第399話 アルビオンニウム襲撃計画

統一歴九十九年五月五日、午後 - アルビオンニウム近郊/アルビオンニア



 アルビオンニウムから徒歩で約二時間といったほどの距離を開けた森の中、既に薄暗くなり始めたちょっとした広場に十二人の男たちが輪を作っていた。ハーフエルフが五人、ヒトが七人、そして黒い大きな犬が一匹。そのうちの一人のハーフエルフの差し出した左腕に大きなカラスがとまる。

 漆黒の身体はいかにもカラスだが、目は赤く爛々と光り、大きさとくちばしの形は鷲のようだ。そして頭にまるで角の様に二本の飾り羽が伸びている。それが目に見えるほどの瘴気を含んだ息をフーフー吐き出し、甘えたようなしぐさを見せた。


「どんな様子だ、ペトミー?」


 カラスと念話を交わしほくそ笑むペトミーに、ティフが尋ねる。


「お前の予想通りだ、ティフ。

 ヴァナディーズを乗せた馬車は護衛の軍勢と共に、丘の上のケレース神殿に入ったぞ。

 だが、ブルグトアドルフの住人と…あ~、ウィギレスとか言ったか?中継基地ステーションからついてきた騎兵どもは別のところに…例の宮殿跡に入ったようだ。」


 ペトミーは左手に大きなカラスをとまらせたまま、木の杖を使って予め地面の描かれていた地図を指しながら説明する。地図は半時間ほど前に高台で地形を確認してきたティフが描いたものだった。


「サウマンディア軍団レギオンの部隊は?」


「部隊の半分は宮殿跡に籠りっぱなしだ。

 残りは丘の神殿の方へ行っているようだな。」


 ペトミーがそう言いながらカラスの頭を撫でると、カラスは一度羽根をバッと広げそのまま消えた。カラスはもちろん普通の鳥ではなくペトミーの使い魔だ。


「ふ~ん……」


 ティフが地図を見下ろしながら顎をさすると、他のメンバーが話し始める。


「現在、盗賊どもはアルビオンニウムの西に九十、東に百三十ほど集結している。

 鉄砲は西に三十、東に五十ってところだ。」

「減ってないか!?

 二つの中継基地ステーションから百は奪ったはずだ。」

「昨日の野戦で十丁近く奪い返されたんだ。

 盗賊どもが使い慣れてないせいで壊してしまったのもある。」

「ちっ、モブどもめ、使えねぇ奴らだ。」

「所詮はNPCだ。期待はするな。」

「爆弾は?」

「西に五十、東に八十ってとこか…」

「どうするティフ?

 ヴァナディーズは守りの堅い神殿に入っちまったぜ。」

「やはり陽動しかないだろう。

 モブとはいえさすがに四百の軍勢が守ってる丘の上の神殿に俺らだけで攻め込むのはしんどい。」


 そう言いながら一人が地面に描かれた地図の一点を木の棒で突き刺した。そこにはブルグトアドルフの住人たちが逃げ込んだとペトミーが報告した宮殿がある。


「待ってくれ!」


 デファーグが慌てて声をあげた。


「そこに逃げ込んだ住民たちは昨夜酷い目に遭っている。これ以上危ない目に合わせるのはよしてくれ!」


 他のメンバーはまたかとばかりにため息をついた。宮殿跡への陽動攻撃を提案した男がしょうがないとでも言いたげに反論する。


「だが、ここにはサウマンディア軍団レギオンの兵士と中継基地ステーションの騎兵がいる。だいたい百四、五十ほどもだ。

 放置すれば出てくるかもしれんぞ。」

「そうだぞデファーグ、どのみち宮殿跡こっちにも牽制のための攻撃はしかけなきゃならんのだ。

 全く手を出さないってわけにはいかないぞ。」


 この中でサブリーダーの役割を果たしているスモル・ソイボーイが男に助勢し、デファーグはまるで捨てられた子犬のような顔になる。


「そんな!」


「まあ待てみんな。」


 これまで黙っていたティフが地図を見下ろしたまま全員を制止する。


「デファーグ、悪いが宮殿跡に居る連中を放置することは出来ない。」


「!!「まあ聞け」」


 何か言いたげに思わず一歩踏み出したデファーグをティフは目は地図に向けたまま手をかざして押しとどめる。


「もちろん、お前デファーグの言いたいことは分かるし、犠牲は出さないつもりだ。

 連中の対応能力を踏まえたうえで、脅しをかけるだけにする。

 住民への被害を出さないよう、宮殿跡への直接攻撃はしない。

 近くで、簡単に消せる程度の火災を起こし、兵隊どもには消火に専念させる。

 もしも、宮殿跡から騎兵が飛び出してきてもいいように、宮殿跡と神殿の間の道にロープを張って騎兵が移動できない様にする。

 必要とあれば攻撃を加えるが、もちろん相手は外に出てきた兵士だけだ。中の住民には手を出させない。」


「ほ、本当か!?」


 ティフは初めて顔を上げ、訝しむデファーグの方を見て微かに微笑みかける。


「俺だって被害は出したくない。本当だ。

 陽動をしかけるのは被害を出さないためなんだ。

 陽動をしかけて守備兵を神殿から引き離さないと、俺たちはあの守備兵全員を殺さなきゃいけなくなっちまうんだぞ?」


「そ、それは…」


「昨日は盗賊どもに指示を徹底できなかったのは悪かった。

 同じ過ちは繰り返さないさ。

 そうだろうペトミー?」


 ティフから突然話を振られたペトミーは一瞬驚き、その目を見て慌てて取り繕い始める。


「あ!?…ああ、もちろんさ。

 その、昨日の被害は俺の落ち度だ。あいつらの性分を理解しきれてなかった。

 俺がもっと強く言ってれば、あんなことにはならなかったのに…

 ホント、悪いと思ってるんだ。どうか許してくれデファーグ。」


 ペトミー・フーマン二世…彼の父ペトミー・フーマンはゲーマーの中でも名の知れたモンスターテイマーであり、彼もこれまでずっとモンスターテイムの研鑽に励み続けていた。そのせいで盗賊たちのとりまとめまで任されてしまっている。

 盗賊はモンスターではないので彼のモンスターテイムのスキルは何の役にも立っていなかったが、彼の絶大な実力をもってすれば盗賊どもを力づくで従わせることは不可能ではない。ただ、それは他のメンバー全員に言えたことだったが…。


「わかったよペトミー。

 その、別に君を責めるつもりで言ったわけじゃないんだ。

 気を悪くしないでくれ。」


 自分の不用意な発言が思いもかけず仲間を傷つけたと思ったデファーグは、ペトミーに対して慌てて弁解した。

 ペトミーは本当はブルグトアドルフ住人の被害など知ったこっちゃなかったし、ある程度の被害は織り込み済みでの作戦だったのだが、今はデファーグの気持ちを引き留めるのが優先と、予めティフから言い含められていたのだ。


「ありがとうデファーグ。

 でも、おかげであいつらに言う事を聞かせるコツがだいぶ分かってきたんだ。

 今度は余計なことはさせないから、だから安心して任せてくれ。」


「よし、じゃあ作戦はこうだ。」


 ティフが一度全員を見回して声を張り、注目を集める。そして木の棒を使って地面に描いた地図を指し示し説明を始めた。


「まずは宮殿に牽制攻撃をしかける。

 やり方はさっき言った通りだ。

 今日は北西の風が吹いている。

 だからこの辺りの廃墟に火を点けさせよう。

 そうだ、神殿と宮殿跡の連絡ルートを火で塞ぐんだ。火の回りきらないルートにはさっき言ったようにロープを張って伏兵を置く。

 宮殿跡への牽制攻撃と伏兵に東の盗賊を五十ほど当てよう。


 神殿の方だが、ここら辺に火を点けさせる。

 神殿は風下だから、神殿の守備兵は消火に出てこざるを得ない。

 出てきて消火を始めたところで、盗賊どもに側面から攻撃をさせる。

 廃墟の中だから連中のレーマ帝国御自慢の重装歩兵は戦列を組めない。

 盗賊どもでも引っ掻き回せるはずだ。

 これには西の盗賊を全部当てる。


 さらに神殿の真反対の南東から、残りの盗賊全部を神殿に向けて攻撃させる。

 丘の上の神殿は林に囲まれてるから盗賊どもでも接近できるはずだ。宮殿跡への牽制攻撃をした盗賊たちもこっちに合流させよう。


 そして、そうやって盗賊どもが南東から攻撃を開始して神殿に残ってる守備兵の注意を引き付けたところで、俺たちが北東から襲撃する。」


「大丈夫か!?

 北東は崖みたいになってるぞ!?」


 ティフと一緒に地形を見ていたデファーグが驚いて声をあげる。だが、ティフは笑って答えた。


「俺たちなら問題ないだろう?

 今日のターゲットはヴァナディーズだ。みんな、ファドが話をしてたのを見たことあるだろ?

 あの女一人を仕留めたら撤収する。

 だが、気を付けろ!

 どうやらルクレティアってヤツには強力な《地の精霊アース・エレメンタル》の加護があるらしい。

 昨日、俺たちはそいつにやられたんだ。」


 ティフが注意喚起すると、昨夜の襲撃に参加した八人が次々と呻き声をあげ、参加してなかった者たちは信じられないと言う風に肩をすくめた。


「間違いないのか!?」

「未だに信じられん。」

「いや、俺たちが油断してただけだ。

 低位モンスターばっかだったし。本気になればどうってことはない。」

「ああ、魔法が使えりゃどうってことなかった。」

「本気って出していいのか!?」


「今回からは魔法を解禁する!」


 メンバーの会話を受けティフが宣言すると、全員が驚きティフに注目する。


「いいのか!?」

「ティフ、そりゃ不味いよ!」


 ティフは両手を掲げて全員を鎮めると、続けて話した。


「ああ、どうせもうヴァナディーズが俺たちのことは話してしまっている。

 バレっちまったんだ。

 多分、ムセイオンへも報告が行っているだろう。報告を受け取ったママがすっ飛んでくるまで二か月無いかもしれん。遅くても三か月ってとこだ。だが、軍隊があの神殿を囲んでからもうすぐ一か月…ってことは一か月以上前にヴァナディーズは俺たちの事を話してしまったに違いない。

 つまり残り一か月あるかどうかってとこだ。

 その間に降臨を起こすには、もう力の出し惜しみなんかしていられない。

 どうせバレてるんなら、せいぜい暴れてやるさ!」

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