第642話 別の交渉窓口の模索
統一歴九十九年五月七日、夕 - セーヘイム・ヘルマンニ邸/アルトリウシア
「ほうか‥‥‥」
セーヘイムの
そのことはイェルナク様が所管しておられる。イェルナク様のおられぬところで、私なんぞが勝手に話をすることなど出来ん。名簿の作成もイェルナク様が遅滞なくやっておられる。いや、私は知らん。他の誰も知らん。イェルナク様が御一人でやっておられるのだ。そうだ。だからイェルナク様がお戻りになるまでその話は出来ん。船もダメだ。『バランベル』号が直らないうちは返すわけにはいかん。そちらが船が必要なように、我々にだって船は必要なのだ。早く返してほしければ、早く『バランベル』号を直すんだな。直せないんなら駄目だ。返せない。
ヨンネに応対した
「アイツらぁ、手前ぇの都合ばっか並べ立てやがって、道理ってもんがまるで通じねぇ。
自分らで要るモンなら他人様のモンを勝手にしていいとでも思ってやがんだ。」
ヨンネは吐き捨てるように言った。
セーヘイムの代表、ヘルマンニの名代として交渉ごとに挑むようになってからヨンネは奇麗な言葉遣いを身に着けるよう心掛け、実際
「じゃが、参ったな……イェルナクが戻らにゃあ話になんねぇってんじゃ。
こらぁいよいよ先が見えなくなっちまったなぁ。」
ヘルマンニは難しい顔をして腕を組み天井を見上げて目を閉じた。
「イェルナクの野郎はサウマンディウムへ行っちまったんだろ?
予定じゃ明日か明後日には帰ってくるんじゃないのかい、叔父さん?」
「いんにゃ、わからん。」
尋ねるヨンネにヘルマンニは首を振った。その後、閉じた目を薄く開け、薄暗い屋根裏を見上げる。
「どうやら伯爵がイェルナクの奴に漏らしちまったらしい。」
「漏らしたって!?」
ヨンネは驚き、座っていた椅子から思わず身を乗り出す。
ヨンネは郷士としてのヘルマンニの仕事を手伝う必要上、降臨について知らされているセーヘイムでも数少ない人間の一人だった。ヘルマンニはあの日、アルビオンニウムへ行っていた部下たち以外ではヨンネと、あとごく限られた側近数名にしか降臨の事は話していない。もちろん、妻のインニェルにさえ教えていない。
そして、今この部屋にはヘルマンニとヨンネの二人きりだった。
「ああ、リュウイチ様の事をじゃ。
あと、ルクレティア様が
ペシッと音を立ててヨンネは自分の顔を手で覆う。
「なんてこった‥‥‥」
「しかも、アルビオンニウムにゃあ今、ムセイオンから脱走してきたハーフエルフが来ておるらしい。そいつらぁシュバルツゼーブルグ周辺の盗賊どもを束ねて、暴れておるそうじゃ。」
「ハーフエルフ!?そんな人たちがいったい何しに!?」
「どうも、手前ぇの親の顔見たさに、降臨を起こそうとしとるんだそうな。」
ヘルマンニは昨日、
「それって……まさかホントにメルクリウス団!?」
驚き目を丸くしたヨンネを見もせず、ヘルマンニは自分の顔を両手で覆う。
「さあな、わからん。」
「わからんって‥‥もしホントだったらイェルナクが言ってたことが……」
「いやっ、そりゃあ無いじゃろ。」
ヘルマンニは言いながら両手で顔を拭い、そして背もたれに預けていた身体を起こした。そして今度は肘掛けに両肘をつき、上体を前かがみにする。
「じゃが、偶然とはいえあ奴らに都合のいい連中が現れちまった。
降臨の事、リュウイチ様の事、ハーフエルフの事、それを知っちまったイェルナクがエッケ島へ戻ったらどうなる?」
叔父ヘルマンニにジロリと視線を向けられ、ヨンネは椅子から乗り出していた身体を元に戻した。
「そ、そりゃあ、アイツ等……」
「そう、手が付けられんようになるかもしれん。
調子に乗るじゃろうの……」
そう言うとヘルマンニはテーブルの上の台から愛用の
「じゃから、侯爵夫人様ぁ伯爵様に鳩を飛ばしたんじゃ。
イェルナクをなるべく足止めしといてくださいとな。」
「え、てこたぁイェルナクの野郎は……」
ヘルマンニは金、銀、
「簡単にゃあ帰って来るめぇ。
伯爵は御自身の不覚に責任を感じておられるはずじゃ。
イェルナクを足止めしてくれっちう侯爵夫人様の
何のかんのと理由を付けて、当分はイェルナクをサウマンディウムへ引き留め続けるじゃろう。
下手すりゃ、二度とコッチに帰って来んかもしれん。」
その意味するところを想像し、ヨンネはわずかに眉を
それを今までこうやって穏便に済ませているのは、ただただ、アルトリウシアに降臨者 《
この状況下でエッケ島を離れたイェルナク……彼をそのまま始末したとしても、何の不思議もない。
「で、でも
「ああ、じゃから今日、お前ぇをエッケ島へやって様子を探らせたんじゃよ。
イェルナクが居ねぇ状況でも、連中が交渉に乗ってくれっかどうか……な?」
ヘルマンニはもう一口、黒ビールを啜ると
イェルナクが居ない状況でハン支援軍の誰かがイェルナクの代わりの交渉窓口になってくれるなら、イェルナクをこのままサウマンディウムで始末してもらう事も出来るだろう。相手は泳ぎのできないハン族のホブゴブリンだ。帰りの船で海に突き落とすだけで簡単に始末できる。
今日ヨンネがエッケ島へ送られ、人質解放と
「何とか穏便に、人質を解放してもらいてぇんだがなぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます