第564話 行方不明の二人

統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム



「スワッグ!!」


 川の下流から重そうに人間を二人、肩に担いだまま歩いてくるスワッグ・リーの姿を認めたスモル・ソイボーイは先ほどまで胸倉を掴んでいたティフ・ブルーボールを放し、まるで何か救われたかのような顔で駆けだした。


「ソイボーイ様!」


「いやスタフ、スモルの馬を頼む。」


「!?…わ、わかりました。」


 これまで無暗に愚痴をこぼし、あまつさえティフに対してあれだけ理不尽な言いがかりをつけていたのにスワッグを見た途端にすべてを忘れたかのように駆け出したスモルの態度に思うところがあったのか、スタフ・ヌーブはスモルを呼び止めようとした。だが、ティフはあえてスタフにスモルが下馬したまま放置している馬を頼み、スタフがスモルに何か言うのを押しとどめると自分もスモルの後を追いかける。

 せっかく無事な姿を見せたスワッグだったが、気がかりなことがある。


 一人足らない…!?


 スワッグはナイス・ジェーク、エイー・ルメオと共に三人でメークミー・サンドウィッチ救出にあたっていたはずだ。作戦が本当に無事に終了したなら四人で帰ってこなければおかしい。なのに、歩いて帰ってきているのはスワッグ一人きりで、肩に二人の人間を担いでいる。

 二人がメークミー、ナイス、エイーの内の誰かだとしたら一人足らないし、だいたい担いで帰ってきている意味が分からない。見たところ担がれている人間は気を失っているようだが、担がれて運ばれなければならないほど深刻なダメージを負ったと言う事なのだろうか!?


「スワッグ、無事だったのか!?」


「はいソイボーイ様!でもメークミーの奴は…」


 駆け寄り、帰還を喜ぶスモルにスワッグは何か照れてるような、どこか引きつった笑みを浮かべて答える。


「メークミーはどうした!?

 担いでる奴は!?…なんだ、エイーでもナイスでもないな?

 誰だコレ?盗賊か!?」


 スモルはスワッグが担いでいる人間が仲間の誰でもないことに気付くと驚き、困惑しながらスワッグの横からやや後ろに回り込んで担がれている二人の男たちの顔を確認し始める。


「ああ、これは帰って来る途中で拾った盗賊で…」


「スワッグ!!」


「ああ、ブルーボール様も!」


「メークミーは!?

 ナイスとエイーは何処だ!?」


 スモルの質問に答える前にティフが追い付き、質問を浴びせて来る。スモルは担がれている盗賊たちの顔を確認すると、先ほど投げかけた、そしてティフも繰り返した質問の答えを聞くべくスワッグの前に戻ってティフと共にスワッグの顔を覗き込んだ。


「どうなってる?

 ナイスとエイーは?」


 スワッグはティフとスモルの顔を交互に見比べると、少し気まずそうに報告した。


「すみません、はぐれました。」


「「はぐれたぁ!?」」


「はい、俺がブルグトアドルフに突入する前に作戦終了の合図が上がってたんですが…俺がブルグトアドルフから脱出しようとしたときにはナイスとエイーの姿はもう無くって「待て待て待て!」」


 スワッグの説明はそれまでのティフやスモルの認識と全然違っており、混乱したティフは思わずスワッグを止め、すかさずスモルが問いただす。


「お前がブルグトアドルフに突入する前に作戦終了の合図が上がったって!?

 何でそうなる?じゃああの時まだ作戦は途中だったのか!?」


「いや、俺もそれは分かりませんソイボーイ様!

 作戦の手順はナイスとも確認はしましたけど、俺がメークミーを救出し終えたら作戦終了の合図を出すことになってました。

 でも多分、レーマ軍の増援が来たから中止の合図を出したんだと思います。」


「「レーマ軍の増援!?」」


「はい、俺がブルグトアドルフから脱出してナイスたちのところへ戻ろうとしたら、南からレーマ軍の大部隊が来てました。

 多分、三百以上は居たと思います。

 ナイスの奴、おそらくレーマ軍の増援を見て作戦中止を…「なんてこった!」」


 スワッグの説明はまだ途中だったが、スモルはガンッと音を立ててが自分の手を頭に打ち付けるような勢いで自分の頭を兜の上から両手で抱え込んだ。

 またしても予想外の戦力の登場によって作戦が失敗した…前々回のブルグトアドルフ奇襲作戦では《地の精霊アース・エレメンタル》という予想外の存在によって作戦を頓挫とんざさせられた。そして前回のアルビオンニウムでの神殿強襲きょうしゅう作戦では把握していなかったサウマンディア軍団レギオンの大部隊が存在したせいで陽動作戦が失敗した。ティフが二度も繰り返したのと同じ失敗を、今度はスモルが指導した作戦で繰り返してしまったのだ。

 確かに事前の情報収集は不十分だった。いつも偵察をやってくれているペトミー・フーマンもファドも居なかったし、アルビオンニウムから移動してすぐの作戦だったからそもそも準備時間が無かったというのもあるだろう。だが、それにしたところでもう少し何とかなったはずだ。


「なるほど、レーマ軍が来たからナイスは作戦途中で終了の合図を出したんだな?

 それは分かった。その後、ナイスやエイーはどうなった?」


 ショックを受けているスモルの代わりにティフが報告の続きを促すと、スワッグはスモルの様子に多少動揺しつつ報告を続ける。


「それが、わからないんです。

 俺はブルグトアドルフの建物の屋根の上から南へ戻ろうとしたんですけど、南からはレーマ軍が来てて…それで、その屋根の上からナイスたちが隠れているはずの場所が見えたんですけど、そこにはもう二人の姿はありませんでした。」


「隠れてて見えなかっただけじゃないのか!?」


「まさか!」


 いぶかしむティフにスワッグは反射的に否定した。


「ナイスだけならレンジャーだから気配を消せるし、そういう可能性もあったかもしれませんけど、エイーが一緒なんですよ!?

 エイーは気配を消せません。

 エイーが『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを二つ嵌めてても俺なら魔力を感知できます。

 でも、あの時エイーの魔力もナイスの魔力も感じられなかった。ホントにいなかったんです。」


 スワッグはムキになったように入念に否定する。ティフもスワッグの能力は把握しているし、ウソをついてはいないだろう。多分、スワッグが森へ帰ろうとしたとき、ナイスもエイーも既にその場を離れていたのだ。


「じゃあ、その後は?

 ナイスたちの痕跡を探さなかったのか?」


「?

 ええ…街の南にはレーマ軍の大軍がいたし、多分もう森の中を通ってこっちに帰ってるんだろうと思ったので…!

 まさかアイツ等戻ってないんですか!?」


 ティフの質問内容とティフとスモルの態度から二人が戻って来ていない事を察すると、今度はスワッグの方が驚き、わずかに前かがみになってティフに訊き返す。


 ティフは無言のままゆっくりとスモルの顔を見、スモルは無言で兜を脱ぎながらティフの顔を見た。二人とも深刻な顔つきだが、スモルの方があからさまに顔色が悪い。


「え、マジで!?」


 スワッグは両肩に担いでいた盗賊たちをその場に降ろし、ティフとスモルの顔を交互に見比べながら再度問いかける。

 スモルは無言のまま…いや、喉の奥で何か嗚咽おえつのようなモノを漏らしながら俯いて両手で顔を覆う。横目でそれを見ていたティフはスワッグに視線を戻して答えた。


「ああ、二人はまだ、戻ってない…」

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