第1414話 逃げ出したリュキスカ
統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐
『リュキスカ、できればもうちょっと付き合ってほしいんだけど……』
二階の自室へ戻ろうとするリュキスカにリュウイチが呼びかけた。今日は朝からずっと
しかし、今日聞かされた不愉快な話の数々についてリュウイチがリュキスカに良くしようとした結果そうなったというような話ばかりであったし、それらの話についてリュキスカが不快になったのはリュウイチの、いわゆる
階段で立ち止まったリュキスカは悪い感情を押し殺し、表情を何とか取り
「えっと……
『……浄化魔法があるだろ?』
リュウイチはリュキスカにルクレティアに渡したのと同じ
「お化粧だって直したいんだよぅ!
昼と夜でおんなじ格好でいいわけないだろ!?」
『着替えや化粧直しはまだ早いだろ?
それまでには終わるから』
リュキスカが思っている以上にリュウイチはしつこかった。もしかしたら教えることはちゃんと教えてとリュキスカが言ったからリュウイチはこうも一緒に居たがるのだと思うのだが、ひょっとしてアレを根に持ってたりするのだろうか? 思わずそんな邪推をしたくなってしまう。
「えっと……フェリキシムスもいるしさ?」
『それだよ!』
さすがに赤ん坊を盾にすればリュウイチも無理は言うまいと思ったが、リュウイチの反応はリュキスカの期待とは真逆だった。
「何よ!?」
『《
赤ちゃんには魔力が暴走しないように《
赤ちゃんが魔力を暴走させちゃわないようにするためにも、赤ちゃんを連れてきてほしい』
まさかリュウイチの方にフェリキシムスを人質にとられてしまう。
「えっと、アタイが近くにいるし、大丈夫じゃないの?」
『君が近くにいる時でも変な風が吹いたり水が揺れたりしたんだろ?』
そう、リュキスカには魔力は備わっているが、まだ使いこなせるわけではない。並の神官を上回るほどの魔力を持ってはいても、
リュキスカは半歩、階段を降りて身体ごとリュウイチの方へ振り返る。
「な、何とかなんないのかぃ!?
その、兄さんと一緒に居るのが嫌だってんじゃないんだよ。
さすがにフェリキシムスがさ、こうも人前に出ずっぱりだとさ?」
『いや、そうは言っても……』
たしかに生まれついての
「そうだ!
アタイにも何か
丁度いいから《
今だけそいつにフェリキシムスを守ってもらうからさ?」
『え!?』
いや、確かに言った。今朝のことだし、さすがに忘れたとか誤魔化せない。だがルキウスはエルネスティーネに話をつけるまで待っていてほしいと言っていた。ルキウスの要請に従わなければならないような強制力があるわけではないが、しかしリュウイチとしては世話になっている身でもあるしこれ以上迷惑の尻ぬぐいをさせたくはないという思いがある。
『いやでも、それは……』
「いいじゃないさ!
別にソイツを使って何かやらかそうってぇんじゃないんだ。
兄さんが《
別にいいだろ?」
お前もやっていた事だ……と言われるとさすがに反論できない。フェリキシムスを守るためだったとはいえ誰にも断りなく《風の精霊》を使ったのは覆し様のない事実なのだ。
リュウイチの押しが弱まったところでリュキスカは余裕を取り戻す。
「だいたい、アタイが居なきゃいけないような話なのかい?」
『え!? ……いや、別に……』
「じゃあ別にいいじゃないさ」
リュウイチは無意識に援けを求めて周囲の奴隷たちの顔を見まわした。だが、さすがに奴隷たちもリュウイチよりはリュキスカの言ってることの方が理解できる。そもそもここは
味方を得られないリュウイチにリュキスカはこれ以上は無いと安堵した。
「兄さんさ」
リュウイチの注意がリュキスカに戻る。
「アタイは確かに色々教えてって言ったよ?
でもそれはさ、アタイに話をしてって言ったのよ。
コミュニケーションよ、コミュニケーション……分かる?」
『ああ……うん』
「兄さんがアタイに一緒に居てっていうのはさ。
アタイが知っとくべきことを兄さんが話さなくてもアタイが分かるようにってことだよね?」
『いや、うん……そう、かな?』
「それってアタイとコミュニケーションとらなくてもいいようにってことじゃないの?」
リュウイチが言葉を失ったのは図星を突かれたからか、それとも意図せぬことを言われて失望したからなのか、それはリュウイチの表情を見る周囲の者たちには判断ができなかった。
「兄さんがさ、アタイのこと好きになってくれて、それで一緒にいたいっていうんならアタイも嬉しいけどさ。
でもそうじゃないんならさ。
ましてアタイと話をしたくないから一緒に居てっていうのならさ、アタイも困ンだよね」
「
ネロが見かねたように口を挟んだ。リュキスカの言いたいことは分かるし、多分正しい。リュウイチがリュキスカを過剰に連れまわそうとするのは色々と問題だし正直やめてほしいとも思う。だが、奴隷とは言え他の者たちがいるところで女のリュキスカが男のリュウイチをこうまで一方的に𠮟りつけるのはレーマ帝国の一般常識や規範的に許されることではなかった。
ギロっと睨むリュキスカにネロはあえて胸を張ってお堅い姿勢を取る。
「
そのあたりになさってはいただけないでしょうか?」
リュキスカはフンッと鼻を鳴らすと
二階へ上がっていくリュキスカを見送りながら、リュウイチと奴隷たちは期せずして同時に溜息をついた。
『オト』
赤ん坊用のオシメなどの入った籠を抱えたオトがリュキスカの後を追おうとするのをリュウイチが呼び止める。
『済まないが後でリュキスカにどの
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