第1369話 来客
統一歴九十九年五月十二日・午前 ‐
「あらディアナ、どこへ行くの!?」
ディアナ・アヴァロニア・ウィビアは伯母トラヤニア・レグリアの
「ちょっと一度ウチに帰って来るわ」
「えっ、何しに!?
忘れ物でもしたの?」
「見てよ
驚くベローナにディアナは寝室から持ってきたスープ皿を見せた。窓を開けても光の入らない部屋を掃除するためにベローナが用意していたランプの灯りに照らされた皿には手つかずの
「まぁ、
ベローナは奥に居るはずのトラヤニア・レグリアに向かって声を張ると、奥から同じように声を張ってトラヤニア・レグリアが返事をしてきた。
「いいのよそんなもの!
私は食べないわ!
要らないから捨てて頂戴!!」
ディアナは傾けすぎて粥が零れそうになった皿を水平に戻し、上目遣いで母の顔を見る。娘と目を見合わせたベローナは溜息をついた。
「せっかく子爵様が領民のために御用意くださったのに……」
「コレ、どうしたらいい?」
捨てるのは流石に
特に今年は塩や香辛料の貯蔵施設が
こうした状況を
「いいわ、蓋でもして置いときなさい。
きっとテルティアさんが温めなおして食べるわよ」
ベローナは小さく首を振りながら言った。テルティアとはトラヤニア・レグリアと同居している妹である。一度は結婚して家を出たのだが、一昨年の火山災害で家族を失ったのを機に実家へ出戻ってきたのだ。嫁ぎ先の姑との折り合いが悪く、夫も子供も居なくなったのに同居を続けたくはなかったのだそうだ。
このテルティア、末娘だけあってベローナから見ると中々
トラヤニア・レグリアの性格も状況も分かっているクセに、本人が食べたがらないであろう大麦粥を貰ってきてそのまま出すあたりからもその無神経っぷりが伺えよう。しかも大麦粥を出して食べてもらえなかったのは今回が初めてではないのだ。ベローナも一度テルティアに注意したことがあるのだが、テルティアは一向に気にする様子もなくあっけらかんと言ったものだ。
大麦が入ってるから食べない?
そんな
お腹が空けば嫌でも食べるでしょ……
以来、ベローナもテルティアにトラヤニア・レグリアの世話を期待するのは止めてしまった。現に今も居ないではないか……というか、ここに来る前に工房に出かけるテルティアとすれ違っている。テルティアの方は洗濯物を抱えていたのでベローナたちに気づかなかったようだが……。
ディアナはベローナに言われた通り、近くの
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「ええ、
アレなら食べるだろうし、今は食べなくても日持ちするから……」
夫のセウェルスは仕事先の要塞から余った軍用パンをよく貰って来ていた。貰って来た軍用パンは家では誰も食べないのだが、セウェルスにも何人か
「
ディアナはそう言って玄関へ行き、扉を開けた。外に出る前に
ギイッ……ディアナが履物を履き替えていると、半開きにしていた扉が鳴って影が差す。何だろうと思って見上げると、見知らぬ男が立っていた。
「
こちらはアヴァロニア・レグリアさんのお宅であってるかな?」
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