第546話 救出ならず

統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



「メークミー、無事か!?」


 ロウソクが灯されているだけの薄暗い部屋へ音もなく侵入したスワッグ・リーは、ロウソクに照らしだされた見覚えのある人物へ声をかける。椅子に座った男は傍らのベッドに横たわる怪我人に治癒魔法をかけていたのだが、声に気付くと驚いた様子でスワッグの方を見た。


「!?…スワッグ?スワッグなのか!?」


 部屋にいたのが探していたジョージ・メークミー・サンドウィッチ本人であることを確信すると、スワッグはニコッと笑って屈めていた身体を起こした。暗闇の中から現れたスワッグの顔にロウソクの光が当たると、メークミーは「おお…」と小さく声を上げる。


「スワッグ、どうしてここに!?」


「決まってるだろ?

 お前を助けに来たんだ…行けるか?」


 スワッグがそう言いながら足音を殺したまま小走りで駆け寄ると、メークミーは気まずそうに顔をわずかにしかめた。その表情に気付き、スワッグの浮かべていた笑みがわずかに曇る。

 よく見るとメークミーの顔色は悪く、額には汗が浮かんでいた。


「どうした、何かあったのか?」


「すまない…せっかく来てくれたが…」


 思わず立ち止まるスワッグから目を逸らすようにメークミーはベッドに横たわるカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の方へ顔を向けた。

 ベッドの影になってロウソクの光が当たらず見えなかったのだが、よく見るとメークミーは怪我をしていた。膝の十センチくらい上の太腿が血だらけになっており、太腿の付け根を何か赤い布で縛り上げてある。メークミーは脚に被弾していたのだ。暗視魔法を使ってなければ気づけなかったかもしれない。

 スワッグは自分自身が痛い思いでもしたかのように顔をゆがめた。


「ああ!怪我したのか!?」


「え!?…ああ、これか…ああ、馬車に鉄砲玉を撃ち込まれてな。」


 メークミーとしては別の理由で脱走するわけにはいかないと考えていたので、スワッグが脚の銃創じゅうそうのことを言い出したことに少し驚いた。


「治癒魔法は?

 あ、弾が残ってるのか?」


「ああ、まだ抜いてない。」


 彼らの治癒魔法でも傷口を塞ぐことはできたが、彼らの魔法では体内に入り込んだ弾丸を除去することはできない。弾を抜き出すには外科的手術が必要であり、それをせずに治癒魔法で無理矢理傷口を塞ぐと、体内に鉛玉が残ってしまう事になる。下手するとそのまま鉛中毒になってしまい、最悪の場合死んでしまう危険性があった。


「クソッ!あの役立たずどもめ!!

 あれだけ馬車は攻撃するなって言ってあったのに!!


 ああ、でも大丈夫だ、南の森にエイーが待ってるんだ。

 そこまで行けば、エイーなら何とかしてくれるさ。

 歩けなきゃ俺が担いでやる。さあ、行こう!」


 スワッグはひとしきり盗賊たちを罵ると、すぐにメークミーを励ますように微笑み、メークミーを立たせようと屈みこみ手を差し出した。だが、メークミーは再び顔をそむけ、手をかざしてスワッグを拒絶した。


「!?」


「すまないスワッグ、俺は…俺は行くわけにはいかない。」


 メークミーの思わぬ拒絶にスワッグは驚き、一度屈めていた身体を起き上がらせた。


「何で!?何かあったのか?」


 いぶかしむスワッグをチラッと横目で見たメークミーは何か口の中でゴニョゴニョ言った後、ベッドに寝ている男に両手を伸ばして治癒魔法をかけ始めた。


「……今、俺がいなくなると閣下が死ぬ。

 今彼は、俺の治癒魔法でようやく命を繋ぎとめているんだ。」


 スワッグはメークミーとベッドに横たわる男を数度見比べ、何を言ってるんだとでも言いたげな困惑した表情を浮かべた。


「コイツが何だって言うんだ!

 ただのNPCだろ!?

 ほっとけよ!」


「ただのNPCじゃない!

 この人はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子だ。

 貴族だぞ!?大貴族だ!」


 苛立つスワッグから意識を振り払うようにメークミーは言い、治癒魔法をかけ続ける。スワッグは思わず大きい声を出してしまっていたことに気付き、一瞬黙ってドアの方を見た。そして部屋の外に人の気配がないことを確認すると、改めて身をかがめてメークミーの肩のあたりに顔を寄せる。


「サウマンディウス伯爵公子って…たしか一昨日の夜、俺たちの前に立ちはだかった敵将だろ!?」


「そうだ…そして今の俺は捕虜で、それで客分きゃくぶんとして扱われている。」


 今度はスワッグの方を見向きもせず、あくまでもカエソーの方を見たまま治癒魔法をかけ続けるメークミーの態度にスワッグはすっかり困惑してしまったようだ。立ったまま上体を屈めていたのだが、膝をつくようにしゃがみ込み、本格的に腰を据えてメークミーを説得し始める。


「正気か?

 何が客分だ!

 良いように丸め込まれただけじゃないのか?」


「・・・・・・・」


「それで、どうするんだ?

 降臨は?俺たちの目的は?

 高祖様たちを再臨させる俺たち『勇者団ブレーブス』の計画は!?」


 スワッグに詰め寄られ、メークミーは目をきつく閉じて口の中でまたゴニョゴニョ言ったのち、その表情のまま言いづらそうに言った。


「…悪いが、俺のことは諦めてくれ。」


「何!?」


「みんなには悪いが…もう、もう降臨には協力できない。」


「何だと?『勇者団』を裏切るのか!?」


 「裏切る」という言葉の汚さにメークミーはカッと目を開いてスワッグの方に向き直った。


「違う!…そうじゃない!!」


 さっきまで大人しかったメークミーの思わぬ剣幕にスワッグは思わず反射的に仰け反り、足の位置を直してすぐに姿勢を戻す。


「違うって?じゃあどうするんだ?」


「・・・・・・」


 今度はメークミーは答えられなかった。降臨を諦めると言う事はもう決めていたが、じゃあ諦めてどうするのかは未だ決めてなかったからだ。ジッとスワッグの目を見つめていた目を泳がせ、メークミーは黙り込む。


「『勇者団』を抜けるつもりか?」


「いやっ…ただ、ただ降臨術の再現には、もう協力できない。」


 改めて問い直され、メークミーは目を伏せてそう答えた。


「どうした?何があったんだ?

 そう言えば、お前の装備はどうした?」


 スワッグに追及され、メークミーはベッドに横たわるカエソーに視線を戻す。


「装備は…捕虜だからな、取り上げられたよ。」


 それを聞いたスワッグは信じられないと言う風に眉を寄せ顔をゆがめた。その表情にはさっきまでは無かったメークミーへの同情のようなものがある。


「まさか、コイツがか!?

 聖遺物アイテムだろ!?

 没収して着服してわけないだろ!!」


 スワッグはメークミーを抱くようにその肩に手を乗せ、顔を覗き込みながら尋ねた。


「着服するんじゃない…ムセイオンに送り返すんだそうだ。

 装備品と、俺の身柄を別々にな…」


 それでか…スワッグは悟ったように上体を起こし、メークミーの顔を見つめた。そのメークミーの顔には何かを諦めたような、どこか冷めたような表情が浮かんでいる。


「なんて悪辣あくらつな…聖遺物を人質にするなんて…」


「とにかく、この人を死なせる訳にはいかないし、俺も逃げるわけにはいかない。

 だから、せっかく助けに来てくれたのに悪いが、もう帰ってくれ。」


 そう言うとメークミーは再びカエソーに治癒魔法をかけ始める。だが、スワッグは諦めなかった。再びメークミーの肩を掴んで顔を覗き込む。


「待てよ!

 装備品くらい降臨が成功すれば、また手に入るだろ!?

 いや、褒美にもっといいのが貰えるさ!

 だから…!?」


 スワッグは説得を試みたが、言い終わる前にメークミーはスワッグを払いけた。スワッグは思わずバランスを崩し、尻もちをつきそうになるのをギリギリのところでこらえる。


「な、何するんだよ!?」


 驚くスワッグにメークミーは人差し指を付きつけ、その目をまっすぐ睨みつけた。


「スワッグ…あれらはたしかに聖遺物としちゃ大したもんじゃない。

 ゲーマーならもっと凄いのを持ってるだろうし、降臨に成功すればもっとすごいのを貰えるだろうさ。」


「じゃ、じゃあ「スワッグ!!」」


 言い返そうとしたスワッグをメークミーはさえぎり、そして続けた。


「大したもんじゃなかったとしても、俺にとっては大事な物なんだ!

 あれは高祖様から引き継いだ聖遺物だが、同時に母上から頂いた大事な形見でもあるんだ!

 わかってくれ…俺のあの盾は、母上が俺のために父上に強請ねだってもらってくださったものなんだ。」


 メークミーがそれだけ言うと、スワッグはそれ以上何も言えなかった。

 『勇者団』が…特にハーフエルフが降臨を起こそうとしているのは、突き詰めてしまえば父親に対する思慕しぼだった。親を想う子供の気持ち・・・それがハーフエルフたちの動機であり、それに協力するのが『勇者団』に参加するヒトの聖貴族たちの目的である。であるならば、親を想う子の気持ちを否定し、踏みにじるようなことなど出来ようはずもない。

 メークミーはメークミーで亡き母を想うからこそ、降臨をあきらめざるを得ない状況に陥っていたのだ。スワッグはそれを理解すると、メークミーにとって大事な母の形見を諦めろと言いかけた自分の無神経さに気付き、バツの悪い気持ちになった。


「そ、そうか…すまない。無神経なことを言った。」


 素直に反省する態度を見せたスワッグに、メークミーはどこか後ろめたいモノを感じていた。装備を取り上げられムセイオンに送り返されるのは事実だし、盾が母の形見なのも事実だ。しかし、降臨を諦めた理由は別に装備品を人質に取られたからではなく、単にルクレティアに諦めてと言われたからにすぎない。

 メークミーは予想外にスワッグの気持ちを傷つけてしまったことに気付き、スワッグと同じようにバツの悪い様子で揉み上げのあたりをポリポリと掻いて言った。


「いや、俺こそ…俺こそ我儘わがままを言った。

 せっかく助けに来てくれたのに…すまない。

 だが、そう言うわけだから、済まないが今日は帰ってくれ。

 俺は、『勇者団』を裏切るつもりはない。ただ…ただ、そういうわけだから、降臨にはもう、協力できない…すまない」

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