第1141話 ドライアドは……

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 グルグリウスがまるでペイトウィンに対して興味を失ったかのように前を向く。馬型の《藤人形ウィッカーマン》の中で揺られながら、ペイトウィンは徐々に落ち着きを取り戻していく。


 そ、そうだよな……

 殺すわけない。そう、俺のことを殺すわけがない。

 そうだ、あのスパルタカシアとかいう奴のところへ連れて行くって話だし……

 少なくとも今は大丈夫だ。

 そう、俺は大丈夫……俺は……俺は?


 ペイトウィンは今更ながら自分が一人なことに気が付いた。昨夜、捕まる前はペイトウィンは一人じゃなかった。エイー・ルメオがいたし、あとNPCにしては役に立ってくれたがやけに生意気な盗賊どもが一緒だったはずだ。だが、彼らの姿は今どこにもない。


 エイーはどうなったんだ!?


「お、おいっ!」


 《藤人形》の胴体の檻の中、グルグリウスがいる側とは反対側に背中を預けてへたり込んでいたペイトウィンは大事なことを思い出すと身体を起こし、やや躊躇ためらいがちに声をかける。グルグリウスは特に気にもしない様子で前を見たまま声だけで答えた。


「何です?

 トイレでしたら構わないのでそのまま中でしてください。」


「な、何だと!?」


 エイーのことを訊くつもりだったペイトウィンは予想外の答えと、その答えが意味するあまりの仕打ちに思わずグルグリウスがいる側の檻に再びしがみついた。グルグリウスは面倒くさそうにわずかに眉をひそめはしたものの、相変わらず前方を見ながら歩き続ける。


「申し訳ありませんが、今夜のうちにグナエウス砦ブルグス・グナエイに行かねばならぬのです。

 通常なら人の足で二~三日はかかる行程を一日で踏破しなければなりませんから、イチイチ止まって貴方様をそこから出して差し上げることなどできないのですよ。」


 ペイトウィンが捕まったブルグトアドルフからシュバルツゼーブルグまで軍隊の行軍速度で一日、シュバルツゼーブルグからグナエウス砦までやはり一日の距離だから人間の脚力では確かに最短でも二日はかかるだろう。なのに早朝に立ってその日の夜に到着しようというのだからかなりな強行軍と言える。


「なるべく最短距離で行くつもりですが、何分なにぶん山道ですからね。」


 捕えられたペイトウィンの姿もそれを運ぶ《藤人形》の姿も人に見られるわけにはいかない。人目を避けるためには街道を避けねばならず、山道を通るのは仕方ない。ならばせめて最短距離をとライムント街道から大きく西へ外れた森の中を突き進んでいた。

 よく見ればグルグリウスは結構な速さで脚を動かしており、周囲の景色も流れる用だ。グルグリウスは上半身をほとんど動かさずに歩いていたので気づくのが遅れたが、まるで馬の速足はやあしくらいの速度は出ているだろう。ペイトウィンを載せた《藤人形》にしても、ペイトウィンを載せた胴体を上下に揺らさないように巧みに脚を動かしており、着地の際の振動や衝撃はほとんどない。ペイトウィンが感じている揺れは地面の凹凸を乗り越える際にやむなく生じてしまう上下動によるものだけだったのだ。驚くべき技術であり、ペイトウィンは思わず我が目と己の感覚を疑った。


 なるほど急ぐのはわかる。

 だけど、だからって貴族にこんなところで用を足させるか!?

 いくらなんでもあんまりだろ!!


「お、お前、飛べるんだから空を飛んで運べばいいだろ!?」


「飛んだら人目に付くではありませんか。

 空には人目を避けるものなどないのですから、少なくとも日中は空を飛ぶのははばかられます。

 貴方様とて衆目に姿を晒したくはありますまい?」


 ペイトウィンは抗議したが、その返事には黙らざるを得なかった。さすがに栄光あるペイトウィン・ホエールキングの名を継ぐハーフエルフが、みっともなく虜囚の身になっている姿を晒すなどできない。捕虜になった、そのことを知られるのはまあ仕方ないにしても、こうして檻に入れられて何もできないでいる姿を仲間に晒すなど堪えられない。特にスモル・ソイボーイあたりに見られたら最悪だ。スモルはクプファーハーフェンへ向かってる最中だから見られることは無いだろうが……


「まあ、最終的に間に合いそうになければ飛びますとも。

 その時はその《藤人形ヴィミネイ》ごと運んで差し上げましょう。」


「そ、そうじゃない!」


 話を切り上げようとするグルグリウスだったが、仲間に見られたくないという気持ちから再び仲間の存在を思い出したペイトウィンが話を戻そうと試みる。ペイトウィンは守ってやるはずだったエイーがどうなったのかぐらいは知らなければならなかったのだ。何故ならグルグリウスに敗れて捕まる前、エイーにダメージを負わせてしまったのはペイトウィン自身の失敗のせいだったのだから……


「トイレの話じゃなかったのですか?」


「エイーだ!

 エイーはどうなった!?」


「エイー?」


 まるでとぼける様なグルグリウスの態度にペイトウィンは苛立ち、少しばかり声を荒げる。相手が自分より強くて敵わない存在だとしても、ペイトウィンはアンガーマネジメントが苦手なのだ。


「俺の連れだ!

 俺と一緒にいた奴がいたろう!?」


「ああ、あの盗賊の……」


「エイーは盗賊じゃない!!」


 再び立場を忘れたかのようにムキになるペイトウィンにグルグリウスは少し困った様な顔をして首をひねる。


「大丈夫ですよ。彼らは無事です。」


「無事だと!?

 本当か?」


「ええ、本当ですとも。

 彼らの身柄は《森の精霊ドライアド》様がお預かりになっておられます。」


「《森の精霊ドライアド》様ぁ!?」


 ペイトウィンは頓狂とんきょうな声をあげ、グルグリウスは苦笑いを浮かべていた顔をうるさそうにしかめてペイトウィンの方を向いた。


「ええ、御存知でしょう?

 ブルグトアドルフの《森の精霊ドライアド》様はあのエイー・ルメオという少年とクレーエという盗賊のお友達でいらっしゃる。

 《森の精霊ドライアド》様が友達を守るとおっしゃられたので、お預けしたのですよ。

 もともと吾輩わがはいの任務に彼らのことは含まれておりませんでしたしね。」


 《森の精霊》がエイーとクレーエのことを気に入り、魔法の杖マジック・ワンドを作ってプレゼントしたことはペイトウィンも知っている。ティフからもエイーからも聞いていたし、エイーもクレーエも昨夜はそのワンドを使って《森の精霊》と念話をしていた。

 あれはペイトウィンが予想していたよりずっと高性能な杖だった。ナイス・ジェークを捕まえ、スモルとスワッグが全力で挑んでも手も足も出なかったほどの精霊エレメンタルがエイーはともかく、NPCの盗賊ごときを友達にするなんて半信半疑だった……というか、本当は何かの間違いで事実ではないだろうとペイトウィンは思っていたが、あれほどの高性能な魔法の杖をプレゼントしたということはやはり本当だったのだろう。その《森の精霊実力者》がエイーを守るというのなら、確かに安全なのかもしれない。

 だが、そうなると気になることがでてくる。彼ら精霊たちの関係だ。


「お、お前は《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属になったとか、言ってたよな?」


「はい、申しましたが?」


「あの《森の精霊ドライアド》様も《地の精霊アース・エレメンタル》様と繋がっているって話だった。

 実際はどういう関係なんだ?」

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