第982話 話し合いの姿勢

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



グルグリウスアナタ!』


 困りきっているクレーエの様子に《森の精霊ドライアド》が態度を豹変させ、再びグルグリウスをにらみつける。


『まさか彼らを私から引き離そうとしてるんじゃないでしょうね!?』


「なんのことですか義姉上あねうえ!?」


 驚くグルグリウスに少女はグイッと脚を前へ踏み出して追及を強める。


『ひょっとしてまだ彼らを諦めてないんじゃないの!?』


「まさか!

 先ほども申しましたように《地の精霊アース・エレメンタル》様が捕えよとお命じになられたのはペイトウィンこの者一人です。

 その者たちは確かに口封じにとは思いましたが、義姉上あねうえの御友人と知った以上は……」


クレーエの旦那ヘル・クレーエ!」


 《森の精霊》の追及にグルグリウスが弁明を始めたところで、レルヒェがクレーエに小声で話しかけてきた。


「なんだよ!?」


「さっきあの悪魔ディーモンが言ってたのはホントなのかい?

 あの《森の精霊ドライアド》様が敵側の《地の精霊アース・エレメンタル》の手下だって話。」


 先ほどまで《森の精霊》の世話になるつもりで満々だったレルヒェはグルグリウスの話を聞いてどうやら《森の精霊》の加護も安心できないと悟り、不安になったようだ。

 盗賊たちは《地の精霊》のことについて聞かされていないし知る由もないのだが、グルグリウスの話から察するにグルグリウスも《森の精霊》も同じ《地の精霊》の手下らしい。そしてその《地の精霊》はどうやらレーマ貴族に味方しているようだ。であるならば、確かにこの場は悪魔グルグリウスの追跡を逃れることが出来るだろうが、このままレーマ貴族に敵対し続ける『勇者団』ブレーブスと行動を共にする限り、いずれ《森の精霊》も敵に回ることになる。このまま《森の精霊》の厄介やっかいになるということは、レーマ貴族側の……ひいては目の前にいる悪魔グルグリウスの罠にハマるのと同じことなのではないか? ……レルヒェはそこまで明確に順序だてて考えることが出来ていたわけではないが、それでも何となく漠然とそうした不安に駆られたのだ。


 事情を知らないレルヒェが余計なことを言っちまったせいで《森の精霊ドライアド》様のもとに留まったら、もしかして俺たちはヤバいことになっちまうか!?


 レルヒェは一昨日寝ている間に色々あってクレーエが《森の精霊》の加護を得たという話だけを、ネグラにしていた山荘からこの森に来るまでの間にザッとは聞いていたが詳しいことまでは聞けていない。ただ、こうして当たり前のように《森の精霊》と話をしているし先ほどは魔法まで使って見せた以上、クレーエなら何か知っているだろう、知っていたから先ほどの《森の精霊》の提案に渋ったのではないかと考え、クレーエに説明を求めていた。

 しかしレルヒェの期待とは異なり、クレーエも彼らの事情など詳しく知っているわけではなかった。《地の精霊》については一昨日初めて《森の精霊》と会った時、『勇者団』と《森の精霊》との間で交わされた会話の中からレーマ側に味方している強力な精霊エレメンタルがいるらしいということを知っているに過ぎない。《森の精霊》が『勇者団』のナイスを《地の精霊》に渡したらしいことは一昨日のティフと《地の精霊》のやりとりを通して知ってはいたが、《森の精霊》がその《地の精霊》の眷属だなんて今の今まで知らなかったのだ。《森の精霊》の提案に渋ったのは、こんな何もない山中でほとぼりが冷めるまでジッとしているなんて冗談じゃないと思ったからに過ぎない。


「そうみてぇだな。」


「そうみてぇってって旦那!?」


「うるせぇ! 

 今は何を決めるにも情報が足らなすぎる。

 精霊エレメンタル様とあの悪魔ディーモンから話を聞くしかねぇんだ。

 分かったら少し大人しくしてろ!

 さっきみてぇな出しゃばりはもうすんじゃねえぞ!?」


 小声で縋りついてくるレルヒェをやはり小声で𠮟りつけたクレーエは化け物たちの会話に意識を戻した。

 《森の精霊》とグルグリウスの言い争いは再開して以来、終始 《森の精霊》が優勢を保っている。実力でも立場でも勝てない義姉に義弟が押されっぱなしになっているという状態だ。にもかかわらずその外見は幼い少女と巨大な岩の悪魔の言い争いなのだから、見ている方は違和感が凄まじい。


『私の友達だから私の前で手が出せないだけで、私がいないところでなら手が出せるっていうんじゃないの!?』


「考えすぎですよ義姉上あねうえ

 吾輩わがはいが嘘などつくわけないじゃありませんか!?」


 グルグリウスはすっかりタジタジになっており、困りきった様子で必死の弁明を繰り返している。


『分かったもんじゃないわ!

 だいたいアナタは私みたいな精霊エレメンタルと違って身体を持つ妖精じゃない!

 妖精は人間を騙すこともあるんでしょ!?』


「確かに妖精は嘘をつくことも策略を巡らすこともあります。

 でもそれは肉体を持つ者に対してです!

 肉体を持たない精霊エレメンタルを騙して何になるというのです?

 吾輩わがはい義姉上あねうえに嘘はつきません。」


『ホントに諦めたなら何でそうやってゴーレムたちを並べているの!?

 彼らが怖がってるじゃないの!!

 目的を果たし、これ以上事を構える必要がないなら、戦う姿勢など見せる必要は無いはずよ?!』


「むっ!?」


 これは確かにグルグリウスの落ち度だった。グルグリウス自身がグレーター・ガーゴイルの正体を露わにし、マッド・ゴーレムを六体も並べていたのでは戦闘態勢を万全に整えて相手を威嚇していると取られても仕方がないだろう。武器を突き付けながら平和を説いたところで説得力などあるわけもない。

 反論の余地がないと悟ったグルグリウスは無詠唱でマッド・ゴーレムたちを土に還すと、続けて自分自身も人間の姿に変身した。


「消えた!?」

「ど、どこへ!?」


 マッド・ゴーレムたちが消えたと思ったら突然見えなくなったグルグリウス巨大な岩の悪魔……その行方を探すクレーエたちの目に映ったのは灰色っぽい肌をした不気味な巨漢の姿だった。シュバルツゼーブルグでルクレティアたちに見せたのと同じ、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした紳士の恰好を再現したグルグリウスは地面に空いた穴……ガーゴイル自分自身の足跡の底に立ったままフンッと気を取り直すように鼻を鳴らし、小さくお辞儀をする。


「失礼しました義姉上あねうえ

 確かに吾輩わがはいの姿勢は、この場にふさわしいものではありませんでした。

 しかし、こうしてゴーレムたちも消し、吾輩わがはいも姿を人間のものに改めました。

 どうかこれで御勘弁いただけないでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る