第398話 つじつま合わせ

統一歴九十九年五月五日、午後 - ライムント街道/アルビオンニウム



 ゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥム…ムセイオンに居るはずの彼らの一部が脱走し、ここアルビオンニウムで降臨を起こそうとしている。ヴァナディーズの語った事実は、それが真実ならば辺境軍リミタネイの一軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムごときの手には余る大事件だった。

 ヴァナディーズ本人は彼らの存在ややろうとしている事は知っていたが、現実に行動に移していたことは知らなかったし、彼らがアルビオンニアに来ていたことすら知らなかった。ヴァナディーズの証言を信じるならばそういう事らしく、彼女の関与は小さいと判断し、セプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスは特にヴァナディーズを逮捕監禁する措置は取らなかった。ただし、ヴァナディーズを重要参考人として位置付け、常に兵士二名を監視兼護衛として張り付けることとした。

 セプティミウスはあえて言っていなかったが、彼女の身柄はサウマンディウムへ移送され、伯爵家の預かりとなることが予想されている。


 この世界ヴァーチャリアの人類は多くの種族で構成されている。“人種”ではなく“種族”だ。ヒト、ゴブリン系種族、オーク系種族、獣人などなど…人種間、民族間でさえいさかいがあり、差別がある。種族間ともなれば何をいわんやだ。

 それでもレーマ帝国は割と異種族、異人種、異民族の差異によって生じる問題に対して上手く対処できていると言って良いだろう。多種族多人種多民族で構成され、広大な版図を誇る帝国は種族間の問題が生じないよう様々な政策や制度が採用されている。

 その一つが犯罪者(容疑者)の扱いだ。犯罪の取り調べに際しては、基本的に取り調べ対象となる容疑者と同種族の役人や軍人によってのみ取り調べが行われることになっている。ゴブリンの犯罪者をヒトの役人が調べることは出来ないし、逆もまた然りだ。

 セプティミウスはもちろん、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの構成員は基本的にホブゴブリンである。唯一異色なのはハーフコボルトのアルトリウスなのだが、一応父親がホブゴブリンでホブゴブリンとして育てられているので制度上はホブゴブリンという扱いになっている。

 ともかく、ホブゴブリンであるセプティミウスはヒトであるヴァナディーズに対する捜査権を持っていなかった。このことが、セプティミウスをしてヴァナディーズを容疑者と位置付けず、あくまでも重要参考人とした理由の一つでもあり、ヴァナディーズが今後サウマンディウムへ移送され、彼女と同じヒトであるサウマンディウス伯爵へ預けられるであろうという予想の根拠にもなっている。


 『勇者団ブレーブス』の詳細についてはヴァナディーズも知らなかった。彼女が直接話したことのあるメンバーはファド一人。ファドは平民プレブス出身のヒトであり聖貴族コンセクラトゥスではない筈だが、何故かハーフエルフのペトミー・フーマンと仲が良く、『勇者団ブレーブス』と共に行動していたそうだ。

 『勇者団ブレーブス』を名乗る聖貴族コンセクラトゥムの存在はムセイオンでは知る人ぞ知るという存在だった。いわゆる中二病的な集団で、構成メンバーはハーフエルフを中心にゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥムのみであり、歴史上のゲイマーガメルについての資料や書籍を集めては読み漁ったり、それについて何やら議論をしている集団のようだ。

 構成員が構成員なだけに、何もしてなくても人目を惹く上に多少の奇行もあり、また彼らはゲイマーガメルの血を引かない普通の人々をNPCとかモブと呼んで蔑むような排他性を共有していたため、周囲からは距離を置かれる浮いた存在だった。ただ、それでも周囲の人たちは彼らが単に実の父親をしのんでいるのだろうという程度にしか認識していなかった。


 ヴァナディーズがファドを知ったのは、ヴァナディーズが降臨の研究でアルビオンニアに行く事が決まりかけていた頃のことで、ファドの方から一方的に話しかけてきたのだそうだ。どうやらヴァナディーズのアルビオンニア調査に興味を持っての事だったらしい。

 ヴァナディーズが言うにはその後、いくつか降臨が起きた場所のデータなどを教えたり論文や書籍を紹介したりはしたが、ヴァナディーズが知っているのは専門家の間では既知のことばかりであり、それがまさか自分たちで降臨を起こすための下調べだとは思ってもみなかったのだそうだ。


 ファドが『勇者団ブレーブス』のメンバーであるペトミー・フーマンやティフ・ブルーボールと話をしている時、ヴァナディーズはそれとなく「降臨を起こす」というようなニュアンスの事を聞いたが、これまで渡した資料を基にしたところで降臨は起こせないとヴァナディーズは思い込んでいたし、『勇者団ブレーブス』のハーフエルフが父親に思慕を寄せているだけだろうと聞き流してしまっていたとのことだ。

 ところがアルビオンニアに、シュバルツゼーブルグにファドが現れたことで、どうやら彼らは本気で降臨を起こすつもりらしいとヴァナディーズは認識を改めたわけだが、ヴァナディーズ自身は『勇者団ブレーブス』の排他性もあってファド以外のメンバーと直接話をしたことも無かったので、構成員についてはほんの数人しか知らないらしい。

 その構成員についても全員がアルビオンニアに来ているのかも確認できているわけではなく、確実に居るのが確認できているのはファド一人のみ。ヴァナディーズが来ている確率が高いとしているのはティフ・ブルーボール、スモル・ソイボーイ、ペトミー・フーマンのハーフエルフ三人、そしてヒトの聖貴族コンセクラトゥスがルイ・スタフ・ヌーブ、エドワード・スワッグ・リー、フィリップ・エイー・ルメオの三人。もっと来ているかもしれないしもっと少ないかもしれないが、そこに名が挙がっただけでも錚々たるメンバーだった。


 ティフ・ブルーボール、スモル・ソイボーイ、ペトミー・フーマン、スタフ・ヌーブ、スワッグ・リー、エイー・ルメオ…いずれも名の知られたゲイマーガメルであり、彼らはその直系の子孫(ハーフエルフは息子)である。聖貴族コンセクラトゥムの中でも降臨者の血を直接引く直系の子孫たちは、降臨者の名を代々継いでいくのが一般的であり、彼らはその代表例のような存在だ。


 そんな奴らにどう対処すればいいって言うんだ…


 小休止のタイミングで自分の馬車に戻ったセプティミウスは一人頭を抱えることになった。


 最大三百と見積もられている盗賊団から身を守らねばならず、それだけで手持ちの戦力では手一杯だというのに、その盗賊団を率いるのがハーフエルフを数人含んだ聖貴族コンセクラトゥムの集団。しかも、その集団は降臨を引き起こそうとしている。

 降臨を防ぐのは大協約体制のヴァーチャリア世界において最優先の命題である。だが、同時にルクレティアの身の安全も保障しなければならない。彼女は《暗黒騎士リュウイチ》の聖女サクルムであり、彼女の身に万が一のことがあれば、《暗黒騎士リュウイチ》がどう動くか想像もつかないのだ。そして《暗黒騎士ダークナイト》の力が解放されでもしたら、ヴァーチャリア世界は今度こそ破滅するかもしれない。


 両方を同時に守る…となると、ルクレティア様にはケレース神殿テンプルム・ケレースに籠っていただき、神殿テンプルムごと防衛するしかないか…


 現在アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースにはサウマンディアの調査隊が入っている。それを見て『勇者団ブレーブス』がヴァナディーズの裏切りだと思ったということは、彼らはケレース神殿テンプルム・ケレースで降臨を起こそうとしている可能性が高い。とすれば、降臨を防ぐためにはケレース神殿テンプルム・ケレースに彼らを近づけさせないようにするしかない。

 そしてルクレティアも守るというのであれば、ルクレティアにケレース神殿テンプルム・ケレースに入ってもらって一緒に守ろうことが出来れば、兵力を分散させずに済む。


 だが、そのためには百人の避難民と四十人の警察消防隊ウィギレスが邪魔になるな…やはり付いてこさせるべきではなかった…


 詮無いことだった。

 彼らを付いてこさせないようにしようにも、できなかったからこそ彼らは付いてきてしまっているのである。しかし、これ以上彼らの面倒を見切れないのも事実だった。

 さすがに彼らをケレース神殿テンプルム・ケレースに入れるわけにはいかない。あの神殿テンプルムはそれほど広くないし、ブルグトアドルフ住民は防衛戦闘の邪魔になる。


 彼らにはどこか別のところに泊まってもらうしかないが…そのことをどうやって説明したらいいか?


 まさか真実を告げるわけにはいかない。

 既に降臨は起きていてルクレティアが聖女サクルムになってしまっている事は秘さねばならないのだ。それを隠しながらサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの部隊がアルビオンニウムに来ている理由も、無理の無いように説明しなければならないだろう。セプティミウスたちがサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアと合流して防衛体制を敷く以上、住民たちがアルビオンニウムへ行ってそのことに気づかないわけはないのだから。


 一人頭を悩ませるセプティミウスをよそに一行はアルビオンニウムへ進む。そして一行が到着した時、セプティミウスは予想をはるかに超える事態に直面するのだった。

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