第456話 方針転換

統一歴九十九年五月五日、午前 - マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 ネロとリュキスカのいさかいはたまたま通りかかったオトが機転を利かせてその場を納め、事態は解決へ向かった。リュキスカは報告会の前にアルトリウスとラーウスに話が出来るように取り次いでもらえはしたが、陣営本部プラエトーリウムには侯爵家の日曜礼拝に来る聖職者らの到着まで間がないということで、リュウイチとリュキスカは予定通り要塞司令部プリンキピアへ移動せざるを得なかった。


「に、兄さんさぁ?」


『うん?』


「さっきの事だけどさぁ」


『え、何?』


「いや、盗賊騒ぎとルクレティア様が関係してるんじゃないかって話?」


『ああ』


「なんかさぁ、アタイ考えたんだけどさぁ…

 兄さんが直接訊いたら多分、大事おおごとになっちゃうからさぁ…

 アタイがそれとなぁ~く訊いとくからさぁ…」


『ああ、うん…じゃあ、お願いできる?』


「うんっ、任しといておくれよ」


 と、念のためリュキスカは陣営本部から要塞司令部へ移動中にリュウイチに予めことわったうえで報告会が始まる前に会議室から抜け出していく。オトは事前にアルトリウスに話を伝え、アルトリウスはラーウスにそれを伝えて会議室を抜け出すよう指示する。


「え~、リュウイチ様ならびに出席者の皆様は既にお集まりではありますが、リュキスカ様が赤ちゃんのオシメを替えたいとのことですので、今しばらくお待ちください。」


 司会進行役であるラーウスは会議室内の出席者たちにそう告げて時間を作ると、自身も会議室を抜け出してリュキスカとアルトリウスの待つ別室へ移動した。


「お待たせしました。」


 隣接する別室へ駆けつけたラーウスは先に来ていたアルトリウスとリュキスカに待たせたことを謝り、二人の傍へ歩み寄った。急ぎということで三人とも椅子には座っておらず、部屋の奥の方へ立っている状態である。そこから少し離れたところでは、オトがリュキスカから預かった赤ん坊を抱いて控えいていた。


「いや、大丈夫だ。それよりもリュキスカ様、オトから聞いた話ではリュウイチ様がシュバルツゼーブルグの盗賊に興味を抱いておられるとのことですが?」


 アルトリウスは早速リュキスカに話を振る。その声色はやや緊張しているようだった。


「うん、その…アタイ、頭良くないから最初から説明するよ?

 昨日、盗賊が騒いだから対処しなきゃいけないってぇんでアロイスって軍団長レガトゥス兵隊さんレギオナリウス連れてっただろ?それで、軍団レギオーで一番偉いはずの軍団長がわざわざ出て行くって事は、普通の盗賊じゃなくて何百人っていうような大きな盗賊なんじゃないかって言っててさ。」


 ここまで聞いたところでアルトリウスとラーウスは顔色が変わり始める。リュキスカは気づかないふりしてそのまま話を続けた。


「そんでさ、兄さ…リュウイチ様ぁルクレティア様に《地の精霊アース・エレメンタル》様を御付けになったそうなんだけど、その《地の精霊》様が昨夜ゆうべ遅くにリュウイチ様から魔力を持ってったんだってさ。そんで、多分大魔法を使ったんじゃないかって…そんでリュウイチ様がおっしゃるには《地の精霊》様は大人しい精霊エレメンタル様らしくてさ。つまらないことで大魔法使ったりしないから、もしかしたらルクレティア様が盗賊に襲われたんじゃないかって…そうおっしゃられたんだよ。」


「「んっ、んん~~~っ」」


 アルトリウスとラーウスは揃って呻りながらため息を吐いた。その様子にどうやら図星らしいことをリュキスカは確信する。


「ひょ、ひょっとして兄さんの言ってたことは合ってんのかい!?」


 アルトリウスは小さく呻りながら額に手を当て眉間を揉み始め、それを横目で見てラーウスは言いづらそうに説明を始めた。


「その…ルクレティア様の御一向が襲われたと言う情報は今のところありません。ですが…その…盗賊が数百人もの規模であるということは、合ってます。」


 リュキスカは目を丸くし、仰け反りながら口元を手で覆った。


「なんてこったい…じゃ、じゃあルクレティア様ぁ危ないのかい!?」


 思わずラーウスに詰め寄るリュキスカをラーウスは圧しとどめた。


「いえ!さっきも言いましたが、まだそういう情報はありません。」


「でも、でもさあ…」


 不安そうに自らの手を胸に抱くリュキスカに、今度は横からアルトリウスが説明を始めた。


「リュキスカ様…シュバルツゼーブルグ卿からの報告によれば、シュバルツゼーブルグ近郊の盗賊が最近、急に一つの勢力にまとまって大勢力になったそうです。ですが、その人数は多く見積もっても三百人だそうです。」


「三百人!?

 凄い人数じゃないさ!!」


 まさかリュウイチの言った通り数百人という常識はずれな人数だったことにリュキスカは驚き、目を丸くする。


「ええ、ですが、ルクレティア様の護衛部隊もそれくらいです。

 しかも精鋭部隊です。ですから三百人の盗賊とまともにぶつかっても十中八九、蹴散らすでしょう。」


 意識して落ち着いた雰囲気を装いながらアルトリウスが低く優しい声でそう言うと、取り乱しかけていたリュキスカは多少の落ち着きを取り戻す。


「あ、ああ…うん。ア、アタイもさ、リュウイチ様にはそう言ったんだよ?

 盗賊なんて所詮、まともに稼げない食詰くいつめ者が仕方なくなるもんだ。武器だって大したものは持ってないのが普通だから、軍隊になんかかなうわけないってさ?

 でも、でもさ…」


 リュキスカは何かを言いつくろうように、目を泳がせながら言った。ただ、それはリュキスカがアルトリウスやラーウスに自分が無駄な話を持ち掛けてしまった事に対して弁解しているというようなものではなく、自分でそんなことあるわけがないと思い込もうとしていた事態が現実であったことに対する心の動揺を鎮めようとするものだった。落ち着きなよリュキスカ、アンタは分かってたはずでしょう?と、自分で自分を宥めているのである。

 ラーウスはリュキスカの心情を察し、宥め始めた。


「ええ、わかりますリュキスカ様。

 先ほども言いましたが今現在、我々の下にはルクレティア様が襲われたと言う情報は入っておりません。」


「う、うん…いや、そうじゃなくってさ」


 自分が心配なのはそこじゃない…そう言いたくてラーウスを見たリュキスカにラーウスはあくまでも優しく冷静に宥める。


「ええ、リュキスカ様が何をおっしゃりたいのか、おそらく分かっていると思います。

 問題なのはリュウイチ様がルクレティア様に御付けになられた《地の精霊》様というのと、その精霊様が大魔法を使ったらしいと言う事です。

 我々の把握している情報はいずれも早馬でもたらされた報告で、おそらく昨夜ルクレティア様がご宿泊になられたであろう第三中継基地スタティオ・テルティアで何かあったとしても、早馬が届くのは今日の夕刻以降になるでしょう。ですから、昨夜ルクレティア様の身に実際に何かあったとしても、そのことはまだ把握できておりません。」


「じゃ、じゃあ、やっぱり何かあったって…そう言うことなのかい?」


 今度はアルトリウスの方が話を始めた。


「そうかもしれませんが、そうではない可能性もあります。

 精霊様が大魔法を使ったとして、それは確かにルクレティア様に盗賊が襲い掛かったせいかもしれません。ですが、リュウイチ様の精霊様は非常に強力です。《地の精霊》様ではありませんが、私もリュウイチ様の精霊を目の当たりにしたことがあります。

 ハッキリ言って、あの精霊様が本気になられたら、私の軍団でも全く敵わないでしょう。それくらい強力です。ですから、もし精霊様がルクレティア様を守るために魔法を使われたと言うのなら、ルクレティア様はおそらく無事でしょう。

 そっちは心配ありません。」


「そ、そう…なのかい?」


「ええ…それに、リュキスカ様もご覧になったでしょう?

 リュウイチ様がルクレティア様へ下賜かしされた魔道具マジック・アイテムの数々を…あれだけのものに守られて、ルクレティア様に何かあったと心配するのは無駄な事ですよ。」


 アルトリウスがあえてニッコリと微笑みかけると、リュキスカはまだ不安そうではあった釣られるように口角をもちあげた。


「そう…そうだね…うん、そりゃそうだ…」


 リュキスカは落ち着いたようだ…そう判断したラーウスは改めて問題を整理する。


「心配しなければならないのは、ルクレティア様というよりも周囲の状況です。

 おそらくリュウイチ様はルクレティア様を守るよう精霊様にお命じになられていた筈…そのために精霊様が大魔法を使ったとなると、ルクレティア様は無事でも周りにどんな被害が生じているのか…というか、魔道具のみならず精霊様までお授けになられてたんですか?」


 ラーウスはリュウイチがルクレティアに精霊を授けていたなんて話は聞いていなかった。聞いていたのは魔道具を授けられたという話だけだったのだ。しかし、それはアルトリウスもリュキスカも同じである。ラーウスは疑問を呈して二人を交互に見たが、アルトリウスもリュキスカも首を横に振るだけだった。

 どうやら誰も知らなかったようだと察したアルトリウスは溜息をつきつつラーウスに目配せしつつ言った。


「ともあれ、現地の情報は下手したら我々よりリュウイチ様の方が知っているかもしれん。盗賊の件、解決するか、少なくとも状況の詳細がわかるまでリュウイチ様には伏せておこうと思ったが、どうやら方針を改めた方がよさそうだな。」

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