第457話 変更された報告内容
統一歴九十九年五月五日、昼 -
厳重な人払いの施された要塞司令部二階の最奥にある会議室の周辺には食欲をそそる場違いな香りに満たされていた。香りの発生源は会議室であり、そこでは軍の上層部が降臨者リュウイチと
ここで昼食会が開かれているのはリュウイチとリュキスカを、侯爵家の日曜礼拝が開かれている間、
ただ、レーマ人は本来、昼食をほとんど摂らない。摂ってもせいぜい小腹を満たす程度の軽食で、レーマ帝国で昼食は実質的に間食扱いである。かといってリュウイチだけに食事を提供しても、そう言う状況ではリュウイチは遠慮しがちであることから、軍人たちも昼食に付き合わざるを得ない・・・ということで、出される料理はレーマ人たちに抵抗が無い程度に軽く、同時にリュウイチの空腹を満たすには十分な量と質を狙ったものとなる。
結果、先週に引き続きテーブルの上にはピザが並べられていた。リュウイチはピザは好物と言うほどではないにしてもどうやら嫌いではないらしいことが分かっていたし、アレンジも容易で腹持ちもいい。そして普段は昼食を食べないレーマ貴族にとっても重すぎないということで無難なのだった。
しかし、湯気の立ち昇るピザを前にしてリュウイチは手を付けず、一緒に出された香茶を啜るだけだった。「さあ、冷めないうちにどうぞ」と勧めてみてもリュウイチは「ああ」とか「うん」とか言うだけで手を付けようとしない。ひょっとしてピザは失敗だったのかと出席者らが心配し、会議室内にイヤな空気が流れ始めたところへようやくリュキスカが戻ってきた。リュキスカが椅子に座るのを待ってリュウイチはようやくピザに手を伸ばし、一同はようやくホッとする。
「あら、ひょっとしてアタイを待っててくれたのかい?」
『ああ?うん。ゴハンは一緒に食べた方がいいだろう?』
わざわざリュキスカ様を御待ちになっておられたのか…その事実に出席者たちはリュウイチにとってリュキスカはそれほど大切な存在なのだと認識し、このことは
『なんだか浮かない顔だけど大丈夫?』
ピザを食べながら普段より食の進んで無さそうなリュキスカにリュウイチが声をかけ、リュキスカとアルトリウスとラーウスがビクッと反応する。
「え!?そ、そうかい?
いや、何でもないよ?」
『ふ~ん…なら良いけど。』
そこから特に追及してくることもなくリュウイチは食べ続け、アルトリウスとラーウスは互いの顔を見合わせ小さく頷く。ラーウスは起立すると司会進行役としての務めを果たした。
「え~、それでは降臨者リュウイチ様の御臨席を賜り、今週の復興事業の成果についてご報告を申し上げたいと思います…」
ラーウスの報告によればアルトリウシアの復興状況はおおむね計画通りであり、アイゼンファウストでダイアウルフ出現により多少の遅延があった事、そしてヤルマリ橋再建のための資材が盗難にあって再建工事が遅れる見通しである事を除けばおおむね順調に推移していた。
また、昨日はダイアウルフへの銃撃が行われ、それ以来アルトリウシア平野からのダイアウルフの遠吠えが途絶えている点も報告されたが、こちら側からダイアウルフに遠吠えをさせていたことや、セヴェリ川の対岸で
ハン支援軍の叛乱を防げず、満足に対応もできずに甚大な被害を招き、復旧復興作業を余所の軍団にさせながら自分たちは他の事をしている。それでいてエッケ島に
しかし、一見無駄に見えるアルトリウシア軍団の活動も実はダイアウルフをおびき寄せて狩るための作戦だったという事にできれば、アイゼンファウスト住民の軍団への評価は大きく回復させることができる。アイゼンファウスト住民の理不尽な反感を集めてしまっているファンニの立場もずっと好転するだろう。
むしろ、ファンニを功労者として英雄に祭り上げることができれば、大衆の不満は喝采へと一気に変容する可能性すらあった。
英雄・・・それは都合の悪い出来事を美化することができる最良の道具である。歴史上語られる英雄的なエピソードは、常に屈辱的な出来事や
蛮族に
だが、現状ではそうしたプロパガンダのアイディアはアイディアのままでとどめざるを得なかった。
昨日の銃撃以来、アルトリウシア平野からダイアウルフの遠吠えは聞こえなくなっている。戦果確認のために派遣された偵察部隊がハン騎兵の物と
仮にそれが無かったとしても、少なくとも一頭は仕留めるなり捕獲するなりしなければ住民たちは納得すまい。
現状でファンニを英雄に祭り上げてからダイアウルフが再び現われでもしたら、軍団の名声もファンニの立場も余計に悪いモノになってしまう危険性があった。
また、前述したように英雄少女ファンニにリュウイチが興味を持って、警備をかいくぐってリュキスカを連れ込んだ時のように突拍子もない行動に出られては困る。彼らはリュウイチが要塞に籠っていてくれているのは単にリュウイチの好意があっての事であって、自分たちで軟禁できているわけではないことを良く理解していたし、再びリュウイチが外へ出ようとすれば、それを強制力をもって防ぐことのできる者などアルトリウシアには存在しないことも理解していたのである。だからリュウイチが外出したくなるような気分にさせてしまう要素は徹底的に排除しなければならないのだ。
これは現在アルトリウシアに存在する、リュウイチの事を知っているすべての軍人と
「では、昨日早馬で届けられたシュバルツゼーブルグ近郊での大規模盗賊団の活動について、現状で分かる範囲でご説明いたします。」
その一言に、列席していた軍人たちはアルトリウスとラーウス以外の全員が目を剥き、リュウイチは背もたれに預けていた上体を起こした。
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