第545話 這い寄る敵

統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 ランツクネヒト【Landsknecht】…元々は《レアル》中世末期から近世にかけて欧州で活躍したドイツ傭兵の通称であるが、ランツクネヒトという名称の語源については諸説あってはっきりとはしていない。この世界ヴァーチャリアには降臨者パウル・フォン・シュテッケルベルクによって、ドイツ騎士道精神と共にその文化が伝えられた。ランツクネヒトの文化や伝統を受け継いだ者たちは自らランツクネヒトと名乗り、今ではランツクネヒト族という民族名となっている。


 ランツクネヒト族は世界を二分した大戦争期において、レーマ帝国と啓展宗教諸国連合の両方の陣営で傭兵部隊として戦い、いずれの陣営においても有名を馳せた。ほぼ使い捨ての傭兵であることから常に消耗の激しい激戦地に積極的に投入されたこと、そしてその地において苛烈な戦いぶりを示し続けたこと、そして何と言ってもその見た目の派手さで目立ち続けたことがその理由であろう。


 ヒト種の中では割と背が高く恵まれた体格に、派手な原色に染められた布をパッチワークで組み合わせた衣装で着飾った彼らは戦場でも非常に目立った。戦場でどれだけ目立つことができるか…それに血道をあげているかのような彼らの衣装は武装した道化師そのものであり、『呪われた道化師カースド・クラウン』『魔王の宮廷道化師デビルス・ジェスター』『戦場の愚者バトルフィールド・フール』などという異名で呼ばれることもあった。

 もちろん、そのような異名で呼ばれるのは何も衣装が奇抜だからというだけではない。彼らは道化師クラウン宮廷道化師ジェスターなどと比喩されたとしても、ピエロと呼ばれることは無いのだ。


 彼らランツクネヒトの歩いた跡には何も残らない…。


 彼らはその徹底した破壊と暴虐によって真に恐れられたのである。

 それは彼らがほぼ使い捨て同然の傭兵部隊であるが故のことだった。彼らは満足な補給を受けられることがあまりなく、仕方なく調に走らざるを得なかったのである。つまり、略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュゲイマーガメルを凌ぐそれによって、彼らが派遣された戦場では文字通り何も残らなかった。それゆえに、ランツクネヒトの名は敵味方双方から恐れられる存在だったのである。


 元々、兵站を徹底することで知られていたレーマ軍ではさすがに問題視され、大戦争も後期になると正規軍並みの補給を受けられるようにはなっていったが、それでも一度ついた印象というものはそう簡単に変わるものではない。

 大戦争終結によって啓展宗教諸国連合側のランツクネヒトは故郷へ帰ったし、レーマ側のランツクネヒトは辺境の地アルビオンニアを与えられてそちらへ移り住んだため、実働部隊としてのランツクネヒトの姿を目の当たりにする機会は少なくなった。おかげで、今でも世の人々がランツクネヒトに対して抱くイメージは略奪と殺戮を行う道化師軍団のままとなっている。


 ムセイオンで箱入り状態で育った『勇者団ブレーブス』のアーノルド・ナイス・ジェークやフィリップ・エイー・ルメオにとって、ランツクネヒトとはまさに戦記物の書物に登場する伝説の存在である。それが松明たいまつを掲げ、隊伍たいごを組んで歌いながら目の前を通り過ぎていく…。

 二人は木や茂みに隠れ、息を殺しながら目を皿のようにして見守った。


「スゲェ…ホントにいたんだ…」

「本で読んだまんまだな…」


 一糸乱れぬ完璧な歩調で坂道を降りて行ったランツクネヒトを見送った二人は、しばらく息をするのも忘れるほど呆気に取られていた。


「ど、どうする?」


「どうするって、もう作戦中止の合図を出しちゃったんだ。

 逃げるしかないぜ?」


 ハッと我に返ったエイーが尋ね、ナイスも我に返って答える。


「でも、スワッグは?

 待たなくていいのか?」


「そういや、こういう時どうすりゃいいか聞いてなかったな…」


 作戦ではメークミー・サンドウィッチを救出したスワッグ・リーと一緒に逃げる手筈になっていた。エイーはヒーラーであるにも関わらずナイスやスワッグたちと一緒にここにいるのは、助け出したメークミーが傷ついている可能性や、敵中に突入したスワッグが負傷する可能性を想定したからだ。

 だが、思いもかけない敵の増援の登場で予想外の作戦中断を余儀なくされている。スモル・ソイボーイの立てた作戦ではこのような事態は全く想定していなかった。


「とりあえず、待ってみる?」


「そうだな、俺たちはまだ見つかってないし…脱出ルートも確保できてる。

 もしもスワッグがこっちに来たら援護してやらなきゃいけないし…」


 ナイスは坂道を下り切り、今にもブルグトアドルフの街へ突入しようとしているランツクネヒトの松明の灯りを見ながらつぶやいた。二人はそのままボソボソと小声で話しを始める。


「こっちに来るかな?

 こっちに来るって事はさっきのあの大軍を通り抜けるってことだよ?」


「スゲー大軍だったな…何人いたんだろう?

 五百くらいいたか?」


「いや、呆気に取られて…とてもじゃないけど人数なんて…

 いくらスワッグでもアイツ等は突破できないよね?」


「スワッグ一人なら見つからないでやり過ごせるかもしれないけど、メークミーが一緒だったら無理だろうな。」


「だよねぇ…ナイスの弓でも無理だろ?」


「さすがに数が多すぎるよ。」


「さっきの大爆発は?」


 エイーはナイスが作戦終了の合図に使った魔法でランツクネヒトに対処できないか尋ねたが、ナイスは残念そうに首を振った。


「あれは…手投げ爆弾と同じくらいの爆発力は、多分あると思う。

 でも、準備に時間がかかるんだ。」


「でも、さっきはすぐに撃たなかった?」


「今のは矢に事前に魔力を込めてたからな。

 どういう展開であれ、作戦終了の合図は出さなきゃいけなかったから…でも準備してたのはさっきの一本きりだ。

 一応、次の一本に魔力を込めはじめてはいるけど…そう何本もは…」


 ナイスは後悔をにじませながら言った。ナイスは魔力を込めた矢を撃つことで遠距離で魔法効果のある攻撃を行うことができるが、どのような魔法効果を持たせるかは矢に魔力を込める段階で決めておかねばならない。それでいて魔力を矢に込めっぱなしにしておくと、何かのきっかけで矢が傷ついたりした拍子に魔力が暴走して事故を起こす危険性があるため、普段から魔力を込めっぱなしにしておくことができなかった。

 特に雷撃系の魔法なんかを仕込んだ矢が暴走事故を起こすとシャレにならない被害が生じるので、何本も事前に用意しておくことなどは出来ない。


「どのみち、もう逃げる準備はしておこう。

 あんまり長くしゃがんでると、足がしびれていざという時動けないぞ?」


 ナイスはずっと立ちっぱなしで木の陰に隠れていたが、エイーの方はしゃがんで背の低い繁みの影に隠れていた。ずっと長くしゃがんでいると血流がとどこおり、足がしびれて感覚が麻痺してしまう。これから暗い山道を歩かねばならないのだから、今の内から立ち上がって足の状態を万全にしておいた方が良い。

 エイーはナイスの助言に素直に従った。


「うん、わかった…あ、あれ?ああっ!?」


 だが、立ち上がろうとしたエイーはその場でバランスを崩して地面に手を付いてしまう。その拍子に繁みがガサガサとなった。

 森の中は暗くてよく見えず、さすがのナイスも繁みの中に飛び込んでしまったエイーの様子がわからなくて慌てて振り返った。


「どうした!?」


 エイーは立ち上がろうとして足に何か絡まって転んだだけで特に何か怪我をしたとかは無かったが、自分の脚を手で探って立ち上がれなかった理由に気付くと悲鳴に近い声をあげた。


「あ、足に…ツタ?…あ、足枷蔓ファダー・ヴァインだ!!」


 エイーの脚にはいつの間にか足枷蔓が絡みつき、立ち上がろうにも立ち上がれない状態だった。

 足枷蔓は割とどこにでもいる植物系のモンスターではあるが、寒くなったこの時期ではほとんど活動することはない。だが彼らはつい最近、この寒くなった晩秋にも拘わらず活発な足枷蔓にやられた記憶があった。


「足枷蔓!?

 まさか…《地の精霊アース・エレメンタル》か!?」


「うそ…ソイボーイ様が引き付けてくれてるはずじゃ!?」


 スモルたちが引き付けているはずの《地の精霊》がこちらに来ているらしいことに気付いた二人はパニックに陥る。


「いいから、早くツタを切れ!

 急いでずらかるぞ!!」


「やってる、やってるよ!!」


 言われるまでもなくエイーは腰に下げていたナイフを引き抜き、脚に絡まった蔦と切り始めていた。ナイスも自分のナイフを引き抜いてエイーの傍に駆け寄り、蔦を切るのを手伝う。

 ほどなく、蔦を切ってエイーが葦を伸ばせるようになると、ナイスはナイフを弓を持ったままにしていた手に持ち替え、エイーに手を貸して無理矢理立たせる。


「よし、立て!歩けるか!?」


「あ、う、うん…とと!?」


 案の定、脚がしびれていたためバランスを崩すが、ナイスの手に支えられていたためエイーは何とか持ちこたえた。


「歩けるか?」

「な、なんとか・・・」

「よし、行くぞ!」


 ナイスがエイーに肩を貸す形で、二人は一緒に真っ暗な森の中へ姿を消したのだった。

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