第1246話 話の中身

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ ライムント街道第三中継基地宿駅/アルビオンニウム



「単独投降……か……」


 アッピウスの当初の反応はその一言だけだった。目の前の盗賊クレーエがエイーに仕えていると言った時から何となく察してはいたが、それはアッピウスの期待していた交渉ではない。アッピウスとしてはあくまでも大物ハーフエルフを期待していたのだ。

 無反応に近いアッピウスの態度にクレーエは逆にわずかな焦りを感じ始める。エイーは確かに『勇者団』ブレーブスの中では小者かもしれないが、ムセイオンの聖貴族であることには違いない。それを考えればヒトとは言えエイーの投降はかなりな大手柄なはずだ。当然、アッピウスは飛びついてくると期待していたのだ。


エイールメオ様は既に『勇者団』ブレーブスの御仲間から離れられ、このブルグトアドルフ近郊に身をひそめておいでで」


「ふーん……」


「閣下のお気持ち一つで、エイールメオ様はサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに御身をお預けになられるでしょう」


「なるほどねぇ……」


 おかしい……聖貴族だぞ、ムセイオンの!

 それなのに興味が無ぇってのか!?


 クレーエの質問にどこかうわの空で相槌あいづちを打つばかりのアッピウスにクレーエは次第に苛立いらだち始めていた。


「閣下?」


 さすがに怪訝けげんな表情を浮かべたクレーエにアッピウスはハッと我に返ったように頬杖をやめて身体を起こした。


「あぁっ!?

 ああ、聞いとるとも。

 だが、色々と納得できんところもあってな……」


「何がでしょう?

 アタシに説明出来ることでしたらいくらでも……」


「ふーむ……まずはエイールメオ様だ。

 貴様、『勇者団』ブレーブスの目的は知っておるか?」


「目的?」


「ムセイオンの聖貴族様コンセクラトゥムたちがアルビオンニウムで何をやろうとしていたか……その目的だ」


 クレーエは意表を突かれたように目を見開き、両眉をあげた。そしてすぐにランツクネヒト族らしい膨らんだ唇の口をへの字に曲げ、小さくフルフルと一瞬首をふる。


「聞いた話ですがたしか、降臨を起こしいにしえゲイマーガメル様を呼び起こすとか何とか……」


 それはクレーエはチラッと聞いたことがある程度の情報だった。

 『勇者団』が盗賊たちを戦力として集めていた最初の頃、傘下に入れられた盗賊たちが『勇者団』の目的についてそのように聞かされたことがあったらしい。ただ、その話を聞かされた盗賊たちもそんな荒唐無稽こうとうむけいな話を本気にはしていなかったし、『勇者団』も情報漏洩の危険性に気づいて途中から盗賊たちにその話はしなくなっている。それに『勇者団』同士は普段クレーエたちには分からない英語で会話していたし、盗賊たちから距離を置く傾向にあったのでほとんどの盗賊たちは噂程度にしか聞いていない。クレーエ自信もその話がどこまで本当で『勇者団』がどこまで本気だったのかは知らなかった。ただ、ペイトウィン・ホエールキングが本物のハーフエルフで『勇者団』が本物の聖貴族だったと知らされたことで、ひょっとして本気だったのか? と、今更ながら思いなおすようにはなってきている程度だ。

 しかしアッピウスは別の情報源からそれが事実であることを知っていた。


「その通りだ」


 アッピウスの言葉にクレーエは改めて驚き、への字に結んだ口の口角を左右に引き下げる。


「だが『勇者団』ブレーブスによる降臨は実現していない、そうだな?」


 クレーエは表情を変えずに小さく頷いた。まあ、成功したらもっと大騒ぎになっていただろうしクレーエたちの状況も今とは大きく違っていただろう。


「それなのに、目的も達しないのにエイールメオ様は『勇者団』ブレーブスから離脱なさるおつもりなのか?」


 スーッ……視線を床に落としたクレーエは音が聞こえるほどの勢いで大きく鼻から息を吸い込んだ。そして吸い込んだ時の半分くらいの時間で吐き出すと視線をアッピウスに戻し、表情も平坦なものに戻した。アッピウスが何を質問して来るかと心の中で身構えていたが、元々言うつもりだった虚偽の説明の内容をそのまま答えればいいだけの質問だったことに安堵すると同時に、嘘を信じ込ませるために真面目にならねばならなかったからだ。


エイールメオ様はショックを受けられたのです」


「ショック?」


「はい、閣下はブルグトアドルフで、『勇者団』ブレーブスが何をしでかしたか御存知で?」


 アッピウスはわずかにり、顔をしかめた。


 『勇者団』ブレーブスだけじゃなくて、お前ら盗賊もだろうが……


 さりげなく責任を回避しようとする言説にアッピウスは敏感に反応したのだ。が、それを指摘してクレーエを責め立て、交渉を台無しにしてしまうほどアッピウスは愚かではない。すぐに姿勢を戻して続ける。


「もちろん報告は受けておる。

 随分なことをしたな?

 侯爵夫人マルキオニッサは心を痛めておられるだろうよ」


 クレーエを責め立てはしないがチクリとしてやるくらいは当然だろう。さすがにこの場の交渉のために全てを見逃してやる気には、さすがのアッピウスもなれなかった。他人の領土とはいえ同じ領主貴族パトリキの一族としては、領地を荒らされ領民を虐殺されて無関心でいられるわけではない。

 対するクレーエも自分への追及に鈍感ではなかった。仰け反るように上体を伸びあがらせて両手を翳す。


「誓って言いやすが、アタシぁブルグトアドルフじゃ人をあやめちゃいやせんぜ!?

 ついでに言うが盗賊どもは『勇者団』ブレーブス旦那方ドミナエに従わなきゃ殺すって脅されて仕方なくやってたんだ」


 ありきたりな言い訳をアッピウスは相手にするつもりは無かった。閉口し、顔を背けて左手で頬杖を突くと、右手をヒラヒラ振ってクレーエを黙らせる。


「はぁ……そういうのは後で聞いてやる。

 いいから話を戻せ」


 自分から話をそっちへ持って行ったくせに……クレーエは不満を押し殺し、要望通り話を戻した。


「ともかく、エイールメオ様は……回復職ヒーラーってんですか? 人を助けるのを御職業にされてる御方だ。

 それが『勇者団』ブレーブスの行いでブルグトアドルフの住民が多く犠牲になったことに衝撃を受けられましてね」


「それで、『勇者団』ブレーブスたもとを分かとうというのか?」


「いやいや……」


 話を先回りするアッピウスをクレーエは牽制した。話をそこまで単純化されるとクレーエとしては困るのだ。何故ならエイーは本当はレーマ軍に投降する気はなく、むしろレーマ軍と戦いたがってすらいる。そのエイーを、レーマ軍を食い止めるための謀略と見せかけてレーマ軍に投降させねばならぬのだから、それなりの手順を踏む必要があった。


エイールメオ様もそこまでハッキリと腹をくくっておられるわけじゃございやせん」


 話が見えなくなったアッピウスは頬杖を突いていた拳から顔をあげた。


「なんだと?

 それはどういうことだ!?」


エイールメオ様は『勇者団』ブレーブスと袂を分かとうとまでは思召おぼしめしてござんせん。

 ただ、『勇者団』ブレーブスのやってることが本当に正しいのか、今更ながら疑問に思召されるようになられやしてね。

 ちょいと『勇者団』ブレーブスから距離を置きたいと……」


「はぁ~~~~っ」


 アッピウスは大きな溜息をつきながら再び頬杖を突いた。ジトっとした視線がクレーエに注がれる。あからさまな不信の目だ。


「アタシらとしちゃエイールメオ様に罪を犯してほしくはねぇんで、『勇者団』ブレーブス旦那方ドミナエから離れることをお手伝い申し上げてぇと……そういうことなんですよ」

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