新たな捕虜
第682話 ナイス・ジェークの目覚め
統一歴九十九年五月八日、昼 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム
「御加減はいかがですか?」
「ああ‥‥‥最悪の気分だ‥‥‥」
ブルグトアドルフの森で《
ハーフエルフほどではないにしても
そんな捕虜になった
「まだ御身体の調子が回復なさらないようですので、朝食には
「ああ、すまないな‥‥‥
だが今はそんな気分じゃないんだ‥‥‥」
そう言いながら額に手を当て、ナイスは目を閉じ顔を背ける。
痘痕面のNPCなんかの用意したものなんか食いたくねぇよ‥‥‥
もちろん、ナイスはムセイオンを脱走してからここアルビオンニアへ渡って来るまでの間、痘痕面をした平民の用意した食事を幾度となく摂っている。だがそれは彼らなりの解釈で言えば、「冒険」の一端であった。降臨を成功させ、父祖たちとの再会を果たす‥‥‥そういう目的があったとはいえ、『
だが、捕虜となってしまった今のナイスにとって冒険を楽しむ精神的余裕はない。彼の心の中で冒険は終っていた。そうすると痘痕面をした
「ムセイオンから見れば世界の果ての辺境でございますので、御賞味に値する物を御用意することは難しゅうございますが、御無理にでもお召し上がりになられませんと、ますます回復しにくくなります。
こちらへお運びいたしますので、せめて一口なりとも‥‥‥」
「‥‥‥ああ、そうだな‥‥‥そうしてくれ‥‥‥」
気遣う神官の忠告に
ナイスの内面は
結果的に、ナイスの態度はジョージ・メークミー・サンドウィッチが初めて目覚めた時に比べると素直とか従順などと評して良い態度になっていたと言える。メークミーの時の様子も目の当たりにしていた神官はそうであるがゆえに、メークミーよりもマシな人物らしいと思うと同時に、どうやら本格的に体調が悪いらしいとも思っていた。
「御召し物もこちらに整えさせていただきました。
お許しいただけましたら御着替えをお手伝い申し上げますが?」
心配そうな神官の言葉に、ナイスは用意された衣類に目をやった。その視線の先には底の浅い籠があり、中には見慣れた衣服がキレイに畳まれた状態で入れられている。見たところ汚れは奇麗さっぱり落とされており、ところどころ破れたり
「ふぅ‥‥‥まさか小便で洗ったんじゃないだろうな?」
その一言はナイスが初めて示した反抗的態度であったが、神官は気分を悪くするどころか特に気にする風でもなく答える。
「いいえ、ご安心ください。
ルクレティア様による浄化魔法で清めてございます。」
「ルクレティア‥‥‥」
ナイスの顔に浮かんでいた
ルクレティア・スパルタカシア‥‥‥だっけか?
その名にナイスはもちろん聞き覚えがある。彼ら『勇者団』の攻撃を
「はい、ナイス・ジェーク様には御記憶でございましたか?」
「ああ、聞いているぞ。
魔力についての話は聞いたことも無かったのに、浄化魔法なんか使えるのか?
なんでそんな魔法を使える実力者がムセイオンに報告されてないんだ?」
籠の衣類を見つめたままナイスは考え込むように尋ねる。
浄化魔法自体は決して高度な魔法ではない。難易度からすればむしろずっと低い方で、低位の治癒魔法より少し高度といった程度だ。だが、そんな魔法を覚えるくらいなら、より高位の治癒魔法を覚えた方がマシであり、実際に浄化魔法を覚えようとする者などほとんどいない。浄化魔法を覚えるのは、高度な魔力を有する一部の聖貴族が中位以上の魔法を覚えるための下地づくりの一環として覚えることがあるくらいであり、『
つまり、浄化魔法が使えるということは、ムセイオンに報告され、その監視下に置かれるべき実力者ということになる。だが、ムセイオンにそのような報告はされていない。されていればルクレティアはムセイオンに送致されていなければおかしい。
ナイスの質問に神官はギクリと驚いた。
「いえ……ご、御報告はなされていると伺っております。
ですが、ルクレティア様がこのような魔力を得られたのはごく最近のことですので、まだ御報告が届いていないだけかと‥‥‥」
「最近のこと!?」
その説明はナイスにとって不可解極まるものだった。
魔力は本来先天的なものであって、それを幼いころから修行によって伸ばしていくことは可能であっても、元々無いかった魔力を後天的に得たり、突然目覚めたりと言ったことは無い。少なくとも、そのような実例をナイスは知らなかった。例外は唯一、
驚いたナイスはパッと神官の顔を見上げた。が、ナイスがそこから神官を追求することは無かった。ただでさえ頭痛と目眩が激しい状態で急に頭を振ったものだから、唐突に沸き起こった不快感によって嘔吐してしまったのである。
「うっ!?うぶっ!!うえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛‥‥‥」
ビチャビチャという水音と共に酸っぱいニオイが部屋中に広がる。
「ジェーク様!?
神官は慌てて跪き、ナイスの両肩を抱くように手を添えると、周囲に居た部下たちに後始末の手配を命じた。
「ジェーク様、どうか御無理はなさらず!
お気を確かに!!」
吐いたことで涙が溢れ、視界が歪む。一時的に血圧が上がったことで頭痛が一層激しくなり、目の前が暗くなる。最早、痘痕面のNPCに身体を触れられていることに対する嫌悪感を感じる余裕すらナイスには残って無かった。
「あ゛、ああっ……ああ、済まない……
ゲホッ、ゲホ‥‥‥汚して、しまって……」
「いえ、大丈夫です。
今、お口の周りをお拭きいたします。
さあ、どうぞ‥‥‥ジッとしてください‥‥‥
ハイ、拭きました‥‥‥さあ、少し横になってください。
御着替えは後にいたしましょう。」
まるで母親の様に世話を焼く神官に「ああ、ああ」と力なく答えながら、ナイスは素直従い、ベッドに身体を横たえた。そして天井を見上げながら、ふと気が付いた疑問を口にする。
「ところで、どうして私の名を知ってるんだ?」
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