グルグリウスとの前哨戦

第1271話 捕えられたティフ

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦中央通りウィア・プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 先に砦に入ったはずのメルキオルたちの乗った荷馬車を、グルグリウスに乗馬を引かれながらティフ・ブルーボールは追い越していた。メルキオルたちの荷馬車は正門ポルタ・プラエトーリアをくぐると中央通りウィア・プラエトーリアをたいして行かないうちに脇へ入り、商業区に設けられた礼拝堂の前で停車。そこでメルキオルとウッシの二人を降ろしていたのだが、敵の砦へ乗り込んだ緊張感でイッパイイッパイになっていたティフの目にはその様子は全く映っていなかった。荷馬車の荷台からウッシが心配そうにティフを見続けていた事にもまったく気づいていない。

 そんなことで砦の内部を覚えられるのだろうか? このあとルクレティアと、そして《地の精霊アース・エレメンタル》と、更にはあわよくば精霊エレメンタルたちの背後にいる黒幕と面会しなければならない。そして交渉が上手くいかず、レーマ軍がティフを逮捕しようとしたら脱出しなければならないのだ。そのためには今のうちに砦の構造などを観察し、脱出の際に活かさねばならないはずだが、残念ながら今のティフはそれどころじゃなくなっていた。

 頭の中で「どうする?」という疑問がずっとグルグル回り、考えがまとまらず答らしい答が全く出てこない。それどころか考えを邪魔するように全く無関係なことが次々と頭に思い浮かんで思考の邪魔をする。気づけば耳も視界も暗くなっている。暗視魔法を使っている筈なのに周囲が暗くてよく見えない。正面のごくわずかな範囲がボンヤリ見える程度で、音もすべてがどこか遠くで鳴っているようで、自分が乗っている馬の蹄の音すら不確かだ。グルグリウスとゴブリン兵が何かしゃべっているような気がするが、何故か聞き取れない。


 何だ……いったいこれは何だ?


 ティフはふと自分の置かれた状況があまりに異質なことに気づいた。だが、ふと抱いた自分自身の疑問に答を見つけ出そうとしても、これまでまったく経験のない感覚からは何も浮かんでこない。気づけば重力すら感じなくなり、身体がどこかあてどなくフワフワと浮かんでしまっているかのようだ。頭は中で雑念が……ではなく、もう物理的にグラグラと揺れているかのようである。

 ティフが記憶をなくすほど酒に酔った経験があれば、その時の状況に今を重ねていたかもしれない。ともかく不確かな感覚、まとまらない雑念、そう言ったものを振り払おうとティフは思わず目を閉じた。


「どうしちまったんだいやっこさん、何か難しい顔して大人しくなっちまったぜ?」


 馬上で揺られながら目を閉じ、口を固く結んで苦悶の表情を浮かべるティフを見上げてヨウィアヌスが尋ねるとくつわをとるグルグリウスはクスッと笑いながら答えた。


「『盲目化ブラインド』という魔法をかけました。

 闇属性の魔法で普通なら視界を奪うだけですが、今の吾輩わがはいならば視覚以外の全ての感覚をも塞いで何も分からなくしてしまうことも可能です。

 今の彼は目も見えず音も聞こえず、熱も触覚も無くなっていることでしょう。

 今なら、何を話しても彼には聞かれませんし、何も見られる心配はありませんよ」


「へぇ、便利なもんだな」


 ヨウィアヌスは顔を引きつらせながら吐き捨てるように笑い、馬上のハーフエルフに同情の目を向けた。感覚が失われる……その状況を想像できるわけではなかったが、こうして苦しそうな表情を見る限り気持ちのいいものでは決してないに違いない。


「グルグリウス様ぁ、闇魔法なんか使えるんですか?」


 唐突に問いかけて来たのはカルスだ。どこかグルグリウスとは距離を置く様な態度を取っていたカルスから質問が来るとは思っても居なかったため、グルグリウスは咄嗟に答えられず無言のままカルスの方を振り向く。カルスは一瞬、質問したことを後悔したが、怖気を振り払うように質問を続けた。


「あの、失礼かもしれないけど、グルグリウス様ぁ《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属で、ガーゴイルって種族は地属性の妖精ニュムペーって聞いたんです。

 だから、てっきり地属性の魔法を使われるんかと思って……」


 てっきりカルスは隔意を抱いているのかと思ったがどうやら違うのかもしれないとグルグリウスは思い、素直に答えた。


「失礼ではありませんよカルス……先ほども言いましたけど、吾輩わがはいはアナタ方とは友達になりたいと考えているのですから、興味を持っていただけるのは嬉しく存じますとも」


 グルグリウスがニッコリと笑うと、カルスはゴクリと唾を飲んでどこか困った様な笑みを浮かべた。わずかにカルスの歩くペースが落ちて距離が開いたのは気のせいだろう。


「確かにガーゴイルは地属性の妖精ですが、だからといって地属性の魔法しか使えないというわけではありません。

 それは《地の精霊アース・エレメンタル》様も同じで、妖精や精霊エレメンタルにとって魔法は自分と同じ属性のが使いやすいというだけで、別に自分の属性の魔法しか使えないというわけではないのですよ。

 異なる属性の魔法で全く同じ現象を引き起こすことだって可能ですしね。

 まぁ、違う属性の魔法は使いにくいというだけにすぎません。

 吾輩わがはいの場合は元がインプですからね、グレーター・ガーゴイルにしていただいた今でも、闇魔法は多少使いやすいのですよ」


「インプってのぁやっぱ、闇属性なのかい?」


 カルスに答えたはずだったが乗ってきたのはヨウィアヌスだった。グルグリウスは少し困ったように笑う。


「まぁ闇属性と言えば闇属性なんでしょうが、それほどハッキリとした自覚はありませんでしたねぇ」


「何で、インプだったから闇魔法が使えるんだろう?」


「ん~~、インプが使える魔法って大したものじゃないんですよ。

 魔力が弱いですからね。

 それで使える闇魔法といっても、ごく短い時間自分の姿を見えなくする『隠伏ハイド』ぐらいなものです。

 ただ、大したことなくても闇魔法は闇魔法ですから、使い慣れている以上は闇属性の魔法もまったくの未経験者よりは有利でしょうよ。

 おまけに《地の精霊アース・エレメンタル》様から膨大な魔力を与えられた今なら、もっと強力な魔法が使えるようになっております」


 三人は歩きながら馬上のティフを見上げた。相変わらず苦悶の表情を浮かべ、目を閉じて口でブツブツ何かを呟いているようだが、何を言っているのかはさっぱり聞こえない。


「今回はちょうどいい機会でしたのでね、試させてもらったのですよ」


 グルグリウスは少しうれしそうに笑ったが、ヨウィアヌスとカルスの浮かべた笑みはどちらかと言えば苦笑いと呼ばれる類のものだっただろう。

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