第828話 本命は……

統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐ 元老院議事堂クリア・クレメンティア/レーマ



「!?」


 コルネイルス・コルウス・アルウィナの言葉に耳を疑ったのはフースス一人ではなかった。守旧派議員であるフロンティーヌス・リガーリウス・レマヌスとアレクサンデル・マエシウスの両名を、軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムという立場を利用して軍団レギオーの視察という名目で現地へ送り込む。それは皇帝インペラートルの裏をかいて元老院セナートスの代表者をいち早く降臨者の元へ派遣する重要な策だったはずだ。それを今更になって、守旧派トップのコルネイルス自身が「期待していない」などと発言するなどあり得ない。


「コルウス卿!

 今更そのような!?」


 フースス・タウルス・アヴァロニクスは思わず座っていた椅子をきしませる。周囲の元老院議員セナートルたちも動揺を隠せないでいた。


「いやいや、まあ待て……」


 同僚議員たちの反応をたのしむようにコルネイルスは冷笑しつつ手をかざし、フーススらを抑える。


「ですが、リガーリウス卿は本人はアレでも名門の家系!

 それにマエシウス卿はコルウス卿の領袖ではありませんか?!

 それを辺境へ送り出しておきながら期待しておらんでは……」


 そう、人間性を疑われても仕方がない。飛行機はもちろん、鉄道や自動車などといった高速移動手段の存在しないこの世界ヴァーチャリアにおいて、旅行はそれだけで一大事なのだ。「旅」を意味する英語のTravelは元々古いスコットランド語のTravelinから来ている。その意味するところは「苦労する」「困らせる」「苦しむ」「疲れる」だ。それだけ「旅」は困難を伴うものなのである。

 にもかかわらず北半球から南半球へ地球を四分の一周くらいさせて遠く辺境の地へと人を無理やり追いやり、「期待していない」など普通の神経で言えるセリフであろうはずがない。


「マエシウス卿は確かにワシの領袖の一員だ。

 まあ、助けを求めて来たから助けてやったぐらいのことだ。

 助けてやる価値のある男だとはワシも思っておらんかったが、あの時の相手は皇帝派の上級貴族パトリキだったからな。言うなれば、ついでに助けてやったぐらいのものだ。

 で、どうせ助けるなら手駒に出来んかと、守旧派に組み入れたにすぎん。

 しかし、あの通り自分の事業も切り盛り出来んような無能だ。

 まあ役には立つまいよ

 リガーリウス卿にしたところで、あれはどう転んでも大成はすまい。

 確かにまだ若いが、若いだけだ。」


 そう言いながらコルネイルスは再び酢キャベツに手を伸ばし、自らの口へ運び入れる。そして唖然とする議員たちを無視してキャベツをムシャムシャと噛みながら、酢キャベツをつまんだ指をしゃぶる。

 

「マエシウス卿の船が現地にたどり着けんのは織り込み済みだ。

 二人がレーマへ帰れずとも、皇帝派の妨害にあったということにすればよい。

 そのための準備も抜かりはない。」


 さすがにフーススが顔を赤くして詰め寄る。


「準備ですと!?

 まさか二人を!?」


 フロンティーヌスは確かに無能だが、それでもレーマ大火で死んだ同僚議員の忘れ形見である。レーマ大火からの復興のシンボルとして祭り上げ、プロパガンダに利用した結果ではあったが、それでもフーススが面倒を見てここまで育てて来た若手議員であることに変わりなかった。それを大して効果のなさそうな策謀のために犠牲にしようとするのなら、断じて容認できることではない。


「馬鹿を言うな!」


 爆発寸前のフーススにコルネイルスは予め予想していたかのように牽制した。


「早とちりするな。別に二人に害をなそうというのではない。

 二人が現地へ無事たどり着き、新たな降臨者様に謁見が叶うのならそれに越したことは無い。」


 フーススは唇を結んで出かかっていた言葉を飲み込み、浮かせかかっていた腰をゆっくりと椅子へ戻す。


「ただ、二人が不幸にして目的を果たせぬことになったなら、それはそれで無駄なく利用する用意をしておく……それだけのことだ。

 備えがあるのは、悪いことではないだろう?」


 そう言い終えたコルネイルスの口元が皮肉っぽく歪む。まるでフーススにわざと勘違いをさせて揶揄からかっているようだ。


「お、おっしゃる通りです。」


 何かを押し殺すようにフーススが言うと、先ほどから考え事でもしているかのようにジッと黙り込んでいたピウス・ネラーティウス・アハーラがおもむろに口を開いた。


「まあ、この件はそれでいいだろう。

 今日の我々が話し合うべき議題は別にあったはずではないかね?」


 そのピウスは何やら呆れたような困り顔である。


 コルウス卿の……悪戯いたずらだった???


 コルネイルスは時々、このように若手や新参者の議員や下級貴族ノビレスたちを揶揄からかうことがあった。

 若手や新人に何か仕事を言いつける。元老院きっての大物から仕事を任された新人や若手は自分を売り込むチャンスだと思い、それこそ一生懸命その仕事をする。そして期待に胸膨らませて成果を報告する若手や新人に対し、コルネイルスは無情にもダメ出しをするのである。お前が必死にやった仕事でもワシにとってはどうと言うほどのことでもないのだ……そう思い知らせて両者の力の差、上下関係をハッキリさせようとする彼の常套手段じょうとうしゅだんだ。コルネイルスにとって珍しい行為ではないのだが、それをフースス相手にやったというのが周囲の議員たちを驚かせていた。

 こういう悪戯は相手が身内に加わったばかりの新人に対してやるものであり、フーススのように付き合いが長く、側近といって良い立場の者にやるようなことではない。コルネイルスとフーススの双方とそれなりに付き合いのある彼らにとってははなはだ理解しがたかったし、だいたいが今回の二人の派遣はフーススの発案ではあったが、コルネイルスを含めた主要な守旧派議員たち全員が同意に達したうえで決めたことなのだ。つまりコルネイルスはもしかしたらフーススだけに嫌がらせをしているつもりなのかもしれないが、冷静に考えれば彼以外の守旧派議員全員に対してダメ出しをしているようなものなのである。全員が啞然としてしまったのも無理はないと言えるだろう。


「ああ、そうですなネラーティウス卿。

 そう、我々が今日話し合うべき事柄は別にある。」


 コルネイルスは何かつまらなそうにそう言うと、身体を揺すって居住まいを整える。


「我々は本命の代表者を選ばねばならぬ。

 我らが元老院セナートスを代表し、新たな降臨者様に謁見する大役を務める者をだ。」


 あえて誰とも目を合わせぬようにしながら少しばかり声高に、室内に居るすべての者が否応なく聞かざるを得ないように宣言すると、そこで改めて同席する一同を見回した。その視線はどこか威圧するようであり、実力者にふさわしい風格を備えている。

 昨日、出しゃばって失敗してしまったフーススは今朝のコルネイルスの一連の無礼かつ横柄な態度に不愉快な感情を抱きつつも、あえて大人しくそれを受け入れる。他の者たちも立候補しようとする様子は一切見せず、コルネイルスの判断にすべてを委ねるかのように、コルネイルスの次の発言を待つ姿勢を整えた。


 自分の支配を受け入れるかのような周囲の姿勢に満足したのか、コルネイルスは御満悦といって良い笑みで顔をゆがめると口を開いた。


「ワシはタウルス卿で良いと思う。」

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