第458話 難しい報告
統一歴九十九年五月五日、昼 ‐
「昨夕、ルクレティア様を御護りしつつアルビオンニウムへ向かっております、護衛隊長のセルウィウス・カウデクスより早馬によって報告がなされました。
それによりますと、ライムント街道にあります
位置を地図でご説明いたしますと…」
ラーウスはそう言いながら背後の従兵に目配せし、地図を用意させると、棒を使って位置関係を説明しはじめる。
「ここが現在我々がいる
ルクレティア様はこのマニウス要塞からこう…グナエウス街道を西へ向かい、ココのシュバルツゼーブルグから、このライムント街道を北上してアルビオンニウムへ至る予定でした。
そして、ルクレティア様の御一行は昨日午前…この地図だとライムント街道のこの辺りですね…第五中継基地に通りかかったところ、当該基地が何者かの襲撃によって壊滅させられていたのを発見したようです。」
軍人たちの顔に緊張が走り、目が泳ぎ始める。彼らは何故ラーウスがこのようなことを話しているのか理由を知らされていないため混乱しているのだ。
『昨夜、聞いた話では盗賊が騒いでいるとのことでしたが、その第五中継基地の壊滅というのがその盗賊の仕業なのですか?』
今まで報告会でリュウイチが突っ込んだ質問をしてきたことは無い。リュウイチもこの報告会がどういう意図で開催されているか理解していたからだ。
リュウイチはアルトリウシアに多大な援助をしたのは事実だが、だからと言ってアルトリウシアやアルビオンニアに対して、会社に対する株主のような存在になったわけではないことぐらいは理解しているし、そんなつもりもなかった。そして仮にそうだったとしても、彼らがリュウイチに対して毎週毎週、このような勿体ぶった形式を整えて懇切丁寧に説明する必要などない。報告するにしても、代表となる報告者一人が資料を持ってリュウイチの下を訪れて説明するだけで事足りるのだ。
にも拘わらず、こうして忙しいはずの軍や子爵家の重鎮たちが
だというのにリュウイチは彼らに莫大な銀貨とポーションの援助をしている。おまけに難病に苦しみ、生死の境をさまよっていたアルビオンニア侯爵公子カールの命を救い、しかも立ち直らせようとすらしてくれている。
彼らはリュウイチから多大な恩を受けていたのだ。《レアル》の
このまま何も返せないまま、恩を受けたままでいるわけにはいかない。「恩知らず」とは、いかなる世界であっても恥ずべき存在なのだ。無論、彼らとて何もしないわけではない。手に入る限りの御馳走を用意したし、リュウイチの生活する陣営本部には手に入る限りの調度品を整えた。
しかし、リュウイチは理解に苦しむレベルで贅沢を好まなかった。料理はおいしければ喜ぶし、出された物は食べてもくれる。だけど贅沢であるという点を喜んでくれるわけではない。この点、レーマ人とは感覚が全然違った。レーマ人なら不味くても珍しい食材や豪華な料理なら喜んでくれるが、リュウイチはそうした物は好まない。安くても美味しいモノを喜ぶし、贅沢すぎる料理は美味しかろうが不味かろうがあまりいい顔をしないのだ。
女を用意すると言ってもやはり遠慮する。リュキスカ一人で十分だとすら言い、ルクレティアの事も「若すぎるから」と言って抱こうとしないくらいだ。
恩返しになりそうなことで出来ることはすべてやっているが、受け入れてくれることはほとんどない。
だがこれでは彼らの…軍人としての、そして
だからこそのこの仰々しい会議だった。
今は恩は返せない…それは残念だがどうしようもないことだ。だからせめて、今は助けられっぱなしという恥を忍びつつも、必ず借りを返す、恩を返すという覚悟を示す必要があったのだ。この報告会はそういう面倒くさい貴族の面目を保つための一種の儀式なのだった。
そう言うのを何となく分かっているからこそ、リュウイチは大人しく報告を聞いていたし、同時に報告内容に多少の疑問があっても深く追及したりはしてこなかった。これは彼らが体面を保つためのパフォーマンスであって、リュウイチを株主や債権者のように扱っているからではないからだ。
だが、ここへきてリュウイチが報告の内容に真剣に興味を持ち始めている。しかも、マニウス要塞の外の出来事に関して…それは彼らにとってあまり望ましい状況ではない。彼らは状況を報告することで、彼らがリュウイチを重く見ていることをアピールしてはいるが、興味を持ってほしいとは思っていなかったからだ。
「はい、カウデクスからの早馬が到着した後、このシュバルツゼーブルグを治める
シュバルツゼーブルグ卿は現地の状況を確認したうえで、それを報告してきたようで内容が詳細になっております。
それによりますと、シュバルツゼーブルグ近郊には一昨年流れ込んだ避難民たちが盗賊化した者たちが数百名ほど点在していたのですが、先月の半ばあたりから新勢力が現れてそうした盗賊団を糾合し、一つの大きな勢力になっていたそうです。
その勢力は大きく見積もって三百人に達しようかという規模だそうです。
カウデクスから早馬で報告を受けたシュバルツゼーブルグ卿が兵を派遣して調査させたところ、壊滅した第五中継基地から盗賊たちの痕跡が見つかったそうです。」
『痕跡?』
「はい、盗賊たちをまとめた新勢力…その一味が使っているのと同じ特徴を持つ
現物が届けられていないので具体的にどういう物かは分かりかねますが、これまで見たことのない形状をしており、ほぼ間違いないとシュバルツゼーブルグ卿は判断しております。」
会場がざわつき始めた。報告内容がただでさえ伏せるべきとされている案件に関するものであるだけでなく、他の出席者たちが知らされている以上に詳細だったからだ。であるにも拘らず、アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子は一向にラーウスを制止する様子が無い。アルトリウスが報告することを既に認めているのは明白だが、彼らにはその理由が全く分からなかった。
『それで、アロイスさんが部隊を率いて行ったわけですか?』
ラーウスはかなり緊張した面持ちで額に汗を浮かべ、息を飲むと覚悟を決めたように説明を続けた。
「その通りです。
当該地域はシュバルツゼーブルグ卿の管轄ですが、シュバルツゼーブルグは大量の難民流入によって治安が極度に悪化しており、シュバルツゼーブルグ卿の私兵たちはシュバルツゼーブルグの街の治安維持だけで精一杯という状況です。つまり三百人と見積もられている盗賊に対処するだけの余裕はありません。
そして、ルクレティア様の御一行がアルビオンニウムへ向かわれており、盗賊団がルクレティア様の御一行と接触する危険性が予想されます。
ルクレティア様の護衛は三百人程度…ほぼ盗賊団と同数であるため盗賊団が襲撃を試みる可能性は極めて低いと考えておりますが…万が一に備える必要からアロイス・キュッテル
ラーウスの報告に出席者たちはあからさまに動揺した。ルクレティアに危険が迫っている…その可能性をリュウイチにハッキリと伝えてしまったのだ。
もしこれで《
「キュッテル閣下は明日の夕刻までにシュバルツゼーブルグに到着するでしょう。
その後、北上しルクレティア様の御一行との合流を図ります。
カウデクスの部隊は我がアルトリウシア軍団の最精鋭部隊ですから、同数の盗賊とぶつかっても負ける可能性はありませんが、かといってルクレティア様を御守りしながらでは盗賊を退治することまでは出来ません。
ゆえに、キュッテル閣下が一個大隊を持って駆け付け、ルクレティア様の安全を確保しつつ盗賊団を討伐する予定となっております。」
ラーウスは途中、何度か言葉に詰まりながらも説明し終えると、ゴクリと唾を飲んだ。この件に関してはリュウイチに包み隠さずすべてを報告する…アルトリウスからの指示を忠実に実行した結果である。だが、その結果が
リュウイチが万が一、ルクレティアを助けに行くなどと言いだせば最悪である。だが、幸いなことにそうはならなかった。
『そうですか…状況は理解しました。
皆さんは最善を尽くしておられると思います。』
リュウイチがそう言うと、リュウイチ以外のすべての出席者たちがホォ~~っと、音が聞こえるほど大きく安堵の溜息をついた。
だが、ラーウスとアルトリウスはまだ安心しきれない。ラーウスはアルトリウスと目を見合わせて頷くと話を続けた。
「しかし、リュウイチ様。この件につきまして我々からお伺いしたいことがございますが、よろしいでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます