第82話 状況確認
統一歴九十九年四月十日、夕 - セーヘイム港/アルトリウシア
セーヘイムはアルトリウシア湾の北側ヨルク川の河口から少し西へ寄ったアーレ半島の付け根にある港町である。
伝承によると遠く大陸東部からこの地へ流れ着いたブッカたちはアルトリウシア湾口から木製の神像を流し、それが漂着したこの地に上陸し
半島の南側といういささか日当たりの悪そうな場所ではあるのだが、アルトリウシア湾は東側も南側も沿岸部は皆湿原になっていることを考えると、実は最も住みよい恵まれた場所だった。
彼らはここに家を建て、港をつくり、周囲を開拓して畑を作り、羊を飼って根を降ろした。
レーマ帝国が進出して来てからというもの、彼らは積極的に交易し、交流し、協力関係を築いてきた。今ではすっかり同化してしまっているが、それが悪い事だとは誰も思っていない。
ただの寒村にすぎなかったセーヘイムは今やアルビオンニア最大の貿易港であり、アルトリウシアの台所とでも呼ぶべき漁港にもなっていた。
とは言っても、多数の大型船が接舷するような設備も無く、大きな倉庫が立ち並んでいるでもなく、巨大な造船設備があるわけでもない。
セーヘイムの船の大多数はアルトリウシア湾内で操業する漁船で、湾外に出る大型漁船や交易船の数は限られる。遠浅のアルトリウシア湾に出入りする交易船は中型以下の
貿易規模そのものが小さいので港を利用する船腹量自体が限定的であり、港湾設備の規模も必然的に限定的なモノに納まらざるを得ない。艦隊と呼べるような規模の船団が入ってきたら、あっという間に船着き場が埋まってしまう程度の港でしか無かった。
アルビオンニア最大の貿易港の座は近い将来、銅山開発が進んで以来急速に発展が進むクプファーハーフェンに奪われるであろうことは確実視されている。
そんなセーヘイムの港へ史上最大のロングシップ『ナグルファル』号が入港してきたのである。
夕暮れ時とはいえ誰の目にも付くし、あっという間に人だかりが出来てしまう。
いつもなら近しい者同士が抱き合って再会を喜ぶような場面なのかもしれないが、今日の雰囲気はいつもとあからさまに違っていた。
セーヘイム以外のアルトリウシアは
おまけに完全武装した軍団兵が厳重な警備体制を敷き『ナグルファル』号が接舷した桟橋まるごと立ち入り禁止にしてしまった。
住民たちにとってはこれまで経験した事の無い、かなり異様な状況と言えた。
住民たちの動揺を無視するわけでは無かったが、彼らの関心を集める『ナグルファル』号
メンバーはセーヘイムの
「まず、状況を整理します。
当初の予定では
そして、まず
それとは別に
テントの床に置かれたロウソクを中心に輪になって座る一同に対しクィントゥスが説明する。
「そのおっしゃりようですと、それが不可能になっているのでしょうか?」
ルクレティアが入港前に甲板から見たアルトリウシアの惨状を思い出しながら訊ねた。
「不可能になるかもしれません。
少なくとも海軍基地への入港は不可能になってしまいました。」
「いったい、何が起こっているのですか?」
クィントゥスの答えに対してヴァナディーズが結論を急かす。人工降雨の話が中断されてしまった事で少し不機嫌なのだ。
それに対して今度はヘルマンニが答えた。
「聞いた話じゃが、どうやらハン支援軍が叛乱を起こし、暴れまわったらしい。
私らが出くわした『バランベル』号はアルトリウシアからの逃亡を企てたハン族の奴らが乗っておったようだな。」
「ハン支援軍が!?」
息を飲むルクレティアの様子を見ながら、クィントゥスが続ける。
「被害はかなりなようです。
セーヘイムを除くすべての集落や市街地が襲われていて、何万人もの人々が火事で焼け出されてしまっているそうです。
ティトゥス要塞やマニウス要塞の
橋もいくつか落とされているそうなので、リュウイチ様を御連れしようにも難しいかもしれません。」
「なんてこと!」
唯一被害にあわなかったセーヘイムだが、アルトリウシアを行き来するための橋が落とされている上に大規模火災と大量の避難民が発生したため、アルトリウシア内の交通がほぼ完全にマヒしており、情報の伝達もままならない状態になっているようだった。
各地区はそれぞれ独自に対応に追われている状態で、他地区の状況確認など後回しになっている。
もしかしたら、侯爵夫人も子爵もティトゥス要塞城下町の被害対応だけで精いっぱいで、アルトリウシア全体の被害状況は把握できていないかもしれない。
「ひとまず、
そこで状況もある程度は知れるでしょう。
マニウス要塞へ行けるようなら、馬を借りて命令書を届けるつもりです。
ルクレティア様はいかがなさいますか?」
「え、
「
リュウイチ様の接遇について神殿長の御立場から御協力を仰ぐ必要があります。
もし、ルクレティア様が一度お帰りになるのであればと思いまして・・・」
「
ルクレティアはリュウイチの方をちらりと見た。立場上、リュウイチの側から離れるわけにはいかないが、どのみち一度は帰らねばならないのも事実であり、どうすべきか判断に迷ったのだった。
『ああ、私の事は置いといても大丈夫ですよ。』
「ですが、リュウイチ様をこのようなところへ御一人にするわけには・・・」
「あら、
これで人工降雨の話の続きを聞く時間が出来たとばかりに満面の笑みを浮かべるヴァナディーズにルクレティアが予想外の反撃を繰り出した。
「何言ってんですか!
ヴァナディーズ先生はクィントゥス様と一緒に領主様のところへ行くんでしょ!?」
「え!?何で私が?」
「先ほど領主様が報告書作るのに
ルクレティアの指摘にヴァナディーズはあからさまに「しまった!」という表情を浮かべた。
「ああ・・・いや、でもあれは・・・」
「分かりました、では
「くっ・・・わかりました。」
何とか逃れようとしたヴァナディーズだったが、クィントゥスにそう言われては断ることもできず受け入れざるを得なくなった。
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