつもりで出撃して来ていたのだった。軍団兵でも飲料水の現地調達が可能なら一週間から十日分、飲料水も自分たちでとなれば三日分程度の食料は自力で運ぶことが可能だったのだ。


「では、閣下アロイスはこのままブルグトアドルフには留まらないのですか?」


 予想外のアロイスの答えにカエソーは呆気にとられたかのように問いかける。


「はい、このままルクレティア様の御一行に加わり、ルクレティア様と住民たちを御護りしながらシュバルツゼーブルグまで戻ります。」

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