第1191話 二人の感想

統一歴九十九年五月十日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



 ミスリルの武具を一そろいホブゴブリンに装備させるほど聖遺物アイテムを持ち、あれほど強大な《地の精霊アース・エレメンタル》を使役するような聖貴族は相当だぞ。人間が自前の魔力だけでなんてまず無理だ。まぁ余程高性能な魔導具マジック・アイテムで実力を底上げしてるんだろうな。そんな聖貴族が帝国や連合に居れば私が知らないわけはないはないのだ。つまり、ソイツは大協約の枠組みの外の聖貴族だってことだ。そしてここはレーマ帝国の南の果て……レーマはここで南蛮と何十年も先の見えない小競り合いを続けてる。そこでだ! ルクレティアスパルタカシア嬢を南蛮の王に嫁がせ、南蛮と講和しようというのだろう?そして南蛮の王はルクレティアスパルタカシアを気に入り、こうして《地の精霊アース・エレメンタル》と聖遺物アイテムで身を固めたホブゴブリンを付けて花嫁を守ろうというわけだ。


 誇らしげに語るペイトウィンの推理は、まさかリュウイチの降臨を看破されたのかと身構えていたカエソーたちの予想の遥か斜め上を突き抜けて行った。唖然とするカエソーはペイトウィンから「どうだ、当たってるか?」と笑いかけられ、ハッと我に返るとペイトウィンにつられたような引きつり笑いを顔に浮かべながらルクレティアらの方を一度見回し、申し訳ありませんペイトウィンホエールキング様お答えいたしかねますと誤魔化すと、ペイトウィンはその一言で勝手に得心したのかニィッと笑って一応満足してくれたようでそれ以降はリュウイチ……《地の精霊》とリウィウスたちの主人に対する追及は止んだ。だが、ペイトウィンは自分の立てた推理を前提に勝手に話を進める。


 とにかく、南蛮の王に会わせろ。このペイトウィン・ホエールキング二世が会いたがっていると伝えろ。何、向こうも嫌とは言わんさ。ムセイオンのハーフエルフが会いたがっていると言われて断る奴なんかいるわけないだろ?あぁ~あぁ~面倒なことは言わなくていい。カエソー貴公の都合は分かっているつもりだ。大丈夫、事をおおやけにしたくないのは私も同じだ。私だって貴族だぞ? 細かい調整は任せるさ。そうだ、グルグリウスにも言ったんだが私の荷物は私だけの物ではないのだ。仲間から預かってる物があってね、それだけは仲間に返したいんだ。安心しろ、『勇者団』ブレーブスはアルビオンニアでの降臨は諦めてるさ。そうとも、私が捕まった以上残された連中だけで降臨術の再現なんて出来ないからな。仲間の居所? そんなの私が知るわけないだろう? 隠してないぞ、本当に知らないんだ。 何せこれから合流して今後の方針を決めようっていうところで捕まえてくれたんだからな。 大丈夫だ、ティフの奴……ああ、ブルーボール卿はルクレティアスパルタカシア嬢との面会を御所望だ。随分執心しているらしくてねっ、ハハハ……ああ、待ってればそのうち来るだろうさ。だいたい、本当なら昨日の夜にこっちに来ていたんだ、貴公らすれ違わなかったのか? そいつぁ残念だったな、ご苦労なことだ。 安心しろ、シュバルツゼーブルグの街を燃やすなんてしないさ。あれは言ってみりゃ脅し文句だ、本気でそんな馬鹿な真似するわけないだろ? なんて言うか、一つの様式美みたいなもんだよ。ブルーボール卿は当面は戦闘は避けるって決めたんだ。『勇者団』ブレーブスは攻撃されない限り自分から誰かを攻撃するようなことは当分しないと思うぞ。アイツ、自分は頭が良いと思ってるらしいけど、変なところで思い込みが激しいからな。


「ふぅぅぅーーっ」


 長椅子クビレに腰を下ろしたカエソーは腹立たし気に長い溜息をついた。


 あれがハーフエルフなのか……何とも言えない感慨が残る。貴族ノビリタスなら下位の相手に対して多少大柄に振る舞うのは仕方ない。レーマ社会では貴族はおおらかな態度で器の大きいところを見せることが求められるのだ。身分が高いにも関わらず、身分の低い者に対してつつしみ深く振る舞えば、相手を勘違いさせてしまうこともあるし、長い目で見れば結果的に社会の秩序を乱すことにもつながっていく。身分社会では全ての人は身分に応じた態度で振る舞わねばならないし、それを間違いなく行うためにも貴族は自分の身分を常に明らかにすることが求められる。どこかへ出かける時、自分の前に名告げ人ノーメンクラートルを走らせて今から誰が通るぞと周囲の通行人に先触れさせるのも、その名告げ人が他の貴族の名告げ人と出会えば互いの主人の身分や立場からどちらが先に通るかを調整したりするのも、そうしたレーマの身分社会の秩序を守るためなのである。

 この点、ペイトウィンのカエソーに対する態度が大きくなるのは仕方ない。レーマ帝国でも有数の権勢を誇るとはいえカエソーの実家は所詮一地方領主ドミヌス・テリットリィにすぎないのだ。皇帝インペラートルでさえ一定の敬意を払わねばならないハーフエルフの聖貴族コンセクラトゥムに対し、属州領主ドミヌス・プロウィンキアエとは言え伯爵コメスの嫡子にすぎないカエソーが対等な口を利けるわけもないのだ。

 だが、人間の立場や身分は絶対的なものではない。少なくとも、レーマ人にとってはそうだ。奴隷セルウスから新興貴族ノビレスになる例も、逆に上級貴族パトリキから奴隷に堕ちる実例もある。奴隷であっても特別な知識や学問・技術を持った者であれば、貴族だってそれなりに遇するのが通常である。身分というものは人間が社会を構築し運営していくうえで必要になる序列にすぎず、全ての人間は等しく自然の産物なのだから本質的には全員平等なのだ……というストア派哲学に基づく考え方がレーマ帝国では定着している。レーマの文化人が特に他の貴族との会食の予定が無い時などに、街の通りで見つけた適当な通行人を晩餐ケーナに招待し、身分を超えた交流を持つのもそうした考え方が反映された習慣である。

 しかし、カエソーの見たところペイトウィンにはそうしたものが無かった。


 ペイトウィンあの方は、御自分の立場というものが分かっていないのではないか?


 『勇者団』はとてつもない犯罪を犯している。社会的責任のある地位にありながらムセイオンから脱走し、降臨を引き起こそうとたくらみ実行に移そうとしている。あまつさえ盗賊どもを率いて軍の施設を攻撃して破壊、軍人を多数殺傷したうえで武器弾薬を含む物資を略奪し、ブルクトアドルフの住民を虐殺した。こんなことがおおやけになればどんな上級貴族だって処刑はまぬがれないだろう。

 だというのに、その『勇者団』の中枢にいたハーフエルフのペイトウィンは自分の身分が絶対的なものだと信じて疑っていないようだ。それはペイトウィンが全ての人間は本質的に平等とするストア派的な考え方ではなく、聖貴族は優れた魔力を有するがゆえに一般人NPCとは本質的に違う存在なのだという絶対的な価値観を持っているが故のことだったのだが、カエソーがペイトウィンとの間にそうした根本的な考え方の違いがあることに気づくのはもっと後のことである。


「お疲れの御様子ですが、何か飲み物を御用意しますか?」


 ペイトウィンを寝室クビクルムへ案内させた後、食堂トリクリニウムへ戻ってきたルクレティアは、一緒に部屋に入るなり長椅子に身を投げ出すかのように腰を落とし、疲労を露わにするカエソーを気遣きづかった。


「ああ、ワインを頼む。

 ああ、温めてくれた方がいいな。

 できれば蜂蜜を足してくれ、たっぷりと。」


 背もたれに体重を預け、顔を覆うように額を押さえたままカエソーが呻くように注文すると、ルクレティアは脇に控えていた専属侍女のクロエリアに頷いた。クロエリアは無言のまま会釈すると、カエソーの希望を叶えるべく部屋から退出していく。元々レーマでは甘いワインが好まれているが、ホットワインは冷えた身体を温めてくれるだろうし、甘いワインに更に加えられる蜂蜜は疲労を回復してくれるだろう。蜂蜜は単なる甘味料ではなく、精力剤としての効能もあるのだ。

 クロエリアが退出したのを見送ったルクレティアは、カエソーの向かい側の長椅子に腰かけた。


「……見た目は、肖像画で見た通りの御方でしたな。」


 ルクレティアが腰かけたのを気配で察したのか、カエソーがそのままの姿勢で目を閉じたまま話しかける。

 有名人の肖像画は時に配られ、時に買い求められるものだ。いつ、自分より高貴な身分の人物に会うか分からないし、その時に相手が誰だか分からずに無礼な態度を取るなど失敗しないよう、貴族は高貴な人物の肖像画を可能な限り買い求めてその時に備えるのだ。レーマ帝国では皇帝とその家族の肖像画や彫像は定期的に全ての地方領主に配られていたりもいる。また、近しい人物ほど肖像画を入手しやすいこともあって、身分の高い人物の最新の肖像画をより多く、より早く手に入れることは貴族にとって一つの権勢のバロメーターにもなる。このため、肖像画の需要は常に高い。

 カエソーもルクレティアも、共にレーマに留学した経験があったため、二人ともその時にペイトウィンの肖像画は見た事があった。


「はい……口調も、演劇で見た通りでした。」


 ルクレティアが答えると、カエソーは額を押さえたままフッと笑った。

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