第655話 第二次ブルグトアドルフ事件の報告

統一歴九十九年五月八日、午前 - ティトゥス要塞司令部プリンキピア・カストリ・ティティ/アルトリウシア



 ティトゥス要塞カストルム・ティティに次々と馬車が入って来ては、要塞司令部プリンキピアの前で貴族ノビリタスを降ろしていく。理由はもちろん、昨夜リュウイチが実況中継したブルグトアドルフでの戦闘に関する情報を受け、アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子がエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人に報告し、同時に関係者と情報を共有し対策を検討するために会議を招集したからだった。


 これほどまでの連日の会議はレーマ帝国において、いやこの世界ヴァーチャリア全体を見渡しても異例中の異例と言って良い状況である。領主貴族パトリキによる封建的支配体制が定着している社会においては上意下達じょういかたつが基本であり、担当者が独断できない事柄は領主に報告し、その意を受けて実行するのが普通だ。会議などというのは、特定の関係者が情報を共有しつつ認識と意志を一体化するための作業なのだから、独裁的権限を持つ領主の支配体制が確立しているのであれば、会議は全く必要ないとまでは言わないまでも、ここまで頻繁に行う必要はない。領主か、あるいは必要な権限を与えられた責任者との間で意思の疎通さえ出来ていればそれで成立するのだから、わざわざ時間を作って忙しいはずの各級責任者を集めて会議を開くなど無駄でしかないのである。

 ところがここアルトリウシアでは二~三日に一度は領主を交えた大掛かりな会議が開かれている。家臣との個別の面談も含めれば毎日何がしかの会談をしていると言っていい。その様子は内情を知らない平民プレブスの目にも異様に映るほどだった。


 何故、貴族ノビリタスたちがここまで忙しく頻繁に会議や会談を繰り返しているかと言えば、ひとえにリュウイチの降臨の秘匿状態を保つためであった。降臨の事実とリュウイチの存在を限られた人物以外には秘匿したまま、今般の複雑かつ異常な情勢に対処しようと思ったら、その限られた人物同士が直接顔を合わせ、人払いをした状態でコミュニケーションを緊密にとるしかなかったからだ。人によっては己の秘書にすらリュウイチの降臨について知らせないまま、関連する連絡をすべて自分でやっている貴族ノビリタスも少なからず存在しているほどなのである。

 で、あるからこそ、この異常な情報統制と極端なまでに繰り返される会議や会談は、人々の様々な憶測を呼んでいた。


 領主貴族パトリキ様方が何か隠している……


 それはいつしかアルトリウシアの平民プレブスたちにとっての公然の秘密となっていた。多くの平民プレブスにとってそれは、叛乱を起こしたハン支援軍アウクシリア・ハンの討伐作戦の準備だと期待されていたのである。


 領主様がたは叛乱軍を討つための準備をしていなさる。奴らに知られぬよう、ギリギリまで隠すおつもりなのだ。領主様がたは自分たちの仇を討ってくださるんだから、自分たちも……と、勝手に期待を膨らませた領民たちは勝手に納得して勝手に協力していた。つまり、知らぬふり気づかぬふりをしていたのである。まさに「」そのものだった。

 もちろん、内情は彼らの期待に反し、というのが実態である。


「では、シュバルツゼーブルグの盗賊団はブルグトアドルフで壊滅したのですか?」


 アルトリウスの持ってきた報告に一同がざわめきを禁じ得ぬなか、やはり居並ぶ家臣らと同様に落ち着かぬ様子でエルネスティーネが尋ねる。だが、その声、その表情は決して明るいものではない。


「まだ油断はなりません。

 しかし、おそらく二十~三十人程度にまでは討ち減らしているものと推測しております。これは希望的数値ではありますが……」


 アルトリウスが本件の説明役として伴っていた軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムゴティクス・カエソーニウス・カトゥスが答えた。

 百人規模と想定される盗賊団がブルグトアドルフで待ち伏せ攻撃を仕掛けてきたが、待ち伏せされたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアと思われる部隊の反撃と、アロイス・キュッテル率いるアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアと思われる救援部隊の攻撃によって多くが捕えられ、逃げ延びたのはと伝え聞いている。その伝文から推測するに「二十~三十人程度」という数値は妥当なように思われる。


「二十~三十人程度なら、少し大きい盗賊団くらいか‥‥‥

 その程度ならもうフォン・シュバルツゼーブルグ卿の兵でも対処できるのではありませんか?」


 アルビオンニア属州の内政の実務を実質的に束ねている筆頭家令ルーペルト・アンブロスがどこか半分安堵したような、それでいて何かを期待するような様子で質問する。今、アルトリウシア復興事業のためにアルビオンニア属州の総力を挙げて取り組んでいるというのに、今回の盗賊団対応のためにアロイスが一個大隊コホルスもの部隊を率いて出動している。その余計な負担が一つ解消されることを期待しての発言だった。

 だが、その期待に反してゴティクスは首を横に振る。


「いえ、確かに盗賊団は二十~三十程度にまで減っておりますし、それだけを見れば軍団レギオーが対応するまでもないでしょう。

 しかし、その盗賊団を率いているのが例のハーフエルフであることを考えると、全く油断できません。」


「で、ですが、そのハーフエルフを一人、捕虜にしたのでしょう?

 だったら……」


「いえ、捕えたのはハーフエルフではなくヒトです。

 魔道具マジック・アイテムを装備しているそうなので、聖貴族コンセクラトゥムであることには違いないと思われますが、まだ判明している事実からはそれは定かではありません。」


 あくまでも冷徹なゴティクスの回答にルーベルトは呻くように溜息を噛み殺し、伸びあがっていた上体から力を抜いて残念そうに顔をしかめた。まるでゴティクスをなじるような表情である。


「また、捕えたと言っても捕えたのが《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属だそうです。

 つまり、《暗黒騎士リュウイチ》様の御力によるものです。

 軍団レギオーの実力によるものではありません。」


 不満げなルーベルトに追い打ちをかけるようにゴティクスが言うと、まるでルーベルトの不満が伝染したかのように会議室中から一斉に呻き声が漏れた。


「ルクレティア様がブルグトアドルフを離れ、こちらにお戻りになれば、軍団レギオーの力だけでは対処できなくなるかもしれない……そういうことでいいのかしら、子爵公子閣下ウィケコメス?」


 エルネスティーネは自分の状況認識が正しいか確認するために、隣に座るアルトリウスに訊ねると、アルトリウスは貴公子らしい優雅さを保った様子で頷いた。


「対処できなくなるというのはいささか大袈裟な表現かもしれませんが、しかし盗賊団はともかくハーフエルフへの対処が難しいのはその通りです、侯爵夫人マルキオニッサ


 アルトリウスの説明にエルネスティーネは悩まし気に一同を見回す。家臣たちはいずれもエルネスティーネと同じように憂慮の念を顔に浮かべていた。


「どうすべきかしら?

 少なくとももうこれ以上、こちらから割ける戦力は無い……私はそう伺ったように記憶してます。

 ですが、我が領民に、ブルグトアドルフの住民にこれほどの被害を生じさせながら彼らを野放しにするなど、許されることではありませんわ。」


 ブルグトアドルフは小さい街だが住民の四割もの犠牲者を出し、その上全住民が街を捨てて避難する羽目に陥っている。相手がいくらこの世界ヴァーチャリアで最も高貴とされる聖貴族コンセクラトゥムとはいえ、許される問題ではない。領主として容認できない。その責任は取ってもらわねばならないし、これ以上の暴虐は何としても阻止せねばならない。

 だが、アルトリウシアには一個軍団に相当する兵力が集結してはいるものの、ブルグトアドルフに行っているアロイス・キュッテルに更なる増援を届けてやることはできない。現在遂行中の復旧復興事業を中断させるわけにもいかないからだ。増援を送らなければブルグトアドルフやシュバルツゼーブルグで更なる犠牲者が出てくるかもしれない。だが、ハン支援軍アウクシリア・ハンによって住居を焼かれてしまった住民たちに代わりの住居を用意してやらねば、今度はアルトリウシアで数千人もの人が冬を越せなくなってしまう可能性がでてくる。


「アルトリウシアの復旧復興に影響を及ぼすことなく増援を送るとなれば、ズィルパーミナブルクから戦力を抽出する他ないでしょう。

 その判断はキュッテルアロイス閣下が下されるとは思いますが……」


 アルトリウスがエルネスティーネを慰めるように言うと、その後をとるようにゴティクスが説明を付け加えた。


「問題は兵站へいたんを確保できるかどうかです。」

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