第891話 インプの協力
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
その様子は見る者の哀れを誘うには十分なものだった。黒く、小さく、醜く、卑しいインプではあったが、宝物と信じていた金貨が黄銅貨にすぎず、騙されていたと知った後の酷く気落ちした様子を見ていて気の毒に思わない者などこの場には居なかったであろう。
当初、それが黄銅貨だと教えられたインプは信じようとしなかった。これは金貨だと訴えた。だがカエソーが右手の指にはめていた金の指輪を一つ外して比べさせる。
「見ろ、これは本物の金の指輪だ。
大きさはセステルティウス貨より小さいだろう?
だが、重さはどうだ?」
インプは自分の黄銅貨を置き、二枚のセステルティウス貨と並べられた金の指輪を飛びつくように手に取ると、その重さに愕然としたようだった。
指輪の直径はセステルティウス貨より大きい。だが指輪は指輪だ。真ん中に指を通すための大きな穴が開いている。貨幣には穴は無い。当然、指輪より貨幣の方が体積は大きく、重くならなければならない。だが、実際に持ってみたら明らかに違っていた。指輪も貨幣も大きさは大したことないから身体の大きな人間には大した差には思えなくても、身体の小さいインプが実際に手に取ればその差はハッキリと理解できる。
二度、三度と指輪と貨幣を持ち替え、何度も重さを比べ、その違いを繰り返し確認する。そのたびにインプの身体から力が失せ、その表情は驚きから諦めへ、そして悲嘆へと変わっていった。最後に指輪を置き、黄銅貨に手を添えたインプは、もう持ち上げようとはしなかった。黄銅貨に両手を突いたまま
カエソーたちは知らなかったが、それはインプにとって生まれて初めての仕事で得た初めての報酬、初めての宝物だったのだ。危険を冒し、怖い目に遭ってやっと手に入れた彼にとって唯一無二の宝物が偽物だったという事実……その残酷な事実に打ちのめされたインプの心の痛みは察して余りあるものがある。
「あぁ……インプよ。」
カエソーは悲しみに暮れるインプに声をかけた。
「その黄銅貨でよければ報酬にくれてやる。
なんなら、銀貨でも良い。
仕事を引き受けてくれるか?」
インプは悲しそうな顔でカエソーを見上げると、一度両手で自分の両目を押え、拭い、それから《
「黄銅貨も銀貨も要らないそうです。
彼が言うには、妖精は自分たちが生きるため、魔力の触媒として金や宝石を欲するのであって、魔力を宿さない銅には価値は無く、まして銀は彼らにとって毒になるので欲しくないと……」
そこまで聞いてカエソーやアロイスたちは残念そうにため息をついた。彼ら人間にとって貨幣はあくまでも経済的価値の指標であり基準単位だ。金額の大小に注目してしまいがちだが、インプのような妖精は別の価値基準がある。それに照らし合わせるならば、確かにどれだけ金額が小さくても金で出来ているなら価値があり、どれだけ金額が大きくても銀貨や銅貨には何の価値も見いだせないのであろう。銀が毒になるというのなら、銀貨など金額の大小にかかわらず触れたくも無いに違いない。実際、インプはカエソーが差し出したセステルティウス黄銅貨には触れても、セステルティウス銀貨の方には嫌そうな視線を向けるだけで近づこうともしなかった。
となるとインプへの報酬には金貨か宝石が必須と言うことになる。が、金貨はあまりにも高価すぎる。というか、金貨は
彼ら
二人の溜息を無視してルクレティアは続ける。
「自分を騙したハーフエルフには報いを受けさせねばなりませんが、自分にはそれを成すだけの力はありません。
閣下は自分が騙されていることを教えてくださった恩があります。ハーフエルフの居場所を教えることが閣下の恩に報い、あの憎きハーフエルフの行いに報いを受けさせることになるのでしたら、報酬無しでもお教えしますと……」
思ってもみなかった展開にカエソーとアロイスは驚き、無言のまま互いの顔を見合った。
実を言うとアロイスはインプが黄銅貨を金貨だと言って見せびらかし、インプがハーフエルフに騙されていることに気づいた時、ならば自分たちも同じ黄銅貨を金貨だと偽って利用できるのではないかと考えた。残念ながらその後ですぐにカエソーがそれは金貨ではないと教えてしまったために、ハーフエルフと同じようにインプを騙す手は使えなくなってしまったのだが、今度はインプはタダで良いと言っているらしい。結果的には却って安くつきそうだ。
表情は神妙な顔つきを保ちつつ、無言のまま視線だけで「やった!」「やりましたね!」と意思を交わすカエソーとアロイスに、ルクレティアはこれまでよりもさらに慎重に言った。
「それであの……ちょっといいですか!?」
「「?」」
訳が分からずにルクレティアの方へ向き直ったカエソーとアロイスに、ルクレティアは目配せして部屋から出て行った。その後を《地の精霊》もついて行く。その後ろ姿を見つつ、カエソーとアロイスは再び視線を交わし「何だろう?」「分かりません」と小さなジェスチャーを交わしつつルクレティアの後を追って外に出た。
部屋の外は倉庫の真ん中を貫く広い通路である。
「何ですか、ルクレティア様?」
通路で待っていたルクレティアに追いついたカエソーは落ち着いた様子で尋ねた。せっかく『勇者団』のインプから協力をとりつけたのだ。これから『勇者団』のアジトが一つ明らかになるのだから、できれば時間は無駄にしたくない。インプの先ほどまでの証言から『勇者団』はアジトに残っていないそうだが、それでも万が一という可能性も無いわけではない。何かあるなら早くしてほしい。
焦りを隠し切れないカエソーの目に映るルクレティアの表情はどこか浮かないかった。少しソワソワした感じで、言って良いものかどうか迷っている風である。が、カエソーやアロイスの逸る気持ちを察しているのか、思い切ったように話し始めた。
「両閣下、これはその……《
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます