第830話 守旧派の不和
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐
「そ、それは、次期
フラウス・ディアニウス・レマヌスがガタッと椅子を鳴らして悲鳴じみた声をあげた。これにはさすがに
タウルス卿を放逐することになれば、
フーススが執政官選挙に出るから集まっている票が集まらなくなってしまう。そうなればまた執政官職を皇帝派に奪われる事態に陥りかねなかった。
「待て待て、そこまでは言っておらんではないか!?」
コルネイルス・コルウス・アルウィナは両手を上げて議員たちを抑える。
「ですが、タウルス卿のいない
それを来年以降もということは、次期
ウァリウス・アウィトゥス・バッシアヌスが声を上ずらせながらも、なんとか自制を保ちつつ問いかける。フーススとコルネイルスの橋渡しをし、フーススが執政官になるきっかけを作り、その後も両者の調整を続けてきた彼にとって、コルネイルスがフーススに見切りをつけるなど全く想定もしていなかった。
「そうです!
今のところ何の落ち度もないタウルス卿を
「まして留守中のタウルス卿を
「そうだ、レーマ市民は
ウァリウスの言葉を皮切りに、他の議員たちも次々とコルネイルスに批判の声を上げ始めた。これは守旧派議員の会合では滅多にないことである。
「う、
何を馬鹿な!選挙で推さんなどと言っておらんではないか!?」
予想外の反発にコルネイルスも動転してしまった。その口から唾が飛び、顎へ垂れる。肘掛けをガッシと掴んだコルネイルスの顔色も見る間に変わり始めた。
「誰だ!今、ワシのことを
いい加減なことを言うと許さんぞ!!」
「まあ静まれ!静まり給え、諸君!
コルウス卿も落ち着き給え!」
さすがに収拾がつかなくなりかねない事態にピウス・ネラーティウス・アハーラが仲裁に乗り出した。
だがコルネイルスは面白くない。名誉ある
「これが落ち着いてなどいられますかネラーティウス卿!
聞いたでしょう!?
今、誰かがワシのことを
「言っておらんよ!
誰も言っておらん!
顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら喚き散らしていたコルネイルスが落ち着きを取り戻すまで、それから約五分ほどの時間を要した。
「……だから、レーマを留守にしているタウルス卿を
卿のことを言ったわけではない。誰も言っておらん。
理解したかね?
それから諸君、コルウス卿はタウルス卿を
ただ、タウルス卿の留守中、どう
皆も理解したかね!?」
ピウスは全員が落ち着きを取り戻したのを見計らい、全員を相手に要点を再確認した。双方とも
「話は理解しました。
しかし、どうしようというのです?
歴史上の先達に出来て今を生きる我々に出来んというのであれば、それは恥ずべきこととしか思えません。」
コルネイルスが自分を見限ろうとしている……そう解釈し、その精神的ショックにより黙ったまま様子を見ていたフーススは苛立ちを滲ませながら言った。フーススは目的に向かってわき目もふらずに前進するタイプのリーダーであり、信頼できる仲間に脇を固めてもらうことで初めてその能力を発揮できる。その彼にとってこのように身内がゴタゴタしているのは最も好ましからざる事態であった。しかも、そのゴタゴタの中心にいるのがフーススの脇を固めてくれるはずのコルネイルス本人なのだから始末に負えない。
一応の落ち着きを取り戻しはしたものの、未だに興奮が冷めきらないコルネイルスはブフーッ、ブフーッ、とわざと鳴らしているのではないかと思えるほど大きな鼻息を響かせながら面白くなさそうにフーススの顔を睨み、それからプイッと顔を背けた。
今回、彼は随分と不愉快な思いをしていた。そしてその中心にいるのはフーススである。自分の意に添わぬ形で立候補し、自分を、自分の守旧派を勝手に引っ張っていこうとした……自分のことを
ピウスが仲裁に入ったからこれ以上は許してやるが、本来ならこのような生意気な態度など許されることではないのだ。いつか改めて立場というものを叩きこんでやらねばならん。
コルネイルスの頭の中ではそうした憤懣が渦を巻いていた。つまるところ彼はまだ、感情の整理までは付いていないのだった。
コルネイルスの子供じみた態度を見たピウスは溜息を噛み殺しながらフーススらに向き直り、コルネイルスに代わって話をする。
「タウルス卿、昔の
一人が戦場へ
しかし、今はどうだ?
それなのにたった一人の
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