第1143話 突き付けられる真実

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「なぁ、聞けよグルグリウス。」


 突き放されたペイトウィンはしかし諦めなかった。というより、突き放されたことに気づいていなかった。グルグリウスは前を向いて、つまりペイトウィンの方を見ないで答えていた。だからグルグリウスは本当に知らないのではなく、知らないと嘘をついている、黒幕のことを隠そうとしていると考えたのだ。


「何です?」


「『勇者団俺たち』はお前の主、《地の精霊アース・エレメンタル》様の背後にいる御方のことを知りたい。

 その御方と戦うためじゃないぞ?

 話し合いたいと思ってるんだ。」


 ペイトウィンの猫なで声にも似た妙な気配を含んだセリフに、グルグリウスはいかにも胡散臭うさんくさそうな視線を向けた。


「本当さ!

 俺はアルビオーネ様に会った時から、戦っても勝ち目がないって気づいてたんだ。

 だから俺がティフを説得して、『勇者団』ブレーブスに無暗に誰彼かまわず戦いを挑ませるのを止めさせたんだ。」


「ティフ?

 ティフというと、ティフ・ブルーボール様ですか?」


 『勇者団』と戦ったことがあるはずの《地の精霊》も《森の精霊》も、そして実はアルビオーネさえも、『勇者団』のことはよく知らない。どうでも良い存在なので憶えようという気もそもそもなかった。だからグルグリウスが得ているペイトウィン周辺の知識は実質的依頼主であるカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子と、昨夜知り合った盗賊クレーエの二人から得たものでしかなかった。カエソーは一応、メークミーやナイスといった捕虜から得た情報で『勇者団』の目的と構成メンバーを把握していたが、構成メンバーの詳細についてまでは知らなかったし、メークミーやナイスから得た情報が本当に正確かどうかという確証も持っていなかった。そしてクレーエに至っては昨夜、ペイトウィンが倒されるまで『勇者団』が本物の聖貴族だとは知らなかったくらいだから、ほとんどまともな情報は持っていなかった。ゆえに、グルグリウスも予備知識は与えられてはいたものの、話半分程度にしか考えていなかった。

 ただ、ティフ・ブルーボール二世という名はこの世界ヴァーチャリアでは知られており、グルグリウスもインプの集合知によって事前に承知していた。


 ティフのこと知ってんなら話は早い! ……ペイトウィンは自信を深めて続ける。


「そうさ!

 ティフは『勇者団俺たち』のリーダーだ。

 アイツら馬鹿で見境ないからな、NPCなんて殺してもいいし、敵対する奴は全部やっつければいいって考えてんだ。な、馬鹿だろ?

 けど俺は、勝てない相手もいるんだぞってティフに教えてやって、『勇者団』ブレーブスの方針を戦いから話し合いに変更させたんだ。」


 本当はそんなことは無いのだが、ペイトウィンの中ではペイトウィンがティフを説得したことになっているらしい。もちろん実際はペイトウィンはティフの無謀を冷笑的に批判しただけで『勇者団』の方針について積極的に影響力を及ぼしたわけではなかった。

 グルグリウスはそうした『勇者団』の内部事情など知っていたわけではないが、しかしペイトウィンの言っていることが真実であるとも思えず、ますますその視線の懐疑の色を強める。ペイトウィンはその冷たい視線に何か心の奥がザワザワするような感覚を覚えた。


「な、何だ、信じないのか?」


 先ほどまでの自信と期待が作りだしていた笑顔を緊張で張り付かせながらペイトウィンが訊くと、グルグリウスは全てを見透かしたかのように鼻で笑った。


「まあ、そうですね。」


「何でだよ!?

 俺がアイツらのやり方を否定して辞めさせたのは本当のことだぞ!

 何ならエイーに訊いてみろよ!

 《森の精霊ドライアド》様の預けてるんなら、訊けるだろ!?」


 ペイトウィンはむきになったように語気を強める。その顔は笑ったままだが目からは笑みが消えていた。うまくいかない時、ストレスを感じている時、そして緊張を強いられている時、無意識に表情筋を緊張させ、笑ったような顔を作ってしまうのはペイトウィンの、彼自身も気づいていない悪癖だった。が、その表情からペイトウィンの本当の感情を見抜いてくれる人は極めて少ない。グルグリウスも当然、ペイトウィンに寄り添ってくれる人物ではなかった。ペイトウィンのその語り口、その表情からペイトウィンが嘘をついていると断定し、皮肉な笑みを返す。


「誰かに訊くまでもありません。」


「何でだよ!?」


 冷徹なる拒絶……ペイトウィンでもさすがに理解できる。その表情は相変わらず引きつった笑みを張り付かせたもののままだが、自分自身を根底から全否定されてしまいそうな不安に抗うようにペイトウィンは声を荒げた。第三者の目には今のペイトウィンは声と表情が完全に乖離して見えることだろう。それはグルグリウスでなくてもペイトウィンを不誠実な人間だと感じずにはいられない。グルグリウスはヤレヤレと呆れを露わにした。


「勝てない相手だから戦いから話し合いに方針を変えたとおっしゃいましたか?」


「そうだ!

 当然だろ!?」


 嘲笑するようなグルグリウスにペイトウィンは反駁はんばくする。


 自分は間違ったことは言っていない。今までだって間違ったことはやってこなかった。そりゃ多少は失敗はあったかもしれないが、ケアレスミスみたいな小さい失敗であって、根本的な所で大きく間違えたことなんか一度だって無い。その自分を不当におとしめようとするなら名誉にかけて徹底的に戦ってやる!


 だがグルグリウスはギロッと本格的にペイトウィンを睨みつけた。ギクリとしてペイトウィンが気圧けおされ、唾をのむとグルグリウスはペイトウィンを睨みつけたまま口だけを動かしてセリフをしゃべり始める。


「『どれだけ相手が強大でも恐れず挑み、何回負けても諦めずに戦い続け、最後は必ず勝つ……それが勇者だ。お前も少しは根性見せて見ろ。』

 貴方様はかつて、命乞いをするインプに偉そうにそう言ったではありませんか。」


 グルグリウスの視線に込められたものが純然たる憎悪であることに気づいたペイトウィンは今度こそ表情を消し、目を剥き、そして檻から離れた。しかしグルグリウスの赤く燃える目はペイトウィンの視線を捉えて離さない。


「その後、楽しそうにそのインプを御得意の《火炎弾ファイア・ボール》で殺しましたよね?

 吾輩わがはいはその時のことを、よ?」


「いや、あ、あの……それは……その……」


 何か言わねば……と、必死に言葉を探しながら口籠くちごもるペイトウィンにグルグリウスは弁明の機会を与えない。


っ!

 あれから何度も殺され続けたインプは生まれ変わり、今やグレーター・ガーゴイルとなって見事、貴方様を一撃のもとに倒しました。」


 今まで向き合う機会すらなかった自分自身の真実を、更に昨夜の屈辱をも突き付けられたペイトウィンはついに耐えられなくなり、グルグリウスの視線から目を反らした。グルグリウスは勝利の一撃を食らわせたことを察すると、強めていた語気を低く落ち着いた者へと変える。


「たしかに、最後は勝利を収めることができたわけですな。」


 しかし、話をそこで終わらせはしない。残酷なとどめの一撃はその穏やかな口調で繰り出される。


「次は貴方様の番ではありませんか?

 いやしくも『勇者団』ブレーブスなどと名乗っておられるのだ。

 あの日インプに語ったように話し合いなどに逃げず、敗北を恐れず戦い、死んでそして生まれ変われば、今度こそ真の勇者になれるかもしれませんよ?」


 ペイトウィンは、今度こそ言葉を失った。

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