第1187話 不敵

統一歴九十九年五月十日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



「おおっ」


 毅然きぜん……カエソーらにはペイトウィンの態度はそのように見えた。実際はめられまいと見栄を張っただけだったが、カエソーは顔をほころばせる。


 やった!

 ムセイオンのハーフエルフ様!!

 しかも世界で最も聖遺物アイテムを有するペイトウィン・ホエールキング二世!!!


 大金星である。控え目に行っても大手柄と言っていいだろう。世界で最も高貴な聖貴族を“保護”したのだ。帝国の最南端という辺境の地では、どれだけ望んでも得られないチャンスを掴んだ……カエソーが思わず相好そうごうを崩してしまうのも無理はない。が、カエソーの浮かべた笑みはペイトウィンを身構えさせることになった。

 世界で最も高貴な存在、ゲイマーガメルの血を引く聖貴族……その魔力は無限の富と名声と権力とを生み出す源泉となるだろう。その聖貴族に女をあてがい、あわよくばその血筋を我が一族に取り込みたいと願う貴族は後を絶たない。ましてや世界で最も多くの聖遺物アイテムを保有することで知られるペイトウィンともなれば、取り入りたいと擦り寄って来る者は文字通り掃いて捨てるほどいるのだ。そしてペイトウィンに取り入ろうとする下賤げせんの者たちがペイトウィンに会った時、その名乗りを聞いた時、決まって浮かべる表情が今のカエソーが浮かべているのと同じものだった。


 つけ入らせないぞ……められてたまるか……


 ペイトウィンは胸を張り、顔をあげ、たいして背丈に差のないカエソーを見下ろすような姿勢を取った。


「貴様のことは知っているぞ。

 サウマンディアの伯爵公子だったな?」


「おお、御記憶でしたか!?」


 身分を言い当てられたカエソーの表情は輝かんばかりに明るくなった。だが、ペイトウィンの方の表情と態度は相変わらずである。いや、一度無表情になったその顔には、再び本人も意識していない笑みが浮かび始めていた。


「うむ、アルビオンニウムの神殿前で名乗っていたであろう?

 あの時、私もあの場に居たのだ。」


「いかにも、私はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子です。

 あの暗がりでよくぞ……ああ、軍装ロリカですかな?」


 ケレース神殿テンプルム・ケレース前で初めて『勇者団』ブレーブスと対峙した時、空には満月が輝いていたとはいえ夜中の事、とてもではないが個人の顔を見極めることなど難しかったに違いない。実際、カエソーはあの時見たはずのペイトウィンの顔を覚えてはいなかった。しかしペイトウィンはピタリとカエソーの身分を当てて見せた。そこでカエソーは自分の身にまとっているロリカのせいで判別が出来たのだろうと当たりを付けたのだった。

 レーマ軍では全将兵に装備が支給されるが、裕福な者は自弁によってより質が高く、より目立つ格好を調達し身に着ける。軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム以上の高級将校ともなると基本的に実家が貴族ノビリタスなので、支給される装備品で身を固めるのはむしろまれだ。ましてカエソーのような上級貴族パトリキともなると、その存在を誇示するために派手な軍装になるのが普通である。実際、カエソーはムキムキの筋肉をかたどった鋼鉄製の筋肉鎧ロリカ・ムスクラタを身に着けていた。アルビオンニウムでの合戦の時も身に着けていたし、今もペイトウィンを迎えるために夕食後にわざわざ身に着けてからここへ来ている。ブルクトアドルフで銃撃を受けた際も身に着けていたが、あの時は不運にも鎧の隙間から被弾していたため、鎧は役に立ってくれていなかった。いや、それ一つで豪華な屋敷が一つ建つような鎧が銃撃で傷つかなかったのは幸運だったと言って良かったのかもしれない。


 自慢げに自分の鎧を見下ろすカエソーにペイトウィンは鼻を鳴らした。


「あの時は暗視魔法というのを使っていたのだ。」


「暗視魔法?」


「そうだ、使えば暗闇でも昼間のように見通すことが出来る魔法だ。」


 お前のチャチな鎧なんかイチイチ憶えているもんか……相手の自慢する物をおとしめることで自分が如何いかに優れているかをアピールし、立場の違いを強調して自分の優位を確保するのはペイトウィンの常套じょうとう手段である。が、今回は逆効果だったようだ。


「おお、ということは私の顔を憶えていてくださったのですな!?」


 却ってカエソーを喜ばせてしまったペイトウィンは内心で舌打ちし、思わずプイッと顔を背け、周囲を見回した。それから今度はルクレティアに顔を向ける。


其方そなたがルクレティア・スパルタカシア嬢だな?」


 ペイトウィンに逢えたことを喜ぶカエソーとは対照的に、ルクレティアは頭から被っていた外套パエヌラの胸元をギュッと握りしめて身構える。ルクレティアが警戒していることを察したペイトウィンは、それまで緊張ゆえに浮かべていた笑みを、今度は相手より優位に立てている安心感ゆえに強調する。


「ファドが言っていた。

 手練てだれのホブゴブリン三人に守られているとな。

 お前たちがそうか……」


 言われてリウィウスとヨウィアヌス、そしてカルスの三人は緊張を新たにする。三人にとってファドとの対戦は悪夢のようだった。血の流れない実戦と評されるほど厳しいレーマ軍の戦闘訓練で鍛えられたホブゴブリン三人を、それもリュウイチから下賜されたミスリル製の武器で身を固めたリウィウス達三人を同時に相手取り、互角以上の戦いをしてみせた強敵……あの時ルクレティアの魔法支援が無ければ、《地の精霊アース・エレメンタル》の加護が無ければおそらくリウィウスたちは今生きてこの場に立ってはいられなかっただろう。

 ペイトウィンを警戒するホブゴブリンたちの姿にペイトウィンはフッと笑ってみせた。彼にとって、怖がられることは自らの優位を証明し、安心と安全とを示すものであり、喜ぶべきことだったからだ。


「フッ、安心しろ……お前たちを攻撃する意思は無い。」


 しかし、ペイトウィンが続けて口にしたことは、彼らを驚愕させるに十分なものだった。


「私はお前たちの主人に逢いたいのだ。

 お前たちと、《地の精霊アース・エレメンタル》様を従える主人にな。

 私は、そのために来た。」


 ルクレティアが、リウィウスが、ヨウィアヌスとカルスが、そしてカエソーまでもが驚き、目を丸くして息を飲む。


 まさか……リュウイチ様の降臨に気づいている!?

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