第829話 次の問題
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐
フースス・タウルス・アヴァロニクスら守旧派議員たちは今日、その我儘に振り回されたばかりだったが、それはどうやら一度では収まりそうにないらしい。
「タウルス卿を……アルビオンニアへ行かせるのですか!?」
驚きの声を上げたのは意外にもフースス本人ではなく、
ウァリウスは昨日、フーススを
「あぁっ」
不敵な笑みを浮かべたままコルネイルスは
「
そこへ
ならば、
なら、タウルス卿以外の者を選ぶ理由などあるまい?」
立て板に水の
「それとも、誰か反対意見の者でも居るのか?」
香茶を啜ったあと、美味さに感銘でも受けたかのように背を伸びあがらせたコルネイルスは天井を見上げたまま
むろん、誰も意見をする者など居ない。フースス自身も、どういう展開なのかコルネイルスの腹の内を読み切れずに困惑しているような有様だ。
「反対意見は……無いようだな?」
背もたれに上体を預けていたコルネイルスが背を起こす。その顔には先ほどまでの笑みは無かった。
「ではタウルス卿を送り出す……
が、その前に解決せねばならん問題があるのだ。」
どうやら、これからが本番か?
コルネイルスの表情を見た多くの議員たちは緊張を新たにする。
多分、コルネイルスの中でもフーススを送り出すことは決まっていたのだ。昨日、わざわざ否定的な態度をとったのはフーススを送り出すこと自体に問題があったからではあるまい。やはりコルネイルスの意を介さぬ形でフーススが立候補したのが問題だったのだ。
だが、それを問題に感じていたからといってフーススを送り出すのがベストだというのなら、他の選択肢をわざわざ挙げるのも馬鹿げている。ならば、そのような問題が生じてしまった状況を利用して揺さぶりをかけ、より重要な次の問題で自分の意が通りやすいようにしようとしたのだろう。
正直言って上手いやり方ではない。むしろ不器用と言っていいくらいだ。貴族社会で、おまけに彼が実力のある上級貴族だからこそ通用しているようなものであり、普通なら敵を増やすだけで終わるだろう。……が、それはここでは関係ない。本人もそれをしっかりとは自覚していない。だから彼はそのまま話を続ける。
「タウルス卿がアルビオンニアなどという辺境へ向かう。
おそらく……いや、間違いなく半年は帰ってこれぬであろう。
移動だけで片道三か月はかかる距離だからな。往復の移動だけで半年……さらに降臨者様との謁見が長引けば帰りはさらに遅くなる。」
コルネイルスはさも困ったと言いたげに眉を寄せ、同席する同僚議員たちを見回した。議員たちはジッとコルネイルスを見つめ、耳を傾ける。ピウスだけは、まるで既にコルネイルスが言わんとしていることを知っているのか、目を閉じて黙ったまま耳だけを傾けているようだ。
「タウルス卿が途中で引き返すなら話は別だが……タウルス卿のことだ。間違ってもそのようなことはすまい。それで無事アルビオンニア属州まで行けたなら、タウルス卿が年内にレーマへ戻るのは難しいだろう。
我々はタウルス卿が不在の間、どうするかを考えねばならぬ。」
「タウルス卿が留守中の、
ウァリウスが
行政に関しては
ウァリウスのその予想は外れと言うわけではなかったが当たっても居なかった。コルネイルスはわずかに口角を持ち上げて首を振る。
「それもだが、それだけではない。
それだけなら大した問題でもあるまい?」
「といいますと……」
「事は留守を守る我々だけの問題ではない。年内に帰ってこれぬタウルス卿自身の問題でもある。」
「私自身?」
今度は今まで黙っていたフーススが怪訝そうに声を上げた。まさかフーススも気づいていなかったのかと少し驚いたように片眉を上げてコルネイルスは話を続ける。
「年内にレーマに帰ってこれぬ……つまり、タウルス卿は次の選挙に出られぬということだ。」
議員たちのうめき声が溢れた。
元老院議員には任期は無い。欠員が生じればその欠員を埋めるための選挙は行われるが、一度当選すればあとは基本的に終身である。何かよほどの問題を起こして弾劾されたり、自ら辞職したりしない限り議席を失うことは無い。
だが、
今年の十二月には選挙が行われる。それに出馬しなければフーススは執政官の職を自動的に失うことになる。誰になるか分からないが、次期執政官に閣僚ポストを用意して貰えなければ、来年と再来年はヒラの元老院議員として過ごさねばならなくなるだろう。
もちろん、誰かが代理で選挙に出馬するという手も無くはない。不在とはいえフーススは公用で戻れないのだから、誰かが代理で選挙に出たとしてもそれを咎める者など居ないだろう。しかし、ここでコルネイルスがフーススの不在を問題視するということは、コルネイルスにはフーススの代理選挙をサポートする気が無いということを意味していた。
「つまり、我々は来年以降も含め、タウルス卿不在の元老院をどう運営するかを考えねばならんのだ……」
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