第1081話 『勇者団』迎撃態勢

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 このまま『勇者団』ブレーブスがアルトリウシアまで来てしまえば『勇者団』はリュウイチの魔力の気配に気づくかもしれず、リュウイチがかつての《暗黒騎士ダーク・ナイト》だと誤認すれば攻撃だってしてくるかもしれない。それで戦闘が起きればリュウイチが傷つくことはないだろうが『勇者団』の方は壊滅を免れないだろう。何せ『勇者団』はリュウイチが使役する《地の精霊アース・エレメンタル》一柱にすら勝てなかったのだ。他にも複数の精霊エレメンタルを使役するリュウイチが『勇者団』に後れをとる可能性など万に一つも無い。

 圧倒的実力差を持って全員を殺さずに捕えることが出来れば御の字だが、『勇者団』が全力を出して戦いを挑んだりすれば、戦場となるアルトリウシアの街が無事で済むわけもない。仮に大協約による制約が無かったとしてもここでリュウイチの力を借りるわけにはいかないだろう。


 では一時的にリュウイチにマニウス要塞カストルム・マニからどこかへ移動してもらおうか……そんな不遜ふそんなアイディアもマルクスは思いつかないわけではなかったが、ではどこへというと移動先がない。

 相手は名にし負う降臨者だ。この世ヴァーチャリアで最も高貴な存在……その頂点に立つ《暗黒騎士ダーク・ナイト》である。粗略には扱えない。どこかへ宿泊してもらうならそこは高貴な人物に相応しい場所でなければならない。アルトリウシアでこのマニウス要塞に匹敵する場所はティトゥス要塞か、あるいはアルトリウスと妻のための邸宅『花嫁の家』ドムス・ノヴス・スポンサの二つしかないが、後者はまだリュウイチの降臨を知らされていないアルトリウスの妻コトと、その使用人たちである南蛮人たちが多く生活しているので前者のティトゥス要塞しか選択肢がない。だがティトゥス要塞に入ったとしても安全とは言い難かった。

 マルクスも見ていたが、アルビオンニウムでの戦闘では《地の精霊》は二マイル(約三・七キロ)程度離れていた盗賊団の動きを察知することが出来ていた。『勇者団』の魔力探知の範囲がどの程度かは不明だが、仮に『勇者団』が盗賊団を指揮するにあたって魔力探知によって部隊の動きを把握していたのだとしたら、当時の作戦域の東の端から西の端まで、四~五マイル(約七・四~九・五キロ)程度離れている部隊を探知できていたことになる。そして捕虜を船に乗せるとしたらセーヘイムの港になるが、セーヘイムとティトゥス要塞は直線距離で二マイルも離れていない。

 探知できる距離は探知する側の能力もさることながら、相手側の魔力の強さも影響するらしい。だとすればおそらく世界最強と思しき魔力を有するリュウイチをアルトリウシアのどこへ隠したとしても、『勇者団』に発見されてしまうことになるだろう。リュウイチにどこかへ移動してもらうというアイディアは成立しない。

 いっそこれを機にリュウイチをサウマンディウムへ……という考えも一瞬浮かびはしたが、さすがにそれは検討する価値すら無かった。リュウイチをサウマンディウムへ連れて行くのなら捕虜はどこへ連れて行けばいいのだ?


 『勇者団』ブレーブスをアルトリウシアに入れてはならない……アルトリウシアの安全のためにも、そして何より『勇者団』ブレーブス自身の安全のためにも……


 マルクスもその結論に至らざるを得なかった。が、ではどうすればよいのか? マルクスは二日酔いがぶり返したかのように表情を曇らせる。


「状況は理解しました。

 サウマンディア軍団レギオー・サウマンディア『勇者団』ブレーブスのアルトリウシア侵入は阻止せねばならないという判断を支持します。」


「ご理解いただき感謝いたします。」


「ですがだからと言ってこのままカエソー伯爵公子閣下がサウマンディウムへ帰れないのは困ります。

 アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア両軍団レギオネスには『勇者団』ブレーブス逮捕への一層の協力を求めるものであります。」


 カエソーはルクレティアに同行してグナエウス砦ブルグス・グナエイまで来てしまっている。それを『勇者団』が追撃してきている間はアルトリウシアに来ることを許されないということは、彼らは『勇者団』の脅威が取り除かれるまでグナエウス砦へ留まるほかないということだ。まさか、今更来た道を戻ってアルビオンニウムから船に乗れとは言えまい。途中通過せねばならないシュバルツゼーブルグの郷士ドゥーチェや領民たちへ説明できないではないか・・・。

 となれば、投入可能な戦力をすべて投入して『勇者団』を捕捉すべきなのだ。一日でも早く『勇者団』を捕え、無力化すれば安心してカエソーもルクレティアもグナエウス砦から先へ進むことが出来る。そのための戦力はもちろん、現地軍であるアルビオンニア軍団とアルトリウシア軍団に期待する他ない。

 だが、アルビオンニア軍団にもアルトリウシア軍団にも投入可能な戦力など現状ではなかった。アルトリウスは控えめに困った様な表情を作って首を振る。


「残念ながらアルトリウシア軍団我が軍はもちろん、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアにも投入可能な戦力は多くありません。」


「御協力いただけないということですか!?」


 マルクスは驚いて見せた。マルクス自身、アルビオンニア側に戦力の余裕がないことぐらいは承知している。降臨のあった先月十日、たまたま軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムの中で唯一サウマンディウムに残っていたおかげでプブリウスと共にアルトリウスの報告を真っ先に聞く幸運に恵まれた彼は、以後ずっとアルビオンニア側との窓口を務めていたのだ。アルトリウシアから現状を伝える報告はすべて、最優先で彼の下へ送られてきている。

 しかし彼はあくまでもサウマンディア軍団の幕僚であり、サウマンディウス伯爵家の家臣だった。アルビオンニア側の窮状は承知していたとしても、サウマンディアの利益を優先しなければならない。


「そもそもカエソー伯爵公子閣下の率いるサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの二個百人隊ケントゥリア、ならびにルクレティアスパルタカシア様を護衛する二個百人隊ケントゥリア以外の軍団兵レギオナリウスには降臨のことは伏せられたままなのです。

 相手は超常の力を振るう『勇者団』ブレーブス……事前に軍団兵レギオナリウスに情報を伝えぬまま作戦に投入するのは危険極まります。」


「必要な情報なら教えてしまえばよいのではありませんか!?

 リュウイチ様の御降臨と件と『勇者団』ブレーブスの件は全く別だ。

 秘匿しなければならないのはリュウイチ様の御降臨についてだけでしょう?」


 マルクスのこの発言には列席している多くの者が驚いた。目を剥き、あるいはうめき声をあげる。


『勇者団』ブレーブスの情報を、ムセイオンの聖貴族コンセクラートゥムが盗賊を率いて暴れていると公開して構わない……そうおっしゃるのですか!?」


 信じられない……そんな我が目我が耳を疑うような表情でアルトリウスが訊きなおすとマルクスは慌てた。


「え!?……いや……」


『勇者団』ブレーブスはメルクリウス騒動の容疑者、ですからその対応の責任者はプブリウス伯爵閣下だと我々は認識しております。

 我々は捜査の都合も事件後の処理の都合も考え、『勇者団』ブレーブスについて秘匿しておりましたが、それがプブリウス伯爵閣下の御意であるならば「待っ、待ってください!!」……」


 自分の失言に気づいたマルクスは腰を浮かせ、アルトリウスの発言を慌てて遮った。


「ご、誤解があるようだ。

 私は別に広く一般に公開すればよいと言ったわけではありません。

 軍団兵レギオナリウスに、緘口令かんこうれいいたうえでなら、作戦に必要な情報は与えても良いのではないかと、そう言いたかったのです!」

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