第1188話 失態
統一歴九十九年五月十日、夜 ‐
目の前にいるレーマ人たちの表情の変化から、ペイトウィンは敵の虚を突いたことを確信し、口角をニィッと吊り上げる。
「どうした?
会わせてもらえるんだろう?」
カエソーは思わずルクレティアを、ルクレティアはカエソーを見る。リウィウスたちは姿勢をわずかに低く身構え直し、グルグリウスもまたペイトウィンに向けた目を丸くした。もっとも、グルグリウスのそれは「何言ってんだコイツ?」という類の表情であったが……。
「会わせてもらえないなら来た甲斐が無いな。
私はこのグルグリウスがあの《
まるで虜囚という自分の立場を忘れたかのようにペイトウィンは声を張った。この中庭にいる兵士全てにも間違いなく聞き取れるように意識しているかのようだ。自分は捕まって連れてこられたのではなく、意図して大人しく着いてきたんだ……そうアピールしているかのようである。
『グルグリウス、
さすがに《地の精霊》も気になったのか、念話でグルグリウスだけに問いかける。普段から目立たぬように姿を隠し、更に人間の俗事にはまるで関心が無いかのように振る舞っている《地の精霊》だが、自らの存在を秘したいと欲している主人リュウイチの意に反して
問いかけられたグルグリウスは《地の精霊》の意を察し、口も表情も動かさずに念話で返答する。
『
『ではコヤツは何を知ってこのようなことを?』
『何も知らぬ筈です。
しかし、悪知恵の働くハーフエルフのこと、おそらく目ぼしい情報の断片から、強大な魔力を有する尊き御方の存在を察したのでしょう。
強すぎる《
グルグリウスは自分が口を滑らせたことには触れなかった。しかし、グルグリウスが言った事柄からは確かに《地の精霊》の背後に強大な魔力の持ち主の存在を予想するのは難しくは無い。ただ、そんな常識はずれな魔力の持ち主が居るのかという疑念に邪魔されさえしなければだ。異常な事態を解明するのに役立つのは広範な知識と情報だが、もっとも足かせになるのは常識だ。常識にとらわれない発想力と、常識を合理的に疑う理性……若いハーフエルフがそれらを備えていたとしても不思議はない。
『娘御よ。』
「ア、《
唐突に呼びかけられたルクレティアが思わず口からその名を呼んでしまう。それに気づいたカエソー、ペイトウィン、そしてグルグリウスが一斉にルクレティアの方を見た。が、ルクレティア自身は《地の精霊》に呼びかけられた時点で、まるで神託を受ける巫女のように目を閉ざしてしまっていたので彼らの視線には気づかない。
『娘御よ。聞くがよい。
ただ、ワシのような
「
ルクレティアが目を閉じたまま眉を
「オイ、ブラフって何だ、無礼者め!
俺はハッタリなんか行ってないぞ!?」
先ほどまでの余裕ぶった笑みはどこへやら、ペイトウィンは血相を変えて声を荒げる。が、一歩踏み出したところでカルスとヨウィアヌスが具足を鳴らして身構え、同時にグルグリウスが腕を伸ばしてペイトウィンの行く手を阻んだ。ペイトウィンはホブゴブリン兵二人を見、次いで自分を睨みつけるグルグリウスの目を見るとチッと小さく舌打ちして引き下がった。
『
安心するがよい。』
「ありがとうございます《
「オイっ!」
ルクレティアが礼を言って目を開けたところですかさずペイトウィンが声をあげた。
「お前! お前がルクレティア・スパルタカシアだな!?」
人差し指を突き付けて問うペイトウィンを見かね、グルグリウスがその前にズイッと立ちはだかる。それが普通の人間だとしても体重差が数倍にはなるであろう巨漢の放つ威圧感に、さしものペイトウィンもたじろいだ。
「な、何だよ?」
「あまり無礼な態度は聖貴族として相応しくありませんな、ペイトウィン・ホエールキング様?」
ペイトウィンの名前を特に強調し、自分の立場を再認識させる……これは感情に流されて我を忘れかけている人間に対しては意外と有効な手だ。特に世間体を気にするタイプの人間には効果的で、貴族ともなれば
「ア、アッチが先に無礼を働いたんだぞ!?
自分から話し合いたいと言っておきながらティフの手紙を無視するし、昨日も俺の手紙を無視した!
しかもさっきは俺の言うこと
「それでもっ!」
尚も言い募るペイトウィンをグルグリウスは威圧で黙らせる。
「おおよそ紳士たる者ならば、御婦人にそのように接するのはいかがなものですかな、ペイトウィン・ホエールキング様?」
「ああ、悪かったよ!」
カエソーやルクレティアたちは驚いて目を丸めた。ペイトウィンはそれには気付きもせず、グルグリウスに向き直る。
「ああ、今のは、ちょっと……アレだ。貴族らしくなかった。
ああ、改めるよ。済まなかった。忘れてほしい。」
反省の弁を述べるペイトウィンだったが、よく見るとグルグリウスに対して言っているようで、その目は誰も見ていない。強いて言うならグルグリウスの胸と腹の間ぐらいを見ているのかもしれない。一応反省の言葉を言いつつも誰とも視線を合わせないことで自身のプライドを無意識に守っているのかもしれない。
本来なら保護者が注意し、矯正してやるべき悪癖だろう。が、この場にペイトウィンの保護者は居なかった。誰もそんな役目を引き受けようとはしなかったし、そんな役目の人間をまだペイトウィンが必要としているとは誰も想像すらしていなかったのだ。
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