第1080話 通行拒否の理由

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



「我々は既にリュウイチ様が暴挙に及ぶかもしれないという懸念は持っておりません。」


 ゴティクスの説明を引き継ぐようにアルトリウスが起立して発言した。軍人というのは話す時にとかく要約しすぎる癖があるものだが、ゴティクスの少々度が過ぎるところがある。自分が分かっていることは相手も分かるだろうという自分勝手な期待があるようだ。このままゴティクスの説明に任せていては埒が明かないと考えたアルトリウスは現状認識について、多少かみ砕いた説明を始める。ゴティクスはアルトリウスが話し始めたのを見て無言のまま着席した。


「既にお会いになられたマルクスウァレリウス・カストゥス殿はお分かりと思いますが、リュウイチ様はかなり穏やかな性格の御方です。

 御降臨あそばされてから早一か月になりますが、リュウイチ様の御傍に付けた者どもからはリュウイチ様が御怒りになられたというような報告は未だに一度も無いほどです。

 ゆえに、『勇者団』ブレーブスの一団がアルトリウシアに来たとして、リュウイチ様がそれにお気づきになられたとしても、リュウイチ様が突然『勇者団』ブレーブスを攻撃するというようなことは無いでしょう。

 。」


 アルトリウスの説明に会議室が低くどよめいた。

 エッケ島に籠るハン支援軍アウクシリア・ハン……本来、即座に討伐すべき叛乱軍である彼らを野放しにしているのは、戦乱の気配がリュウイチを刺激してその介入を招いてしまうことを恐れていたからこそだった。史上最強のゲイマー 《暗黒騎士》がその力を発揮すれば、一昨年の火山災害など比較にならないほど甚大な被害を及ぼしてしまうかもしれない。そんなことになればハン支援軍を討伐してもハッピーエンドにはならないだろう。得られる戦果に比べ被害が大きすぎるからだ。

 侯爵家と子爵家は共に被害復旧を優先するという名目の下、発見された叛乱軍をあえて攻撃せずにいる。そして実際に家が傾くほどの財政支出を強行して被害からの復旧復興を推し進めていた。これも叛乱が起きたその日、叛乱軍の動向よりも被災住民らの状態を気にしていたリュウイチに配慮し、リュウイチを安心させて不必要な介入を防ぐためであった。

 だがそのリュウイチの介入の恐れが無いというのであれば今の方針を堅持する必要が無くなる。蛮行に対する「血の報復フェーデ」を求める声は領民だけではなく、この場にいる貴族たちのものでもあるからだ。多くの者はエッケ島討伐作戦が前倒しになるかもしれないと期待したし、財務に関係する者たちは今の極端な財政出動の方針が修正され、財政を健全化に向かわせることができるかもしれないと期待した。あるいは今の復旧復興事業の内のいくつかが停止されてしまうかもしれないとも予想した。いずれにせよ、リュウイチは介入しないという軍事担当者の判断はかなり大きな影響があるだろう。


「ウッ、ウンッ!!」


 アルトリウスの失言とその影響に気づいたルキウスは上座からわざとらしく大きな咳ばらいをした。それに驚いたアルトリウスは上座で気まずそうな顔で黙ったまま自分の方を見ているルキウスを見、すぐに自分の軽卒を悟ると慌てて先ほどの自分の発言の修正を試みる。


「あっ、リュウイチ様が御介入されないというのはまだ予測の域を出ない。

 先ほどの発言はエッケ島攻略の即時実施を意味するものではないことはここに明言する。」


 場が落ち着きを取り戻すには至らなかったが、今の状況でエッケ島攻略を早められては困るのはサウマンディア側も同じであったこともあり、マルクスは話題を戻すべくアルトリウスに確認を求めた。


「オホンッ!

 アルトリウス子爵公子閣下、リュウイチ様に『勇者団』ブレーブスの接近を気づかれることは恐れていない……それはゴティクスカエソーニウス・カトゥス殿もおっしゃられていたが、では『勇者団』ブレーブスの側がリュウイチ様に気づかれる方を危惧なされる理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「あ? ああ……

 『勇者団』ブレーブス聖貴族たちコンセクラーティゲイマーたちガメラーエの子孫だからです。

 彼らにとって《暗黒騎士リュウイチ》様は父祖を殺した仇……親の仇を見つけた彼らが何もせずにいるとは考えにくくはありませんか?」


 アルトリウスの答えにマルクスは表情を固くした。言われてみればその通りで、ヴァナディーズの証言によれば『勇者団』は親の顔見たさに降臨を起こそうとムセイオンを脱走してきている。そのような分別の無い行動に走るような者たちが、親の仇を目の前にして何の反応も示さないとは考えにくい。


「し、しかし……確かに《暗黒騎士ダーク・ナイト》は彼らにとって親の仇かもしれませんが、リュウイチ様と《暗黒騎士ダーク・ナイト》は別人なのでしょう?」


「ですがリュウイチ様は《暗黒騎士ダーク・ナイト》の御親戚であり、リュウイチ様の玉体ぎょくたいは《暗黒騎士ダーク・ナイト》のものだそうです。

 その魔力もおそらく《暗黒騎士ダーク・ナイト》と同じ……ならば『勇者団』ブレーブスがリュウイチ様を《暗黒騎士ダーク・ナイト》と見定めてしまったとしてもおかしくはありません。」


「仮にそれで『勇者団』ブレーブスが攻撃を仕掛けたとしても、《暗黒騎士リュウイチ》様の御力なら害されることはありますまい。」


「当然です。

 いにしえの大戦争末期、《暗黒騎士ダーク・ナイト》はたった一騎で世界中のゲイマーたちガメラーエを狩りつくした。その玉体玉体を能力と共に引き継いだリュウイチ様ならば、ムセイオンの聖貴族コンセクラータエ・ムセイオンニィが束になってかかったとしても退けるでしょう。

 むしろ攻撃を仕掛けた『勇者団』ブレーブスの側を心配すべきではありませんかな?」


「むっ!」


 アルトリウスの最後の一言はマルクスへの警告が込められていた。サウマンディアが欲しているハーフエルフたちが、サウマンディアに着く前に皆殺しになっても構わないのかと……。たしかに『勇者団』がリュウイチに攻撃をしかければリュウイチも対応せざるをえないだろうし、リュウイチが本気になればいかな『勇者団』とて鎧袖がいしゅう一触いっしょくだろう。ムセイオンの聖貴族を掻き集めてもおそらく敵いはすまい。いかに魔法などを用いた戦闘に疎くとも、リュウイチに伝説で謳われる《暗黒騎士》ほどの実力があれば、それに挑んだ『勇者団』が全滅するであろう未来は容易に想像することが出来る。


 せっかくハーフエルフとえにしを結べそうな機会が巡ってきているというのに、実際に会う前に全滅されては元も子もない……


「今回の騒動を片づけるというだけなら、『勇者団』とリュウイチ様の衝突をあえて看過するという手もあるかもしれませんが、しかしその時はアルトリウシアもタダでは済まないでしょう。

 アルトリウシアとしてはそのような事態を受け入れることはできません。」


 アルトリウスがダメ押しでそう言い切るとマルクスは難しそうな顔をして低く唸った。


「なるほど、理解しました。

 確かに『勇者団』がこのままアルトリウシアに入るのは避けねばならんようです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る