第1190話 迷探偵

統一歴九十九年五月十日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



「・・・・・・」


 『勇者団』ブレーブスはてっきりルクレティアこそがレーマ側のボスだと考えていた。ルクレティアが強力な《地の精霊アース・エレメンタル》を使役しているとファドが報告して以来、『勇者団』では《地の精霊》とルクレティアはほぼ一体の存在だと見做みなしている。さすがにルクレティアのような彼らから見ればNPC同然の、大昔の降臨者の血を引いているだけで魔力に乏しい田舎聖貴族が《地の精霊》を本当に支配下に置いているとは考えていない。だが、ルクレティアが危機に陥った時、《地の精霊》がティフ達『勇者団』の主力との戦いを放り出して駆け付けたことから、両者の間には強い結びつきがあることは間違いないと考えていた。

 そしてルクレティアと《地の精霊》はヴァナディーズ暗殺のためにシュバルツゼーブルグに侵入したファドを退けた。ブルグトアドルフの宿駅マンシオーに潜入しようとした『勇者団』を撃退してもいる。そしてアルビオンニウムでは『勇者団』を撃退し、裏手から侵入したファドをも撃退してみせた。その時にはメークミー・サンドイッチを捕えられ、『勇者団』初の脱落者も出してしまった。少なくとも『勇者団』のメンバーは全員がそのように認識している。

 それらの戦いに関わっていたはずのレーマ軍の存在を無視しているわけではないが、レーマ軍はルクレティアを護るように行動していたし、ルクレティアはレーマ軍よりもよっぽど強力な精霊エレメンタルを操っているのだから、『勇者団』がルクレティアを敵ボスと捉えてしまうのも、ルクレティアを敵ボスと認識した『勇者団』がレーマ軍のボスもルクレティアだと思い込んでしまったとしても、それは仕方のないことだったのかもしれない。


 が、実際はそうではなかった。レーマ軍の指揮はカエソーが取っており、ルクレティアはレーマ軍に協力しているだけ……だとすればルクレティアに宛てた手紙がことごとく無視され、代わりにレーマ軍の指揮官が返事を寄こしてくるのも当たり前のように思えてくる。


 勘違いで無関係な少女に嫌味と敵意をぶつけてしまっていた……普通なら謝らねばならないところだろう。が、ペイトウィンはそこまで大人ではない。

 上下関係を明確にすることでしか人間関係を築くことのできない者は、自らの落ち度を簡単に認めることが出来ない。特に、他人を批判することで上下関係を築いてきた者は猶更なおさらだ。自らが他人を批判して自らの優位を築いてきた者が自分の落ち度を認めるということは、自ら劣位に落ちることを意味してしまうからだ。上下関係という形でしか人間関係を捕えることのできない者にとって、それは自らの存在価値そのものにかかわる危機なのである。

 ゆえにペイトウィンも自らの落ち度は簡単には認めない。自分の勘違いによって何か失敗があったのなら、それは勘違いした自分ではなく、自分を勘違いさせ者が悪いのだ。そう、失態は勘違いをさせた者のせいであって、自分は犠牲者なのだから責められるべきではない……それがペイトウィンのような者の思考パターンである。


「じゃ、じゃあ何でこんなところに居るんだ!?

 関係ないなら居るべきじゃないだろ!」


 そうだ、俺に勘違いさせた奴が悪い。勘違いしなければ俺だって見苦しい失態など演じないし、意味も無く見ず知らずの少女を傷つけるようなことはしない。誰が本当に悪いのか、明らかにしてやる!


 ペイトウィンのそうした考えは常人の理解の及ぶところではない。何故、ペイトウィンがここまで感情を露わにして狼狽うろたえているのかなど誰もわからない。だが、分からないからこそ、何か落ち度があったのではないか、誤解があるならそれを解かねば……と善意の努力をしてしまうのが一般的な常識人というものである。それがまたペイトウィンを冗長させてしまうのだが、初対面の人間にペイトウィンの本性を見抜けというのは無理な話なのだからそれも仕方のないことなのだろう。カエソーもまた、ごく普通の常識人と同じように、誤解を解くべく無駄な努力をするのだった。


「それは、我らが《地の精霊アース・エレメンタル》様の加護をいただくためです。」


 カエソーの努力はしかし無駄には終わらなかった。《地の精霊》……その名はペイトウィンに自らの失態を忘れさせ、結果的にこの場を次のステージへ勧めさせることになったからだ。


「それだ!」


 ペイトウィンは指を鳴らすと、その動作から流れるようにカエソーを指差した。


「《地の精霊アース・エレメンタル》!!」


「……《地の精霊アース・エレメンタル》様が、何か?」


「何かじゃない!

 何故だ!?

 どうやってあれだけ強力な《地の精霊アース・エレメンタル》様の加護を受けられるんだ?」


「ど、どうしてと言われても……」


 カエソーには答えられない。その答を知ってはいるがそれをペイトウィンに話すことは出来ない。《地の精霊》の主人であるリュウイチのことはまだ話すことはできないからだ。答えに困ったカエソーの視線は自然とルクレティアに、そしてグルグリウスへと彷徨さまようように向けられる。それはルクレティアも同じであったし、グルグリウスも似たようなものだった。グルグリウスはリュウイチのことはまだ何も知らないが、《地の精霊》に魔力を供給しているがいることはほのめかされて知っている。だが同時に、そののことは秘さねばならなぬと《地の精霊》から聞かされてもいた。ゆえに答えることが出来ない。

 誰も答えようとしない状況でペイトウィンの口が回りだす。


「もちろん推測は立つさ。

 例えばルクレティアスパルタカシアを守るホブゴブリンども……彼らの装備はじゃない。」


 話しながらペイトウィンが視線を向けると、リウィウスはまなじりをピクリと動かし、ヨウィアヌスがザリッと足音を鳴らして身構えなおした。カルスだけは動じることなく、ジッと円盾パルム越しにペイトウィンをにらみ続けている。


「ファドの剣をはじいたそうだな?

 ファドの剣は聖遺物アイテムじゃないが、ティフがムセイオンの鍛冶師に作らせた鋼の一級品だ。そこらの貴族が持ってる剣がナマクラに見えるほどの業物わざものさ。

 それを使うファドの剣技だって生半なまなかなモンじゃない。

 それを弾けたってことは、それは聖遺物アイテムだってことさ。」


「「「・・・・・・・」」」


 カルスは相変わらず何もせずにペイトウィンを睨み続け、リウィウスは円盾の裏に仕込んだ太矢ダートに手をかける。ヨウィアヌスはグラディウスの柄に手をかけた。その動き自体は円盾に隠れて見えなかったが、円盾の下から覗いていたヨウィアヌスの剣の鞘が揺れ動き、それがペイトウィンの目に留まる。

 チラリとヨウィアヌスの剣の鞘が動いたのを見たペイトウィンの口角がわずかに上がった。


「まさかとは思ったが……お前らの装備、ミスリル製だな?」


 ペイトウィン・ホエールキングは世界でも有数の聖遺物保持者であり、それゆえに目利きとしても知られている。そのペイトウィンの前にリュウイチから貰った聖遺物を身に着けたまま出るのは危険ではないかという予想はしないではなかったが、今は月も隠れる闇夜。光は離れたところで掲げられた松明たいまつ篝火かがりびだけとなれば字を読むのも難しい暗さだ。このような中ではさすがのペイトウィンと言えども魔導具マジック・アイテムでもない限り見破られることは無いだろうとたかくくっていたが、どうやら油断が過ぎたようだ。


ペイトウィンホエールキング様……」


 カエソーがペイトウィンをいさめようと声をかけるがペイトウィンはあえて聞こえないふりを続け、まるでこの場にいる全員に聞かせようとするかのように声を高める。


「三人のホブゴブリンに全く同じミスリルの防具を一そろいずつ与えるなど、よほどの聖貴族でもなければできんなぁ。

 世界一たくさん聖遺物アイテムを持ってる俺なら出来なくも無いが、それでも只のホブゴブリンに装備させようとは思わんぞ?」

  

 ペイトウィンを制止させようと思わず一歩踏み出したカエソーだったが、ペイトウィンがすかさずグイッと身体を捻ってカエソーの方へ向き直ると、カエソーは思わずその場に踏みとどまり息を飲んだ。


「ホブゴブリンを聖遺物アイテムで装備させ、《地の精霊アース・エレメンタル》様まで付けて姫君を守ろうというのだ。

 余程すごい奴だな?」


ペイトウィンホエールキング様、それは……」


 説明しようとするカエソーをペイトウィンは手をかざして制止する。


「ソイツは人間だ。間違いない。

 《地の精霊アース・エレメンタル》だけなら『精霊の王』プライマリー・エレメンタルだとか神の領域に達した魔物モンスターたぐいかと思わなくも無いが、ホブゴブリンにミスリルの装備をそろえてやるなんてのは人間じゃなきゃ思いつきもしない。

 まして年頃の姫君を守ろうって言うんだ。

 答は簡単に想像がつくってもんだ。」


 そこまで言うとペイトウィンは腕組みして胸を張った。ゴクリと唾を飲むカエソーたちに勝ち誇ったかのようにペイトウィンは己が推理を披露する。


「その正体は、南蛮の王だろう!?」

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