第1142話 黒幕は?

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 グルグリウスはジロッとペイトウィンを見返した。しかしその視線に刺す様な鋭さは無く、表情も柔和ではないが険しいとも言い難い。

 『勇者団』ブレーブスはここのところずっと未知の相手に翻弄ほんろうされ続けていた。世間知らずな彼らはムセイオンを脱走してからずっとトラブル続きではあったが、しかしおおむね自分たちで解決できる程度のものでしかなかった。だがこのアルビオンニウム属州へ脚を踏み入れてから……いや、ブルグトアドルフで最初の襲撃に失敗して以来か、自分たちの力では対処できない想定外の事態が立て続けに起こっている。その元凶がこれまで会ったこともなかった強大な精霊エレメンタルたちの存在だ。

 最初にブルグトアドルフで、次いでアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースで『勇者団』を撃退した《地の精霊アース・エレメンタル》。アルビオンニア湾口でペイトウィンの魔法攻撃を阻んだアルビオーネと名乗る《水の精霊ウォーター・エレメンタル》、そしてブルグトアドルフで遭遇した《森の精霊ドライアド》……いずれも神にも等しい『精霊の王』プライマリー・エレメンタルに値する実力の持ち主で、今もペイトウィンの目の前にいるグルグリウスを貧弱なインプから誰も敵いそうにない化け物モンスターへと進化させた張本人だ。

 彼らはおそらく繋がっている。『勇者団』でもその程度は把握しているが、どこにどういう精霊がいてどうつながっているのかまでは把握できていない。そして何故彼ら神のごとき精霊たちが『勇者団』の邪魔をするのかも、明確には分っていない。

 おそらく、『勇者団』は知らない間に誰かを怒らせてしまったんだろう。だからその誰かが仲間たちを通じて『勇者団』に妨害を加えているのだ。ティフを始め『勇者団』のメンバーたちはそのように予想している。しかし、その黒幕となっている者がどこの誰なのか、そしていつどういう理由で怒らせてしまったのかは想像すらついていない。

 ティフはその黒幕の正体をつきとめ、和解しようと画策している。ティフのその考え自体は間違っていないだろう。『勇者団』もティフのその考えには同意し、全員で一致して協力もしている。だが、その対応は遅きに失しているのかもしれない。

 現に《地の精霊》はグルグリウスを派遣し、ペイトウィンを捕まえてしまった。ペイトウィンは『勇者団』にとって魔法攻撃職の要である。魔法攻撃のエキスパートであり、遠距離攻撃の主力だ。そして同時に彼が多数携行している魔法鞄マジック・バッグは『勇者団』の補給物資の多くを終了する輸送隊長でもあったのだ。その彼が精霊たちの側の手に陥ちたということは、『勇者団』の戦力はほぼ半減したと言って良い。


 この絶望的な現状を覆すには、精霊たちの相関関係を把握し、黒幕の正体と居場所と目的とを知らねばならない。


 グルグリウスはジッとペイトウィンを無言のまま見つめ続けた。ペイトウィンもいつもの彼ならここで反応のないグルグリウスに苛立いらだちを募らせたかもしれない。 俺の話を聞いてなかったのか?! 俺が質問したんだからちゃんと答えろ!! ……と。だが今のペイトウィンはグルグリウスが自分の話をちゃんと聞いてくれていたと確信できていたし、グルグリウスが自分を無視しているわけでもなく答える準備をしているのだと察することが出来ていた。ペイトウィンが珍しく大人しくグルグリウスの反応を待つことが出来ていたのは、グルグリウスが怖かったからというだけではない。

 ペイトウィンを見つめ続けるグルグリウスは答えるべきかどうか、どこまで教えてやっていいか迷っていた。そして自分の周りについては教えてやってもいいだろうという判断に達する。フッと小さく息を吐くと、顔はわずかにペイトウィンの方へ向けたまま視線は前方へ戻す。


「《森の精霊ドライアド》様は我があるじ地の精霊アース・エレメンタル》の眷属……《森の精霊ドライアド》様と吾輩わがはいはいわば義姉弟の関係にあります。」


 口早に、だがハッキリとそう答えたグルグリウスにペイトウィンは目を見開いた。


 やっぱり!!

 捕まえたナイスを《地の精霊アース・エレメンタル》に献上したとか言ってたから繋がってるのは分ってた。でも眷属だったなんて……


 ペイトウィンは膝立ちになって檻に詰め寄ると、質問を重ねる。


「じゃ、じゃあア、アルビオーネ様は!?」


「アルビオーネ様???」


 何を言い出すんだ? ……グルグリウスは寝言でも聞かされたかのような顔でペイトウィンを見返した。


「《水の精霊ウォーター・エレメンタル》だ。

 北の海峡をつかさどる、神様みたいに強大な精霊エレメンタルだ。

 知ってるだろ!?」


 あぁ、あの海峡の……


 だがグルグリウスにアルビオーネという名前を聞いた覚えは無かった。あのように激しく潮流がぶつかり常に渦を巻いているような海峡ならば《水の精霊》が宿っていてもおかしくはない。実際、過去にアルビオン海峡に近づいたインプの一匹が強大な精霊の気配を感じたことはあった。だから海峡を司る《水の精霊》がいるのは間違いないだろう。

 しかしだからといって当の《水の精霊》を直接見知っているわけではなかった。そもそも強大すぎる精霊は人間など相手にしないし興味も持たない。人間よりもさらに脆弱ぜいじゃくかつ矮小わいしょうなインプなら余計だ。海峡を司るほどの『精霊の王』プライマリー・エレメンタルが人間たちの前に存在を示すことなど、おそらくこれまでなかっただろうから存在を知られていないのは当然だ。

 グルグリウスは目をそらして考え込んでいたが、すぐに何か吹っ切れたかのように前方へ視線を戻す。


「存じませんな。」


「嘘だろ!?」


「嘘ではありません。

 あの海峡なら司る一柱の《水の精霊ウォーター・エレメンタル》がおわしたとしても不思議ではありませんな。

 ですが、少なくとも吾輩わがはいはそのような《水の精霊ウォーター・エレメンタル》様にお会いしたことはありません。」


 にべもなく突き放す様なグルグリウスをペイトウィンはジトッとした目で睨んだ。疑う目である。もちろんグルグリウスは気にしない。


「ア、アルビオーネ様は俺たちのことを知ってたぞ?」


「ほう?」


 グルグリウスはまるで酒場で偶然隣に座った酔っ払いが始めたホラ話を聞くように半笑いを浮かべながら驚いて見せた。海峡を司るような精霊が、たとえハーフエルフであったとしてもただの人間のことを知っているとは思えない。


「ホントだぞ?

 もちろん、俺たち一人一人について知ってたわけじゃない。

 アルビオーネ様は言ったんだ。

 俺たちハーフエルフが許可なく海峡を渡ることを許さないって……それはアルビオーネ様が忠節を捧げる御意ぎょいだって。」


「ほう?」


 それはグルグリウスも初めて聞く話だった。ペイトウィンが嘘をついているようにも思えないので素直に驚いて見せる。だがペイトウィンにはグルグリウスのその反応は韜晦とうかいに思えたのかもしれない。そのまま檻に顔をめり込ませるようにしながらグルグリウスに少しでも近づけると、声を低くした。


「アルビオーネ様が忠節を捧げる御方、それとお前の主人 《地の精霊アース・エレメンタル》様を動かしている存在……ひょっとして同一人物なんじゃないのか?」


 グルグリウスの反応は無かった。まるで顔だけ石像になってしまったかのように表情が固まり、変化が見えない。目の開き方、眉の持ち上げ方は先ほどの少し驚いた時のままだが目から下は弛緩している。全体としては鳩が豆鉄砲を食ったような顔というよりは、飼い主の悪戯に気づいてしまったバセット・ハウンドが面倒くさそうにしている顔だ。

 核心を突く質問を突き付けた自分を内心で少し誇らしく思っていたペイトウィンはグルグリウスの思わぬ反応に肩透かしを食らい、やがて冷静さを取り戻す。いや、冷静さを取り戻したというより気分が冷めたとでも言うべきか……期待に動かされていた表情筋を急速に弛緩させていく。グルグリウスは再び前を向いた。


「残念ながら、吾輩わがはいは存じません。」


「とぼけるのか?」


 ペイトウィンの声は不満ゆえに低い。


「いいえ。

 まず先ほども申しましたように吾輩わがはいはアルビオーネなる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》様を知りません。

 また、《地の精霊アース・エレメンタル》様の主人たる御方も存じません。

 お会いしたこともありませんし、教えられても居ないのです。」

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