ブレーブス迫る砦
第1247話 取り残される二人
統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐
仲間たちの中でいち早くレーマ軍の捕虜となったメークミー・サンドウィッチとナイス・ジェークの二人にとって、捕虜生活中の一番の楽しみは食事であった。護送中の捕虜という立場では娯楽らしい娯楽など得られようはずもない。まして、彼らを護送しているレーマ軍自体が遠征中であり、自分たち自身用の娯楽でさえ大したものは持ち合わせていなかったのだ。軍に同行していた神官たちが辛うじていくらかの本を携行していたぐらいだったが、さすがに移動中の馬車の中では同乗しているカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の前で彼を無視して本を読みふけるなどできるはずもなく、本を借りるということもできないでいた。
美食を愛するレーマ帝国だけあって辺境ではあっても貴族の食卓はそれなりに豊かだ。冒険旅行で彼ら自身で
日に三度供される食事の中で夕食が最も豪華であるというのももちろんあるが、彼らにとって……特にメークミーにとっての嬉しいのはルクレティア・スパルタカシアの同席が期待できることだった。レーマ帝国では基本的に未婚の女性は家族以外の男性と食事を共にすることは無い。だが、父や兄、その他保護者の同伴という形であれば同席して赤の他人である男性と食事を共にすることができる。そして貴族同士ということであれば夕食に限られるのが普通であった。
レーマで朝食は基本、家族だけで食べるものだし、家族以外の客人と朝食を共にする場合でも男女は別にする。昼食はレーマ貴族は基本的に摂らないか、摂ったとしても軽食で簡単に手早く済ませる程度なので、既によほど親密な友人同士ならともかく他家の貴族と改まった形での会食ということにはならない。そしてムセイオンの聖貴族とは、仮に会食するのであれば改まった形をとらねばならぬ存在である。まして一方は捕虜であり、敵味方に分かれている状況ではどうしたところで距離は取らざるを得ない。ゆえに、
しかしそれでもメークミーにとっては気になる女性と食卓を共にし、一日のストレスを
アルビオンニウムに居た頃は魔力欠乏を理由にカエソーとの会食を蹴ってしまったこともあって、ルクレティアとの会食は成立しなかった。アルビオンニウムを発ってブルグトアドルフに来てからは、重傷を負ったカエソーに治癒魔法を使ったために魔力欠乏がぶり返し、ブルグトアドルフで一日余計に過ごしたにも関わらず会食は成立しなかった。シュバルツゼーブルグでは地元領主の歓迎会であり、ルクレティアとは席が離れていたし会話の機会すら無かった。そして昨日、
そして今日……今日は初めてゆっくり食事が出来る機会である。しかもカエソーは昨夜捕まったペイトウィンと会食するためこちらの食卓には来ていないから、ルクレティアの保護者はスカエウァ一人。メークミー、ナイス、ルクレティア、そしておまけのスカエウァという四人での食卓である。
まんざらでもない……今夜の夕食が四人と知ったメークミーはそう思った。いや、心の中で「まんざらでもない」と思いつつも、その顔には明らかに「まんざらでもない」どころではない喜色が浮かんでいたのだが、彼自身にその自覚は無かった。ナイスが何故自分の顔を奇妙な表情で見ているのか分からなかったのも致し方あるまい。
午後、風呂で身体を洗った後、いつもより入念に髪と髭を撫でつけたメークミーは、風呂に入っている間にルクレティアの浄化魔法によって綺麗にしてもらった服を着こみ、厳粛といってよい雰囲気を醸しつつ食卓へ臨んだ。が、残念なことに食事が始まって間もなく、またしてもルクレティアは中座することになった。
「……いかがなされたかな、スパルタカシア嬢?」
牡蠣のスープを口にしたルクレティアの顔色が急に変わったことに気づいたメークミーが尋ねる。
牡蠣がおかしかったか? ……いや、特に変な味はしないが……
当初、スープの牡蠣が傷んでいて貝毒にでもあたったかと思った。しかしメークミーの見たところ牡蠣にもスープにも異常はない。彼は魔力によって毒物に対する耐性を獲得していたから多少の毒は気にする必要すら無くはあったが、NPCの女の子が口にしただけで気づくような異常なら彼の舌でも当然気づけたはずだ。
困惑するメークミーにルクレティアはハッとし、取り繕うように小さく笑って答えた。
「すみません、《
申し訳ありませんが、ちょっと失礼します」
そう言うとルクレティアは口元を拭って席を立ち、入り口のところで控えていた専属のホブゴブリン兵を呼ぶと何事かを告げ、改めて食卓の方を振り返ってお辞儀をした後で部屋を出て行ってしまった。
「またか……」
ルクレティアの姿が扉の向こうへ消えるのを見送ったメークミーが呻くと、ナイスがヤレヤレとばかりに溜息をつく。ただ、ナイスが溜息をついたのは中座したルクレティアに対してというよりメークミーに対してだったかもしれない。
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